居酒屋で経営知識

(93):事業は何か

【主な登場人物】 
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長 

「へい、いらっしゃい。毎度」

「まだまだ寒いですね」

「そうですね。でも、そろそろ梅の便りの頃ですから、春も間も無くですよ」

「早いもんですねえ。そういえば、水戸の偕楽園の梅祭りも20日頃から始まるって言ってましたね」

「水戸の梅って有名ですもんねえ」

「亜海ちゃんは行ったことない?」

「そうなんです。行ってみたいです」

「今週末にでもみんなで行ってみようか」

「え、いいんですか?楽しみ!」

 たまには観光名所に行ってみるのもいいかと思っていたところだ。梅祭りの時期には、常磐線の臨時駅(偕楽園駅)に停車する電車を選べばいいだろう。

「いらっしゃい。おや、原島さん、ご無沙汰です」

「いや、申し訳ない。お、北野はしっかり出席か」

「原島さん。社長業は忙しいでしょうから、私に任せてください」

「ははは。そうだな。隣に座るよ」

「もちろんです。何飲みますか?」

「ああ、日本酒にするかな。大将、キクマサを熱燗で。そうそう、北野の温度でよろしく」

「はいよ。亜海、原島さんにジンさん温度の熱燗よろしく」

「はーい。53度を目指しまーす」

「あ、北野、さっそく仕事の話で申し訳ないんだがアドバイスもらえないかと思っているんだ」

「原島さん、もちろんですよ。そのために、顧問料までもらってるんじゃないですか」

「それはそうなんだが、夜の居酒屋で寛いでいるときだからな」

「最近、亜美ちゃんの質問攻めで、結構経営用語が飛び交ってますよ。ところでどんなことですか」

「そろそろ、会社の目標を見直そうかと思っているんだ。私がこの会社に社長としてきたときに、それまでの経営理念を思い切って変え、個別目標も具体化したんだが、時代に合わせて変えるべきかと思ってるんだ」

「経営理念は、『顧客の求めるサービスを、No1の品質で』でしたよね。これは、原島さんがそれまでの品質・コスト・納期と並べただけの経営理念から、お客さんの元で信頼される社員と共につくったものでしたよね」

「そうなんだ。もちろん、品質やコスト、納期は、企業への信頼を担保する重要な点だが、本当に顧客が求めているものかどうかをしっかり掴むことを最優先にしたいという思いだった。しかし、会社が大きくなってくる中で、競合他社も低コストやスピード納品を武器に挑んでくる状況で、品質だけに焦点を当てていてはいけないんじゃないかと考えているんだ」

「それは、確かにそうなんでしょうね。うーん。でも、経営理念やミッションは、全社員が到達を目指すポイントですから、揺れ動かない方がいいと思うんです。もちろん、より明確にするとか、わかりやすくするためにブラッシュアップするということは重要かもしれません」

「ブラッシュアップというより、そういう意味で言えば方向の修正になるかもしれない。市場の変化に対応すると考えているんだが」

「原島さん。もう一度、『われわれの事業は何か』、と考えてみることをお勧めします。もちろん、QCDは顧客にとっても重要な要素であることは間違いないですから、そこをしっかりすることは重要です。でも、『事業は何かを決めるのは、生産者ではなく顧客である』(P64)ことを忘れないように、見直すことは重要です」

「我々の事業を顧客が決めるということか。うーん。では、どの顧客が決めるかを見極める必要があるな」

「その通りです。ですから、『顧客は誰か』(P67)を見直すべきです。その際に、『現実の顧客は誰か』『潜在的な顧客は誰か』『顧客はどこにいるのか』『顧客はいかに買うか』『顧客にいかに到達するか』(P67)を考える必要があります」

「顧客は誰かだけでもたくさんの問いに答えなければいけないわけだ」

「そうですね。顧客が誰かをしっかり考えないと、本当に自分たちが目指すものを見逃してしまいます。ドラッカーの事例に、ガスレンジメーカーの話がありました。彼らは、ガスレンジのメーカーとの競争に勝つために同業他社に目をやりがちです。しかし、この時、顧客が誰かとよく考えると、主婦という答えがありました。そして、主婦が顧客とすると、主婦が買っているのは、ガスレンジではなく、料理のための簡単な方法だという見方ができます」

「なるほど。今でもガスレンジはあるが、電子レンジやオーブンも競争相手になるわけだ」

「潜在的な顧客となると将来の事業自体への影響も大きくなりますよね。そのため『われわれの事業は何になるか』(P74)と問う必要があり、そして、『われわれは正しい事業にいるか』『われわれの事業を変えるべきか』(P76)との問いも必要になります。これも事例ですが、機械部品メーカーが作っている部品自体は一般的なものでしたが、自社の持つ溶接技術は一流だったので、あえて生産をやめ、溶接技術のコンサルタントになったというものがありました。これなどは、自社の目的を機械部品のQCDとしていたとしたらできない転換ではないかと思いますよ。経営理念は顧客や市場の変化によって常時左右されるものだと、事業の転換すら不可能になってしまうかもしれません」

「すこし、慌てすぎたかな。我々の強みは、現場サービス員にあることは変わらない。そして、その強みから顧客の声を吸い上げていき、新たな提案につなげるというプロセスも変わらない。うーん。そう考えれば、何を悩んでいたんだろう。経営理念を変えるどころか、より明確じゃないか。わかった、北野。変化に対応するのは、個々の提案であって、目指す方向に間違いはない。そうだ。ありがとう」

「さすが、原島さんです。自己解決されましたね。それも、こんな短時間で」

「北野の問いがわかりやすいということだよ。社長室で悩んでいないで、居酒屋へ行けという判断の勝利だな」

「では、最後の整理は明日社長室でまとめることにして、熱燗の温度が変化しきらないうちに飲みましょう」

「あ、そうだった。では、乾杯」

(続く)


《1Point》

 ドラッカー名著集2「現代の経営(上)」上田惇生訳 ダイヤモ
ンド社を読み直しながら、進めています。
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 ざっと、ドラッカーの問いを並べてみましょう。

・われわれの事業は何か
・顧客は誰か
 現実の顧客は誰か
 潜在的な顧客は誰か
 顧客はどこにいるのか
 顧客はいかに買うか
 顧客にいかに到達するか
・顧客は何を買うか
・顧客は何を価値あるものとするか
・製品を買うとき何を求めているか
・われわれの事業は何になるか
・われわれは正しい事業にいるか
・われわれの事業を変えるべきか
・われわれの事業は何でなければならないか

いかがですか。問いが重要だと言っています。