居酒屋で経営知識

(67):流行とニーズ

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

「ジンさん、お待ちしてましたよ。皆さん、お揃いです」

「ええ?15分早く着いたつもりなんですが・・・雄二まで。みんな、早すぎだよ」

「ははは。暇な人間の集まりってのはこうなる」

「鳶野さん。暇なんて、失礼な」

「そうだ、そうだ。ただ、早く呑みたいだけだ」

「モノは言いようってね。さあ、ジンも来たことだし、まずは乾杯しようぜ」

 もうすでに、何杯か飲んでいるような気もするが、まあ、いつもの常連ばかりだから、時間なんて関係ないか。

「かんぱーい!」

 乾杯でグラスに口をつけると、おもむろに大将が立ち上がった。

「ええーっと。本日は、お盆休みの中、みやび恒例感謝祭にお運びいただきありがとうございます。明日から4日連休になりますので、冷蔵庫の中を空っぽにするまで食べて帰ってください。目的は、食べ物ですので、くれぐれも飲むだけっていうのはダメですよ。在庫整理の定番で、この暑い中ですが、鍋はたっぷりありますので、こちらもよろしく」

 ということで、常連だけの貸し切りで、定額食べ飲み放題の会がスタートした。

「近藤さん。お久しぶりです。山の中に行ったきりだって、大森さんが言ってましたが、お元気でしたか?」

 建設会社の顧問をしている近藤さんが久しぶりに顔を出していた。

「現場の指導を頼まれてね。この歳になって、山奥の現場で働くとは思わなかったよ。でも、現場はいいね」

「へえー、本当だったんですか」

「難しい現場でね。若手の優秀なヤツが行ったんだけど、地元対応に苦労しているというので、私のような年寄りに応援依頼があったってわけさ。この歳になっても、やっぱり頼られるとやる気になるモンだよ」

「そうでしょうね。ベテランの方に助けてもらうところって、増えているんじゃないでしょうか」

 隣にいた大森さんが、突然真面目な顔になった。

「ジンさん。若手って言えば、うちの息子も別の商店街に店を出すんだって張り切って、市場調査会社の結果をもとに店の企画を始めたんだけど、うまくいかず泣きが入っているんだ。助けてやってくれないだろうか?」

「大森さんの息子さんって、真之輔君?あれ、来てるじゃないですか」

「北野さん。ご無沙汰しています。父に泣きついてしまいました。父は、ここの商店街の会長ですから、逆に、他の商店街に自分の息子の応援で行くわけには行かないって。それで、北野さんに相談するのが一番いいだろうと言われたんです。ちょうど、今日、集まりがあるって言うので、飛び込みで連れてきてもらいました」

「でも、随分、逞しくなった気がするね。初めて会ったのは、大学生の時だったかな。まあ、酔っぱらう前に話をしよう」

「じゃ、ジンさん、頼んだよ。近藤さんと飲んでくるわ」

「了解」

 食べ飲み放題はお預けにして、みんなから離れた小上がりで、即席相談会になった。

「それで、どんな市場調査の結果が出たんだい?」

「ええ、報告書を持ってきました。これなんです」

「ふーん・・・ちょっと、読ませてもらうよ」

 割と有名なコンサル会社の報告書だった。体裁はさすがにきれいに仕上がっているし、調査方法などもしっかりしているようだ。

「きれいに出来てるね。ええっと、結論から言うと、最後の具体的な店を構えるのがニーズにかなっているっていうことだね」

「そうです。それで、ほとんどがフランチャイズなので、そのコンサルのルートがあるらしく、それぞれの会社にコンタクトを取ってもらって、ほぼ、この数店のうちから選んで行くことにしたんです。ただ、先のことを考えると本当にいいんだろうかって心配になってしまって。コンサルタント会社の担当者に再度相談したんです。答えは、しっかりした市場調査から導き出したニーズなので、一番固いし、銀行も保証できるって言うんですけどね。どれも、今流行の店なんで、あの商店街なら競合もほとんどないし、商店街にとっても目玉になると思ったんですが、役員の方達からは一過性の流行店は、商店街のイメージダウンにもなりかねないって反対されているんですよ」

「商店街の長老達からは反対されていることより、真之輔君が不安になっている感覚の方が重要かもしれないね。反対を説き伏せるパワーが感じられないね」

「うーん。確かに、しっかりとした市場調査をしてもらって、商店街にやってくる人にアンケートも取ったし、ニーズとしては間違いないとは思うんですけど・・・」

「うん?もう一度見せてくれる。市場調査では、主に、商店街の各個店の業態分布とか、利用者の属性分析をしているね。まあ、普通か。アンケートの質問は・・・うーん、これが、結局はニーズとしての具体的な店舗につながっているわけだ。いや待てよ。これは、ニーズとは言えないね。いろいろな質問を投げてはいるけど、結局、みんなが知っている店から選ばせているだけだね。これは、流行が直接左右するウォンツにしかならない」

「どういうことですか?」

「そのコンサルタントの担当者と前後にどういう検討をしたのかわからないので、これは俺の感覚だけど、最初に自分達の対応できる店ありきで、市場調査でそれを絞り込んで、アンケートで、人気投票をしただけかもしれないよ。ニーズというのは、少なくとも、現在の商品や具体的な店舗を直接示すことはないと考えていい」

「それは、ウォンツということなんですか。ウォンツも欲求だし、ニーズも同じような言葉に思えますけど」

「そうだね。一般的に、ニーズも、ウォンツも欲求と訳されるね。でも、マーケティングにおいて、ニーズと言ったときには、『本質的な』欲求と捉えることが重要なんだ。『ウォンツ』との対比で考えてみると『ウォンツ』は、直接的で手段であるような欲求を指す。例えば、喉が渇いたという欲求を『ニーズ』とすれば、麦茶が飲みたい、コーラを飲みたい、ミネラルウォーターが飲みたい、などは『ウォンツ』と言うことになるというのが理解できるかな。ここでの注意は、麦茶を飲みたいという声を『ニーズ』であると捉えてしまうと、麦茶という製品だけしか考えられなくなってしまうということなんだ。そこで、顧客となる人たちが、麦茶に飽きてコーラで喉の渇きをいやし出すと一気に売上が落ちてしまうことになるわけだ。つまり、この場合の本質的な欲求は、喉の渇きをいやしたいと言うことで、麦茶を飲みたいと言うことではないということに気づかないと一時の流行だけになってしまうんだね」

「そうか。コンサルタントが出してきた選択肢は、すべて、すでにある手段であって、その大本にあるニーズの部分をスキップしているんですね。それが、違和感だったんだ。具体的にはどこを見直せばいいですか?」

「そうだね。これだけ、詳細な調査データがあるんだから、この商店街に来る人が求めるものや近所にいるのに来ない人たちの理由、商店街の将来像と真之輔君の本当にやりたいものはなんなのか、商店街に来る人たちとどんな関係を持ちたいかを合わせて、考えるべきだね。簡単な選択肢から選ぶんではなく、本来のニーズと自分の強みを良く考えて、その実現手段として、コンサルタントが強みをもつ店舗が使えるなら検討したらどうだろう」

「わかってきた気がします。コンサルタント会社に結論まで出してもらおうと横着してしまったのかもしれません。自分の考えが抜け落ちていますね。もう一度考え直して見ます。良かった。このまま進んでいたら、また、父に迷惑をかけるところでした。お酒の席で、すいませんでした」

「やっぱり、真之輔君なら大丈夫だ。自分の感覚を大事にしていれば、的外れなことはないと思うよ。何かあったら直接聞いてきてよ」

「はい。ありがとうございました」

「さて、ジンの講義も終わったようだな。真之輔。俺にも相談しろよ。なんと言っても、俺は、ジンのような理屈屋じゃなくて、実践者だぞ」

「鳶野さん、わかってます。でも、父が、先に北野さんに相談しろって・・・」

「本質を知らん商店街会長だ。ま、話が済んだなら、飲もうぜ。大将が次の料理を出したくてイライラしてるぞ」

「そうだった。真之輔君も向こうへ行こう」

(続く)


《1Point》
 私が夏休み中であることもあり(^_^;)、一休みの内容になっています。

 ニーズとウォンツについては、過去、数回話題にしている内容と一緒ですが、実は、結構落とし穴でもあるので、復習も兼ねて出してみました。

 ちょっと、話の内容に無理があったかもしれませんが、本当のニーズか?という問いは、常に問いかける必要があると思います。