居酒屋で経営知識

94.重要な視点

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。
新田:大森さんの紹介で知的資産経営を指導している。行政書士

「ジンへ
 9月に入って、さすがに焦りを覚えている。
先日、由美から競争優位の視点について偉そうな説明が送られてきたのだが、俺も正直言うと全体を見る余裕がない。
何か、特効薬はないか?
雄二」

 雄二から珍しく弱気なメールが入ってきたので、週末に勉強会をすることにした。

「いらっしゃい。鍵は開いてるよ」

 玄関から入ってきたのは由美ちゃんだった。

「ジンさんのお宅にお邪魔するのも久しぶりですね」

「あれ?前回はいつだったっけか?」

「確か、去年の花火大会かなあ。昼間に勉強会やって、花火に出かけたわ」

「そうだったね。もうそんなになるんだ」

 由美ちゃんにブラジルを挽いてコーヒーを淹れ終わる頃に雄二がやってきた。

「由美早いな。さては、二人でデート気分でいたな」

「鳶野さんが遅いのよ」

「もう少し早めに来れば、一緒にコーヒーを淹れられたのに間が悪い奴だ」

「ジンも、そういう言い方はないだろう。まあ、でもとりあえず、ジンの淹れたコーヒーも飲みたいもんだな」

「そうよね。ジンさんのコーヒーもおいしいものね」

「それは否定しない。だから、ジン、頼むぜ」

「ったく」

 雄二がコーヒーを飲み終わるのに合わせて、今日のスケジュールを確認した。

「今日は、まずは問題をやって、その内容についてそれぞれの考え方を聞くという形でやってみよう。事例は、診断士の雑誌からコピーしておいたよ。事例1の予想問題だ」

「一応、言われたとおり、受験セットを持ってきたわ。筆記用具とタイマー、電卓ね」

「俺も忘れていない」

「よし、じゃあテーブルで準備してくれ」

 問題用紙と解答用紙を裏向きに配って一呼吸おいた。

「本試験では、注意点を読み上げられた後、名前・受験番号などを試験監督官の指示に従って記入して合図を待つんだ。それじゃ、スタートしよう」

 二人が一斉に問題を広げ、問題に取り組み始めた。

 今回の問題は、やや大規模な企業の事例で、地方の営業所や製品・技術別の組織が組織図として与えられている。

 設問1は、この企業の強みを100字以内で書くことを求められている。

 設問2では、この企業の問題点を類推し、対策の方向性を200字で書く。

 設問3は、新たなビジネスモデルを構築する方針から、現在うまく機能していない部門の位置づけや重要性を100字で述べさせ、今後の留意点をやはり、100字で述べさせている。

 最後の設問4で、組織の変更提案を150字で述べさせている。

 時間がきた。

「さあ、そこまで。ストップだよ。どうだった」

「問題が大きすぎて絞りきれなかったわ。組織図を読み解くのに時間を使いすぎて、最後の設問4は、ギリギリだった」

「俺も同様だな。業界情報が多くて、この企業についての説明が少なすぎるんじゃないか」

「なるほどな。じゃあ、それぞれお互いの回答を採点してみてくれ。基準は、自分の回答でいいよ」

「え?それは難しいなあ」

 それぞれの回答を採点するというやり方をすることで、視点の違いを感じることができる。

 その後、なぜそう思ったのか、相手の回答との違いは何かについて話し合い形式で見ていった。

「なるほど。二人ともポイントはほぼ一致したね。組織上の問題の解決方法も似ているからいい線いっているんじゃないかな。今回の問題では、経営者や創業者の思いのようなものが何も示されていないので、割と機械的にSWOTから課題を抽出できたようだね。思いに気をつけるという鉄則の1は使えなかったが、鉄則の2、最後の設問文に気をつけるという視点はどうだった?」

「いつの間に鉄則ができたのかわからんが、最後の問題というと組織の変更案を出させているな」

「そういうこと。つまり、その前の強みを活かしながら、問題点を解決するのが組織だと言うことが予想できる。そして、設問3で新たなビジネスモデルを構築しているから、そこに注目して、組織を変更するという流れになっている。そうやって後ろから見ると回答の流れが見えることもある」

「設問2と3がダブってくるんだけど、どうしたらいいのかしら」

「そうだね。だから、回答の清書をする前に、全体の設問を読み、回答の方向を考える必要があるんだ。今回、単に順番に回答していくと由美ちゃんの言うように、設問2で設問3で使うような問題点を書いてしまうよね。時間が無くなってしまったら、やむを得ないからダブっても書ききってしまうと言うテクニックも必要だけど、たぶん、減点の対象になると思うよ」

「そういうことね。設問3で新たなビジネスモデルに関する問題点を出すから、それ以外を設問2で書くということを方針付けしないとうまくいかないわけね」

「俺は、各設問のキーポイントをざっと書いて、ドメインと関連づけてみた。そうすると、今回の事例では、新しいビジネスモデルの方向とドメインが変わっていくのがわかったから、現在の組織で新しいドメインの足を引っ張りそうなところを課題としたんだ」

「雄二のそのやり方はすばらしいぞ。たぶん、この事例で求めているのはそこだな。やるじゃないか」

「おおー。俄然元気が出てきた。ただ、組織変更の明確さは由美にはかなわないな。俺のは若干現状追従だ」

「うん、二人とも全体を考えると言うスタイルは身についているからいい感じだ」

「でも、ジンさん。結局、鳶野さんもそうだけど、新しいビジネスモデルというのが曖昧よね。簡単に言うと、ビジネスモデルってどう考えるんだったかしら」」

「あ、そうだな。二人のビジネスモデルは、理想を追いすぎたかもしれないな。もう一歩『収益性』を捉えているという文章にした方がいいな。ビジネスモデルは収益化の仕組みだと考えた方が良い。特に、事例問題では、収益につながる仕組みになっていないと空論になってしまう恐れがある」

「そりゃ、実事業でも一緒だな。確かに、文章で書くと収益化という部分を曖昧にしているな」

「そうやって、見直して、じゃあ、この企業をどうするか、二人のドメインと新たなビジネスモデルを関連づけて書き直してみるか」

 コンサルチームが企業への提案を検討するように、二人の回答を検証し、新たな回答案を作り上げた。

(続く)


《1Point》
重要な視点

1)経営者や創業者の思いがあったら最重点ポイントとする。

 診断士として実際に診断する際にも、経営者の思いを見つけ出し、それだけは大事にしていくことが重要です。試験でもそこはぶれないはずです。

2)最後の設問に気をつけろ。

 絶対ではありませんが、多くの場合、最終設問と途中の設問の関連性があります。場合によっては、最後の設問の回答方針に合わせて、前で抽出する強みや弱みなどを取捨選択することも必要です。

3)現在のビジネスモデルと将来のビジネスモデルに違いはないか?

 あれば、将来のビジネスモデルに移行するためのギャップが出ているはずです。そこがキーポイントです。

 特に無いようなら、短期的な視点と長期的な視点で分けられないか見てみることも重要です。両面で見るようにしてください。

*ビジネスモデルとは:収益化の仕組みである

顧客ニーズや市場環境に対応するだけでなく「収益性」を追求するシステムでもあることを忘れないこと。