居酒屋で経営知識

65:経営者の条件(18)気をつけよ

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

「あっちー」

「いらっしゃい。見るからに暑そうですね」

「この暑いのに、鉄工所の鉄板の上を歩いてましたよ」

「はい、おしぼり。でも、なんでジンさんが鉄工所へ?」

「取引している鉄工所で輸入している部材の品質に問題があるって言う内部通報があったんですよ。品質証明書が偽造されているっていうんで、部材の一部からテストピースを取って検査会社に送ったんです」

「品質を保証する証明書に疑いがあったんでは、買ったところも災難ですね」

「でも、内部通報があったくらいですから、その会社の内部にも知りながら見逃した人がいたんでしょうね」

「あ、なるほど。先日の輸入食材の問題だと、輸入した日本の会社は被害者のように振る舞ってましたけど、あれだって知らなかったでは済まされないですよね。その上、その会社で見逃す行為が仮にあったとしたら、まさに犯罪ですね」

「その通りです。今回の検査結果が黒と出たら、我々も当局へ通報することになりますし、その会社でも該当者の処分となるでしょうね。信頼がなくなるというのが一番悪いです」

「コストを追い求めることだけが、会社の務めではないですね。消費者も安かろう悪かろうをやむを得ないと考えるのを止めないと、結局、自分達が犠牲にならざるを得ないですよ。いいものを選ぶ目と姿勢が、結局は、国全体の品質をあげるんだと思いますよ」

「大将の言う通りです。あ、亜海ちゃん、サンキュウ。じゃあ、今後の日本の品質向上に乾杯」

「ジンさん、お疲れ様でした。本職が大変なのに、昨日も由美っペに付き合ってもらったんですってね。すいませんねえ」

「いえいえ。今は、原島さんの会社の研修は由美ちゃんに全面的にお願いしてしまってますので、こちらは助かっているんです。昨日も、喫茶店でササッと終わりましたしね」

「そうですか。まあ、このまま、ジンさんと一緒にでもなっていただけると安心なんですがね・・・」

「え?大将なんか言いました?」

「いえいえ。ちょっと、つまみを用意しますね」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 由美ちゃんから、メールが来ていた。

《先日の勉強会のメモの確認がしたいので、空いてる時間を指定してください》

 善は急げではないけど、昼の時間が前後に余裕があったので、由美ちゃんの会社の近くで会うことにした。

「来てもらってしまって。ジンさんだって大変なのに」

「営業の自由度だよ。客との約束次第で待ってる時間が長くなるからね。まあ、役得かな」

「ありがとう。じゃあ、さっそくだけどここでコメントもらったのよね」

 先日送ってもらったメモをランチタイムの喫茶店で広げた。

第7章 成果をあげる意思決定とは

→「意見の不一致は三つの理由から必要である。
第一に、組織の囚人になることを防ぐからである。〜
第二に、選択肢を与えるからである。〜
第三は、想像力を刺激するからである。〜」(P200〜202)

「不確実な問題について、想像力が重要である点は特筆すべきと
思う、というのは由美ちゃんのコメントだったね。なぜ、特筆すべきだと思ったんだろう」

「そうね。現在の意思決定のプロセスって、事実の分析を行って、それに従って決断をすると考えられていると思うの。でも、時代は不確実であって、その上、事実というもの自体、見る人の視点に応じて違った分析結果をもたらすというからすると想像力で分析のギャップを埋める必要があると思ったの」

「想像力でギャップを埋めるというのは面白いね。でも想像力って曖昧だよね」

「だからこそ、ある曖昧な部分を解き明かすプロセスが違った見方を引き出すとも言えるような気がするな」

→「成果をあげる者は意図的に意見の不一致をつくりあげる」(P203)

「これなんかも、想像力を引き出すためにも必要なんじゃないかしら。初めの意見が正しい前提になってしまうとみんながだまされることになるから、全会一致ならなおさらその危険性があると意識する必要があるわ」

「そうだね。すぐあとにこう書かれている。

→「一つの行動だけが正しく他の行動はすべて間違っているという仮定からスタートしてはならない。自分は正しく彼は間違っているという仮定からスタートしてもならない。ただし、意見の不一致の原因は必ず突き止めなければならない。」(P203)

単純に想像力だけじゃなく、まずは、原因を分析する姿勢は忘れてはいけないんだね」

→「成果をあげる人は、何よりもまず問題の理解に関心をもつ。誰が正しく、誰が間違っているかなどは問題ではない」(P204)

「これも注意点だよね。どうしても、議論をする時に、人に向いてしまいがちだよね。そうじゃなく、問題を理解することに注力することだね」

「そして、最大の注意点はここよね。決定しないという案が常にあることを忘れないってことね。とっても日本的な気がするけど」

→「最後に、意思決定は本当に必要かを自問する必要がある。何も決定しないという代替案が常に存在する。」(P205)

「確かにその通りだよね。何でもかんでも結論を出さなければいけないことだけではないよね。もし、結論が出なかったら何が起こるかを考えて見て、何もしないことで事態が悪くなるとか、チャンスを掴み損ねると言うことがないなら、決定しないという選択肢があるってことだね。もしくは、決定しない方が良いとも言えるかもしれないね」

→「ここで絶対にしてはならないことがある。もう一度調べようとの声に負けることである。それは臆病者の手である。」(P208)

「調べ尽くして、決断したのに、不安になることってあるのかもしれないけど、やっぱりそれは、ほじくり返しちゃいけないってことなのね」

→「相応の経験を持つ大人として、ソクラテスが神霊と呼んだもの、すなわち『気をつけよ』とささやく内なる声に耳を傾けなければならない。」(P208)

「実は、これが重要だと思うんだ。俺でも時々あるんだ。うまく済んだと思っているんだけど、でも、何か違和感を感じて、しっくりいかないってことなんだけど。そんな時って、往々にして、しばらくして、検討が足りなかったり、判断がマッチしていなかったことに気がつくんだ。しまった!って」

「それはあるかも。私なんて、大きな決定をすることはないけど、日常的に、たとえば、化粧品売り場でいいことを言われているんだけど、なんかずれているような気がするの。そんな時は、一度売り場を離れて考え直すと、前に調べたことと微妙に違っていたりするねの。その販売員も悪気がないんだけど、ちょっと大げさに言ったりしてしまうのね。それも、ささやく声かもね」

「恐いのは女の直感とも言われるから、常にささやく声に耳を傾けているんだろうなあ」

「ええー。私の直感って当てになるかなあ。大体うまく行かないものね」

「そうかなあ」

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 会社のイベント準備という由美ちゃんとわかれ、自分の顧客と対峙して、1日が終わったのだった。

「さあ、ジンさん。モロッコインゲンを甘辛く炊いてみました」

「え?この平べったいのが、モロッコインゲンって言うんですか?ふーん。あ、本当だ。インゲンですね。そして、おいしい。これは、ビールのつまみにぴったりだあ!」

「でしょ?長野県出身のお客さんに教わったんですよ。東京では、あまり見かけないかもしれませんけど、最近人気が出ているみたいですよ」

「いいですねえ。亜海ちゃん、お代わり!」

「はーい」

(続く)


《1Point》
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 最後にコメントとして出た『気をつけよ』というささやきですが、これは、本当にありますよね。

 すぐには、判断が付かないんですが、何か腑に落ちないという気持ちのときには、本当は、少し置いてから再度検討するといいんですよね。

 でも、日常的な処理の時などには、そのまま流してしまうことが多いんですが、その違和感って、やっぱり流してはいけなかったという結論だったりします。

 人の感覚は、コンピューターとは違うところに重要な点があるのです。