ラグビー型経営論

第1章 全般

1)概 論

企業や団体が活動するための組織体系には、時代の流れや市場環境に応じて様々なものがあります。

ただし、日本の文化・風土の元で育ってきた経営組織は、往々にして、なれ合いや年功序列を前提にした運用がなされてきた経緯もあり、多様で急速な変化をする外部環境に適応していないと感じるところが多いのではないでしょうか。

社会のシステムが緩衝材となって、各企業・団体が極端に成長したり、悪化することを防いできた時代には大きな問題とはならなかったのですが、マスコミや市民団体の眼が曖昧さを許さない風潮となりつつある現代においては、自立した経営や組織運営が必須となっています。

つまり、消極的な視点ではあるものの、形がある程度整っていれば何とかなった時代も今は昔となってしまっているのです。

たとえば、「社長ががんばっていればなんとかなった」「業界団体への貢献が成果に結びついた」「発注部門の担当者を効果的に接待したり、不利な契約を積極的に受けていれば、こちらが苦しいときには面倒見てくれた」・・・・などという経験です。

いかがですか。思い当たりませんか?

もう「古き良き」社会システムを期待していてはいけません。

そして、それは変化の時代において、「出る杭にチャンスが巡ってきた」とも言えるのです。
 
チャンスにもピンチにも自らの力で前進するための組織作りをしましょう。

成果を出し続けるチームを作り、育てるために「ラグビー型経営」を提案します。

2)ラグビーの哲学(前提)

ここで、私の提唱するラグビー型経営の原理である、スポーツとしてのラグビーの哲学を概観してみます。

ラグビーというスポーツにおいて、特筆すべき特徴は、ボールを後ろにつなぎながら前進しなければいけないと言うことだと考えています。

(1)ボールは必ず、自分の位置より後方に投げなければいけない。

 
このルールが存在するために、ラグビーというスポーツは徹底した組織的戦略を必要とするのです。

ラグビーの先輩であるサッカーでは、予め敵陣へプレーヤーを展開しておき、ボールだけを繋いで一気にシュートに結びつけるという戦略がありえますが、ラグビーにおいては、ボールより前にいるプレーヤーはプレーに参加することは認められていないのです。

つまり、最大の攻撃スピードは、ボールを保持しているプレーヤーの走る速さになります。

それも、通常は、ボールを後ろに投げながら進むわけですから、全体の進むスピードはより遅くなります。

(2)全体の前進が次なる目標である。

勝つためには、相手インゴールへボールを持ち込みグラウンディングする(トライ)か、ペナルティキック・ドロップゴール等で得点することが必要です。
 
トライのためには当然相手のインゴールまで到達しなければいけませんし、キックでの得点のためにもできるだけ、相手側深い位置まで前進していることが必要です。

逆に、自陣で戦っていると、一つのミスで失点につながることにもなりますので、敵陣内で戦うこと(相手陣内まで前進すること)が第一目標となるわけです。

このことが、ラグビーが陣取りゲームの一種であると言われる一要因です。

(3)前進しているかどうかの判断は、密集となった時のボールの位置で行われる。

スクラム・ラインアウトと言ったプレーの再開時やモール・ラックを形成している時のボールの位置が、その前のプレーをスタートさせたボール位置より前であれば、前進している(優勢である)と判断します。

継続した流れの中で、各ポイントが少しずつでも前進しているとチーム全体の勢いがつき、守勢側はプレッシャーに押される状態になります。

当然のことながら、前進していること、そのものが得点になるわけではありません。

あくまで、有利に展開するため、自分たちの得意なプレーで攻撃しやすいと言うものです。

*「その場の状況が許す範囲内で、最大限の得点を挙げて勝つ」(ウェールズ代表)

これは、1970年代のウェールズ代表のコーチであったレイ・ウィリアムズの著書「SKILLFUL RUGBY」(※1)で述べられているウェールズ代表チームの哲学です。

彼は、この単純明快な哲学を代表メンバーすべてが肝に銘じてグランドに立ったと言います。

そして、「積極的」で「効果的な」ラグビーに集中して戦ったのです。

3)ラグビーの原理

上掲の「SKILLFUL RUGBY」において、ラグビーの原理を4つに分類しています。

 1)前進
 2)サポート
 3)継続
 4)プレッシャー

ボールを奪うとかトライをするということは、これらの原理を遂行するためのプロセスであり、結果であります。

つまり、この4つの原理を元に、チームのマネジメントを行っていくことで、成果を挙げ続けることを可能にすると言えるのです。

1)前進

哲学の中でも説明したとおり、この前進はチーム全体の、組織としてのものであることが重要です。

素晴らしい身体能力をもつ選手がいても、彼が、チーム全体の動きから抜け出してプレーをしてしまうと、組織プレーは困難になってしまいます。

全員が組織の前進に集中することが「One For All」の精神につながるのです。

2)サポート

ラグビーには、80分という試合時間があります。

その中で、1人の選手がオンプレーのボールを持ち続けている時間は1分以内だと言われるのです。

つまり、後の79分間は自分がボールを持っていない状態で戦うことになるのです。

いかに積極的、効果的に、ボールを持っているチームメイトをサポートできるかが重要なのです。

ボールを持っていないときに、力を抜いてしまう(安心してしまう)選手が多ければ、チームとしての前進は成り立たず、敵は易々と反撃に転ずるでしょう。

チームの状況、ボールの位置から、自分の果たすべき役割は何か、を常に自らが判断にし続ける必要があります。

3)継続

プレーを継続し続けることが大きな課題です。

それまでの優勢さも相手に立ち直る機会を与えてしまえば、イーブンまで戻されてしまいます。全員が、継続プレーを意識し続けることが必要なのです。

そのためにも、人任せはありえません。常に、意識的に自分のポジションを変化させ続ける必要があります。

4)プレッシャー

ラグビーにおける防御は整然とした一糸乱れぬ陣形を取らなければいけません。

攻撃側は、ディフェンスラインを乱し、そのギャップをついてくることで抜け出そうとします。

これに対抗するには、常にすべてのシーンでプレッシャーを与え続けることしかありません。

個々のスキルも含めた効果的なプレッシャーは必ず相手にミスを犯させます。

これこそが、守備のすべてであると言っても過言ではないでしょう。

以上が、スポーツにおけるラグビーについての哲学と原理です。

これらを概観して似ていると思いませんか?

これは、まさにビジネスの哲学であり、原理として活用することができると私は強く思い続けていました。

過去に、営業チームのマネージャーであったとき、まさしくこの原理をそのまま部下である営業マン達に提示しましたが、その時代はまだ職人営業の名残が根強く、理解させることができなかったのが苦い思い出です。

4.ドラッカーとの出会い

そうは言っても、思い込みの独り相撲かもしれないと思っていたときに、偶然、ピーター・ドラッカーの著書と出会いました。

そして、確信を持つことになったのです。

スーパーマンが経営者として降りてくることを待つのではない。個々の強みを集結させた組織の前進こそが目標達成の正道であり、継続したイノベーションを生み出す力となる。

ドラッカーの著書「ポスト資本主義社会」に3種類のチーム例が出ています。(※2)

 (1)野球型チーム
 (2)サッカー型チーム
 (3)テニスのダブルス型チーム

状況によってそれぞれの類型には強みがあります。

しかし、ドラッカーは、(3)テニスのダブルス型チームを最強としています。

「各メンバーの強みを発揮させ、弱みをカバーさせるがゆえに、このチームはメンバー1人ひとりの仕事ぶりの総計を超える仕事ぶりを発揮する」(※2)

この解説を読んでいて、これこそ、ラグビー型チームの強みであると気づいたのです。

テニスのダブルスは2人の補完関係によって評価されています。

しかし、現実のビジネスや生活において、2人だけの連携で戦うことの方が少ないと思います。

組織社会になっている現在、複数のメンバー、それも関係するメンバーがますます増える傾向にあるのではないでしょうか。

それ故、球技ゲームの中で最大人数とも言われるラグビーのモデルは、組織運営のヒントを与えてくれると考えられるのです。

ドラッカーは一時(1933年~1937年)ラグビー発祥の地、英国でアナリストなどをしています。それでも、ラグビーとの出会いは無かったのではないか、と密かに思っています。(ドラッカーは野球好きだったという話は、奥様であるドリス・ドラッカーの言葉としてインタビュー記事の中で読んだことがあります)

そして、テニスの比喩を大きく越えた哲学・原理として、最強のチーム型経営論に結びつきました。

以下の表は、以前ドラッカーの言う3つの型と私の考えてきたラグビー型を並べて比較したものです。

ドラッカー「ポスト資本主義社会」P108~112(エターナル版)*ラグビー型は私論

 (1)野球型(2)サッカー型(3)テニスのダブルス型ラグビー型
ポジション固定・専門固定・柔軟非固定的・優先ポジション流動的・優先ポジション
相互サポート限定的分担的・相互調整強みと弱みの相互補完常時サポート(All for One)
情報状況から得る監督・コーチから他のメンバーから他のメンバーから得る
特色反復性の高い業務に有効チームとしての楽譜必要規模が小さく、補完によって機能する規模が大でも機能する

この表で見えてきたことは、テニスのダブルス型(2人の補完)では表現しきれない組織プレーでの位置づけです。

特に、ダブルスで補完し合いながらも、敵の放つボールと敵のポジションによって2人の役割が変化するというダイナミズムも、現実のビジネスではさらに多くの役割を持った人間の集団によってなされるため、なかなか整理しきれないのではないでしょうか。
 
それでは、ラグビー型のチームマネジメントを実際のビジネスにどう活用していくのか考えてみましょう。


(※1) ラグビーの哲学・原理については、私が大学生時代に強烈な感銘を受けた上掲のレイ・ウィリアムズ氏の著書から直接の影響を受けてまとめています。
 著者:レイ・ウィリアムズ 監修:日本ラグビーフットボール協会 訳者:徳増浩司
 「レイ・ウィリアムズのスキルフル・ラグビー」1980年10月15日  ベースボールマガジン社

(※2)著者:P・F・ドラッカー 訳者:」上田惇生
 「ポスト資本主義社会」 ドラッカー名著集 8 2007年8月30日 ダイヤモンド社 該当箇所はP108~P113

ラグビースタイルマネジメント草稿