居酒屋で経営知識

(68):経営者に贈る5つの質問

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

「へい、いらっしゃい。ジンさん・・・えっと、山野綾ちゃんだったよね」

「うれしい。大将さん、覚えてくれていたんですね。ご無沙汰してしまいました」

「山野さんは、プロジェクト対応で大阪駐在してたんですが、そのプロジェクトが完了して帰ってきたんですよ」

 山野綾は、ジンの営業部の部下で、過去に数回みやびに来ている。

「はい、生ビール二つですね」

「あ、亜海ちゃんね。お久しぶり」

「ご無沙汰してまーす。やっと東京へ帰ってきたんですね。また、よろしくお願いしまーす」

「それじゃ、綾ちゃんの歓迎会だね。よっしゃ、張り切ってサービスするよ」

「大将さん、うれしいです。ありがとうございます」

「まずは、山野さん。お帰りなさい、乾杯!」

「おいしい。北野さん、ありがとうございます。最後に、ここのちゃんこ鍋で送別会をしてもらって以来ですから」

「そうだね。ほぼ、2年になったかな」

「駐在が決まって、赴任前の涼しくなった頃でしたから、2年前の10月くらいでした。あの時のちゃんこ鍋が忘れられなくて、大阪でも自分の部屋で何度もチャレンジしたんですよ。全然、味が違うんですけど」

「ダシだろうね。こればっかりは、誰も真似できないよ」

「そうですよね。いろいろ試したけど、似ても似つかなかったです。でも、おかげで、自炊が習慣になったし、野菜もたっぷり食べられたと思います」

「鍋料理の良いところだね」

「良い花嫁修業になったみたいだが、相手はできたかい」

「え?ビックリしましたよ。鳶野さん、ご無沙汰しています」

「雄二。いつもながら、急に現れるなあ」

「邪魔にしてるんじゃ無いだろうな。お前の抜け駆けくらいすぐわかるさ。綾ちゃん、お帰り」

 雄二が加わり、山野さんの関西での活躍話に盛り上がった。

「そういえば、ジンから、綾ちゃんは、相手の社長にいたく気に入られているって話を聞いていたけど、変なエロ社長だったんじゃないだろうな」

「まったく、鳶野さんったら。そんなことありません。ただ、相手の社長さんは、学生時代に起業して、随分苦労したみたいだけど、最近やっと時代の波に乗ったって言うベンチャー社長で、北野さんのアドバイスをもらいながら、話をしていたら、相談を受けるようになっていたんです」

「なんと。ジンが、綾ちゃんを餌にして、若い社長をたぶらかしたのか」

「お前なあ。そんなわけ無いだろ」

「私じゃ、手に負えなくなって、何度も北野さんに来てもらいましたけど」

「いやいや。山野さんの言うことは随分役に立っていたようだよ」

「でも、私、経営については素人ですから、北野さんに教えてもらった五つの質問を何度も話しただけなんです。細かい質問をされるとすぐ北野さんにメールして、それを回答してきたんですよ」

 興味深げに亜海ちゃんが立っていた。

「あのー。綾さん。その5つの質問ってなんなんですか?」

「あら?亜海ちゃんも経営に興味があるのね」

「ええ。実は、私の大学で、友達が起業したんです。ただ、やっぱり、いろいろ苦労しているみたいなんです。それで、話を聞いているだけなんですけど」

「へえ。北野さんの受け売りなんで、北野さんに聞いてもらった方が良いと思うわ」

「山野さん。そんなこと言わないで、教えてごらん。他人に教えるというのが、一番自分にも役に立つんだから」

「はい、わかりました、北野先生(^_^;)。じゃあ、亜海ちゃん。まずは、簡単に説明するわね。これは、ドラッカーの生み出した経営ツールという位置づけになっているの。5つの質問は、

(1)われわれのミッションは何か?
(2)われわれの顧客は誰か?
(3)顧客にとっての価値は何か?
(4)われわれにとっての成果は何か?
(5)われわれの計画は何か?

というものなの」

「えっと、ミッション、顧客、顧客にとっての価値、成果、計画ね。短い質問だけど、なんか難しそう」

「そうね。だから、何度も自分で質問し、答え続けなければいけないのね。経営に終わりは無いから、質問への答えも変化していくのが当然なのね。その大前提が、

(1)われわれのミッションは何か?

という問いね。これは、企業であれば『存在する意味』だから、非常に大きなもののはずなの。これがしっかりしたもので無ければ、変化に対応することができなくなるし、そのために、組織のすべての人が理解しなければいけないことね。

次に、

(2)われわれの顧客は誰か?

を考える必要があるわ。
みんな、顧客は誰かはわかっていると思ってしまうのよね。また、顧客ってあまり定義しないから、誰にでも好かれるものをつくろうとして、誰にも魅力の無いものになってしまったりすることもあるから、本当に満足させるべき顧客は誰か?と問い続ける必要があると言っているの。

ここで、ドラッカーは顧客には2種類あると言っているのが要注意ね。一つは、もちろん、企業が直接顧客名簿に載せる活動対象としての顧客で、もう一つは、パートナーとしての顧客です。パートナーとは、企業の従業員も含めているように思うの。それに、一般に言われる下請けとか外注なんかも言えるわ。

(3)顧客にとっての価値は何か?

は、もちろん、顧客は誰かが明確になって初めて問われるものね。ここで、注意しなければいけないのは、本当に顧客にとっての価値を見ているかどうかね。勝手に、これが顧客のニーズであり、それを価値としていると決めつけてしまっていないかということかな。それともう一つ、顧客にとっての価値は変わっていくということね。

顧客を考えたら、今度は、自分達の活動についてね。

(4)われわれにとっての成果は何か?

成果を何にするか、それをどう測定するかを考えなさいと言っているわ。ここで、私が一番重要だと思うのは、強化すべきものと廃棄するものの識別なの。昔の成功体験を引きずっている企業は、資源の浪費をしていることになるわ。だから、古いものを止める決断こそが責任の一番ね。

そして、

(5)われわれの計画は何か?

で、具体的な目標を設定して活動を行うことになるわけなの。ただし、ここでもドラッカーは計画は変わることを注意点に見ていると思うわ。計画における5つの要素としてあげているのが、『廃棄』『集中』『イノベーション』『リスク』『分析』ね。ここでも、廃棄と集中を最初に挙げているのが大事ね。

ちょっと、一気に話してしまったけど、少しはわかったかな?」

「さすがに、ハイって言えないかなあ。でも、何となく雰囲気はわかった気がします。ありがとうございました。今日は、メモが取れなかったので、また教えてもらうかもしれません」

「もちろんよ。私も、全部覚えているわけじゃ無いから、実は、何度も相手の社長さんと北野さんとやり取りした内容のメモがあるから、今度、それでまた説明するわ」

「わあ、お願いしまーす」

「さすが、山野さん。ほぼ完璧だよ。一気にこれだけ説明しきってしまうなんて、さすがだね。今のメモの話も興味あるから、一度見せてくれる?」

「北野さんに見せられるようなものじゃ無いです。でも、亜海ちゃんに説明しながら、整理しようと思いますので、それを見てもらえますか?」

「そりゃ、ますます楽しみだ。頼むよ」

「綾ちゃん、俺にも頼むぞ」

「はい。気合い入れて整理します」

(続く)


《1Point》
 これまでも何度か使っていますが、覚えている方はいますか。

 特に、この本は、ドラッカーのエッセンスに対し、ジム・コリンズ、フィリップ・コトラーなどが解説を加える形になっていますので、違った視点での本になっていますので、ぜひ読んでみてください。

「経営者に贈る5つの質問」(上田惇生訳 ダイヤモンド社)
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 経営者に贈るとなっていますが、同時に本書P8に「明日の社会をつくっていくのは、あなたの組織である。そこでは全員がリーダーである」と述べています。

 つまり、組織に関わるものすべてが答えるべき質問なのです。

 そして、「ミッションとリーダーシップは、読むもの、聞くものではない。行うものである」と続きます。

 求めるものは成果です。成果は外にあります。組織の中にはありません。もう一度、考えて見てください。