居酒屋で経営知識
44.バランススコアカード
(前回まで:企業事例が問題に出る中小企業診断士試験を念頭に、企業の課題のとらえ方と問題解決の方向性のヒントを出してみました)
春真っ盛りとなった。
新年度となり、真新しいスーツに身を包んだ新入社員達があちこちに目立つ時期だ。
わが社も新たな気持ちで新年度をスタートした。
まずは、新年度の決意表明が社長以下の幹部から発表された。
昨年度の談合事件への反省は強くなされたが、それ以上に、「自らを信じ、臆することなく進め」という前向きなものだった。
経営理念を再確認し、個人の自己目標を策定するための組織目標がそれぞれの上司より伝達された。数日後から個々に面談を行って目標のすり合わせを行うことになったのだ。
定時後の全体会議を終え、花見をするというメンバーと別れてみやびに向かった。
居酒屋みやびの並びに小さな神社があるのだが、そこにある数本の桜の木の下にも近所の会社の団体が陣取っている。まあ、季節の風物詩だなあと、花より人を眺めながら、縄のれんを軽く弾いた。
「いらっしゃーい。お、由美ッペ。ジン先生が到着だよ」
「大将、やめてよ。今日は、ただのノンベイのつもりなんだから」
「そりゃそうだ。最近、由美ッペにつきっきりで飲む量も激減ですからね。今日は、ゆっくり飲んでください。タケノコもいいのが入ったし、初がつおも切りましょう」
「そう来なくちゃ」
いつものカウンターに腰を下ろすと、間もなく由美ちゃんが生ビールを運んでくる。
「ジンさん、いらっしゃい。へへへ。おじさんに今日は勉強会は無しだって言われちゃったわ。質問用意してたんだけど、封印しておくわね」
いたずらっ子の目をしながらタケノコの煮物を置いて奥の客の対応をしている。
タケノコの食感を楽しみながら生ビールを呷る。
「プハーッ。うまい。これぞ至福の時」
「はい、ジンさん。初がつおのお刺身。日本酒にします?」
「由美ちゃん。ちょっといつもと違うなあ。ところで、封印した質問って何だったの」
「ええー。でも、おじさんに止められてるし・・・」
「いいよ、判ったよ。なんか気になるから、一つだけ質問OKにするよ」
「やったー。実はね、この前、財務諸表分析を教えてもらったでしょう。でも、お金だけが経営じゃないって、ジンさんも、鳶野さんも言っていたわよね。じゃあ、財務分析以外で会社をコンサルするのって、どうしているのかなあ、って質問したかったの」
「いきなり難しい質問だなあ。そうだなあ、企業を見ていくやり方には様々なものがあるけど、バランススコアカードが判りやすいかもしれないね」
ふと、先日の近藤さんの会社を訪ねたときの記憶がよぎったのだ。業務目標と評価をバランススコアカードを使って行っていたのだ。
「バランススコアカード、ね。どんなカード?」
「カードと言うけど、まずは、考え方だね。バランスとついていることから判るように、一つに偏らないようする見方が基本なんだ」
「それが、財務だけに偏らないってことね」
「そういうこと。そのために、4つの視点から見ていくんだ。4つの視点とは、
1)財務の視点:簡単に言うと株主の視点と言っていいだろう。
これが、財務分析の領域になる。
2)顧客の視点:数字だけ見ていてもいけない。顧客の視点から評価する。
3)業務プロセスの視点:財務の視点や顧客の視点から見た課題を解決するために、どのような業務プロセスを取るべきかという視点で業務を見ていく。
4)学習と成長の視点:目標を達成するためには、従業員自体の能力を高める必要がある。能力開発などを評価する。
ということになるんだ」
「雰囲気は判ったわ。でも、具体的には何を評価するの」
「それぞれの視点から目標を明確にするんだけど、重要なのは、曖昧に評価するのではなく、原則として定量的に測定できる指標を選定するんだ。たとえば、
1)財務の視点は、まさしく財務諸表分析で出てきたような率などを設定する。
2)顧客の視点:顧客アンケート、リピート率、クレーム発生率など。
3)業務プロセスの視点:一人あたり販売数、品切れ率、不良発生率など。
4)学習と成長の視点:資格取得数、社員定着率、能力開発費消化率など。
などが考えられる。実際には、それぞれの会社毎にまったく違った指標が考えられるね」
「なるほどねえ。わかったわ。良かった。今日はもう質問はしないからゆっくりしていってね」
なんか、由美ちゃんが大人っぽくなってきた気がするなあ、と思いながら2杯目の生ビールに進んだ。
(続く)
《1Point》
・バランススコアカード
米ハーバード大学のロバート・キャプラン教授と経営コンサルタントのデビッド・ノートンの2人によって1990年代初頭に提唱された業績評価システムです。(「将来の企業における業績評価」研究プロジェクトでの考案)
本文で述べたように、それまで財務的指標一辺倒だった業績管理手法の欠点を補うため、他に3つの視点での指標を加えて、バランスの取れた企業評価を行おうと言うものです。
(1)財務の視点
(2)顧客の視点
(3)業務プロセスの視点
(4)学習と成長の視点
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