居酒屋で経営知識

(94):目標の設定

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

「へい、いらっしゃい。毎度」

「あ、ジンさん。先週末はありがとうございました。とっても楽しかった」

 約束どおり週末に水戸の偕楽園に行ってきたのだ。いつもの由美ちゃん、雄二も合流し、ちらほら咲いている梅を観賞しながら宴会をしてきたということだ。
「ちょっと飲みすぎてしまって、月曜日は朝が辛かったよ」

「へえー。ジンさんでもそんなことあるんだ」

「当たり前だよ。上野まで戻ったのに、浅草の神谷バーへ行きたいっていうんだから」

「ごめんなさーい。でも、初めてだったから」

「まあ、飲みすぎたのは亜海ちゃんのせいではないよね。雄二が、電気プランにはチェイサーとして生ビールだなんて言い出したからね」

「ほんとね。でも雰囲気も良いし、すっごく楽しかった」

「いらっしゃい。鳶野さんにも亜海が世話になったようですね」

「そのお礼をもらおうと思ってきたんだが。ジン。また、そんな人を蔑むような目で見るなよ。冗談だよ」

「ま、雄二も早く座って飲めよ」

「おう、亜海、即効生ビール」

「はーい」

「ジン。ところで、俺のやってる中小企業の経営者勉強会で事業の目標をどうやって作ったら良いのかという質問があってな。この間、原島さんの会社でやっていた事業は何かから説明したんだ。まあ、それはそれで、何とか理解してくれたみたいだが、じゃあ、具体的にどんな目標を作ったらいいのかと聞かれて、答えを保留してしまっている。とりあえず、まずは、自分で考えろと誤魔化したんだが。これだ!と言える目標の作り方を教えてくれないか」

「まあ、とりあえず、乾杯!うまい・・・で、そんな都合のいい答えが俺から聞けると思ってきたのか?」

「そこまで単純じゃないよ。でも、何らかの方向性はあるだろ。この間は、利益を目標にすべきではないとは聞いていたが」

「そうだな。利益を事業の目標として強調することは間違いだが、目標としてもつことは必要だと考えておいたほうが良いな」

「なんだ。そういうことなのか。まあ、利益率を無視して経営するというのも危険だとは思っていたが、安心したよ」

「一番危険なのは、『唯一の正しい目標を探求すること』(P82)なんだ。たとえば、事業の目標として『利益』だけを強調すると『今日の利益のために明日を犠牲にする。売りやすい製品に力を入れ、明日のための製品をないがしろにする。研究開発、販売促進、設備投資をめまぐるしく変える』(P82)ことになってしまう」

「それは、全体として理解は出来る。俺たちも経営状況が悪くなると、当然、利益に目が行きがちで、必要な設備投資とか、交際費などの経費を削ることに必死になって、顧客のことや将来のことを後回しにしてしまう傾向がある。でも、それだからこそ、目標をちゃんと考える必要があるんだよな」

「そういうことだな。そのために、ドラッカーは5つの視点を示している。『目標とは、次の5つのことを可能とするものでなければならない。

(1)なすべきことを明らかにする
(2)なすべきことをなしたか否かを明らかにする
(3)いかになすべきかを明らかにする
(4)諸々の意思決定の妥当性を明らかにする
(5)活動の改善の方法を明らかにする』(P83)

「うーん。目標というのはとにかく具体的な行動やその結果を明確にできるものでなければいけないということか。確かに難しいな。でも、この視点で考えたとしても、どんな目標をたてれば良いのかがわからないな」

「それについても言ってくれているよ。
『目標を設定すべき領域は8つある。
マーケティング、イノベーション、生産性、資金と資源、利益、マネジメント能力、人的資源、社会的責任である』(P84)」

「え?随分増えたな。マーケティングとイノベーションはマネジメントの重要な目標であるのはわかる。生産性、資金と資源、なるほど。利益もそういうことで目標化はすべきなんだな。でも、マネジメント能力とか、人的資源とか、社会的責任も目標にするなんて、これまで考えていなかったな。まあ、人事の採用計画はあるが、マネジメント能力ねえ。社会的責任なんて、今でこそCSR経営といわれているけど、ドラッカーも言ってたなんて」

「そうなんだ。定量的に測るのが難しいような気がするけど、それが必要なのは『なぜならば、企業は人の共同体だからである。企業の仕事ぶりとは人の仕事ぶりである』と言い切っているよ。すごい人だよね」

「まいったな。でも、やっぱり具体化するのは難しいなあ」

「そのための方法は一つしかないといっている。
『八つの領域それぞれにおいて、測定すべきものを決定し、その測定の尺度とすべきものを決定することである』(P86)
つまり、何を測定するかを決定することなんだが、この尺度が難しいとドラッカーも言っている。たとえば、数値として測定できる利益や利益率を見るにしても、では、いくらが目標として妥当なのか、何%の利益率を目標とすると良いのかについてはわからないといっている。ただし、それらの知識や測定能力は今後大きく進歩すると言っているんだ」

「あれ?そういえば、バランススコアカードって、似てるんじゃないか?」

「さすがだな。よく気づいた。そうなんだ。ドラッカーの考えを受けて、開発されたものだと言われている。8つではないが、4つの視点で具体的な指標をKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)として評価するというのはその一つの成果だろうね」

「なるほど。まずは、バランススコアカードを取り入れてみると良いかもしれないな。マネジメント能力や社会的責任についてもKPIを入れていくと網羅されるかな」

「確かに。ドラッカーの八つの視点で見直すといいなあ。俺も取り入れてみるか。さて、結論が出たところで、刺身でも頼んで日本酒にするか」

「おう。望むところ」

(続く)


《1Point》

 ドラッカー名著集2「現代の経営(上)」上田惇生訳 ダイヤモ
ンド社を読み直しながら、進めています。
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前回もコメントしましたが、利益率についてのドラッカーの言葉を参考に示します。
「利益率という尺度は、進出してもよい事業を限定し、進出してはならない事業を教える」(P79)
「それは、強い事業の強化ではなく弱い事業の救済に資金や労力を投入することを未然に防ぐ効用をもつ」(同)

バランススコアカードについては、以下のメモを参照ください。

バランススコアカード
 米ハーバード大学のロバート・キャプラン教授と経営コンサルタントのデビッド・ノートンの2人によって1990年代初頭に提唱された業績評価システム(「将来の企業における業績評価」研究プロジェクトでの考案)

 以下の4つの視点で具体的な評価指標を決定して目標を明確化するものだ。

1)財務の視点:簡単に言うと株主の視点と言っていいだろう。
これが、財務分析の領域になる。
2)顧客の視点:数字だけ見ていてもいけない。顧客の視点から評価する。
3)業務プロセスの視点:財務の視点や顧客の視点から見た課題を解決するために、どのような業務プロセスを取るべきかという視点で業務を見ていく。
4)学習と成長の視点:目標を達成するためには、従業員自体の能力を高める必要がある。能力開発などを評価する。

 それぞれの指標は以下の考え方で設定する。

1)財務の視点は、まさしく財務諸表分析で出てきたような率などを設定する。2)顧客の視点:顧客アンケート、リピート率、クレーム発生率など。
3)業務プロセスの視点:一人あたり販売数、品切れ率、不良発生率など。
4)学習と成長の視点:資格取得数、社員定着率、能力開発費消化率など。

 バランススコアカードも、指標が本当にその評価にふさわしいのかどうかをよく検討する必要があります。