居酒屋で経営知識

49.里芋とブリ

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「へーい。いらっしゃーい。あ、ジンさ~ん、毎~度」

「大将。今日、なんか変だね」

「え、そうですか~い?」

「そうですよね。マスターったら、商店街のイベントへ行ってきてから間延びするんですよ」

「あ、そうか、そうか。亜海に言われて思い出すとは。そういえば、長唄の会があってちょっと習ってみたんですよ」

「長唄、ですか?あの、三味線に合わせる奴ですよね」

「そうなんですよ。何か趣味でも持たないといけないなんて言われて、大森さんに連れて行かれたんです。ま、1回だけ行って終わりですが」

「でも、そんな趣味もいいかもしれませんね。よく知らないですけど、ゆっくり唄う感じが、心を落ち着ける気がしますね」

「ジンさんの言うとおりなんですよ。確かに、長唄って言うくらいで、歌舞伎を三味線に合わせて唄っているような感じで、ノンビリしますよ。ただ、自分でやるのは勘弁ですね」

「そおかあ。長唄って言うのはノンビリするんですね。何か、興味あるなあ」

「ええ?亜海ちゃん、長唄に興味あるの?」

「結構、テレビで歌舞伎とか見たりするんです。三味線なんかも好きで、一度やってみたいなって思ってたんです」

「へえー。亜海ちゃんって結構古風だったんだ。意外だなあ」

「えへへ。でも、マスター。今度は誘ってくださいね」

「わかった、わかった。そういや、亜海、ジンさんにビール」

「あ、すいませーん。今用意しまーす」

「亜海ちゃん。もしかして、長唄系?」

 いつものように慌てながら運んできた生ビールをグビッと一口飲み、お通しの里芋とイカの煮物を箸でつついた。
 
「里芋がホックリしていておいしいですね」

「ありがとうございます。なんと言っても旬ですからね。そういえば、ちょっと早めですが、良さそうなブリが入ったのでブリ大根作ってみました。食べてみますか?」

「そりゃあ、もちろんですよ。それじゃあ、日本酒にしますよ。今日は、菊正宗の純米を温めてもらおうかな」

「ジンさんが熱燗を頼むと、冬がもうすぐだって感じますね。久しぶりにチロリを出しますね」

「お、熱燗かい」

「いらっしゃい。大森さん。とうとう、ジンさんが熱燗頼みましたよ」

「そりゃ、そろそろナベの本番だな。黒さん。こっちも熱燗頼むよ。サカナはなにが良さそうだい?」

「今、ジンさんにブリ大根を勧めてたんですよ」

「お、いいねえ。俺にもブリ大根頼むよ。近藤さんもそろそろ来る頃だから2人前だな」

「大森さん。2人前はさすがに多いでしょう。多めにしますから、1人前でいいんじゃないですか」

「ははは。黒さんは、ホンと、商売っ気がないんだから。そう言うんだったら多めの1人前でよろしく」

「いらっしゃーい。近藤さん到着デース」

「毎度」

「お、ジンさん、熱燗かい?冬近しだね」

「近藤さんまで。私は冬告げ鳥じゃあないですからね」

「え、ジンさん。冬告げ鳥っているの?春告げ鳥がウグイスなのは知ってるけど」

「いえ、今作ったんです。でも、もしかすると冬告げ鳥って言われる鳥もいるかもしれませんね」

「お、由美っペ。いらっしゃい。今日は賑やかになってきたなあ」

「常連さんの日ね。ジンさん、お久しぶりです」

「由美ちゃん。お久しぶりって言っても、一週間ぶりくらいだよね」

「由美。一週間、みやびに来ないと常連失格になるぞ。ジンさんに忘れられても知らんからな」

 大森さんが茶化しに入ってきた。

「私だって、結構忙しいんだから。でも、今日、ジンさんにも会えたし良かったわ」

「由美ちゃん。今日は、ブリ大根がおいしいよ」

「お、俺にもブリ大根頼むよ」

 いきなり現れたのは、いつもながらの雄二だ。
 
「鳶野さん。みんなでブリ大根頼むんでくれるのはうれしいんですが、量が厳しいかもしれないんですが・・・」

「仕方がない。ジンと由美のを少しずつ貰うよ」

「鳶野さん。実は、刺身もできるんですがね」

「なーんだ。大将、それを早く言ってよ。刺身大盛りよろしく」

「じゃあ、俺たちは雄二の刺身を貰おうかね」

「そうね。これで取引成立ね」

「おいおい。勝手に決めるな」

「勝手に決めてるのは鳶野さんの方よ」

 いつもの賑やかさが心地いい。熱燗の酔いもいい感じに回ってきた。

「あ、原島さん。いらっしゃい」

「お、先生方おそろいだな」

「原島さん。いやー、勢揃いですね。あ、田中君」

「田中が今回の診断士の試験を受けたんだ」

「ええ、もちろん知ってますよ」

「なんだ。田中、みんなに言ってたのか」

「社長。すいません。実は、北野さんには受験対策の指導をして貰ってたんです」

「そうか、そうか。北野、ありがとう。それじゃあ、田中の合格も間違いないな。今日は、試験の慰労会をしようと思って連れてきたんだ」

「田中君。手応えはあったって言ってたよね」

「ええ、北野さん。そうなんですけど、あの後、学校の解説会に行ったら、随分違うんで、落ち込んでるんです」

「みんなそうだよ。事例4はどうだった?」

「ええ。事例4は、何とか数字関係での間違いはなさそうです。北野さんの言っていた貢献利益での分析が出たのでやったーと思ったんですが、最初の分析指標がちょっと違うようなんです」

「たぶん、正解は一つじゃないから、理屈があってれば大丈夫だよ。原島さん。前祝いですね。田中君も、受験勉強中は酒飲んでる暇がなかっただろうから、今日は思いっきり飲めるね」

「はい。社長が奢ってくれるって言うんで、じゃんじゃん飲みます」

「こら、田中。調子に乗るな」

「す、すいません」

「ははは。じゃあ、みんなで乾杯しましょうか」

「お。そうか。ここで勉強していた若者だっな。俺たちも乾杯するぞ」

 大森さん、近藤さんも立ち上がった。
 原島さんが、田中君の肩を叩きながら、ジョッキを掲げた。
 
「仕事をきっちりこなしながら挑戦した田中のがんばりに、カンパーイ」

「かんぱーい」

「皆さん、ありがとうございます。社長・・・」

「おいおい。田中。みんな、お前を応援していたんだ。合格してから、泣くんだな」

「はい。・・・でも、社長が、自分のことを見ていてくれたことがうれしいんです」

 冬を迎えようとしてる路地に面したこの店には、暖かさが充満している。
 
 さあ、みんなも飲もうじゃないか!

(続く)


《1Point》

 診断士受験対策が続いたので、登場人物のおさらいをしてみました(^_^;)
 
 来週はもう11月になります。
 
 食べ物がおいしい時期ですし、たまにはのんびり夜を過ごしてみましょう。
 
 居酒屋小説も次の展開を模索中です(^_^)b