居酒屋で経営知識

(69):人事こそ最大の管理手段

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

「へい、いらっしゃい。毎度!ジンさん、今日はお一人で?」

「いえ、後から原島さんが来ることになっています」

「昔の先輩・後輩ですね。お二人だけという形も珍しいんじゃ無いですか?」

「そう言われればそうですね。やっぱり、高校の後輩としては、伝説のキャプテンですから、なかなか声をかけづらいところがあるのかもしれませんね」

「体育会の先輩で、しかもキャプテンだったら、神様みたいなモンだって言いますからね」

「そうそう。ホントに恐かったですよ。でも、よく考えると、直接怒鳴られたりとか、殴られたことは無いんですよね。先輩の中には、そんな人も実際いましたけど、原島さんは、いるだけでみんながシャンとしてましたね。それは、原島さんの同期の人たちもそうだったんですよ」

「同期だったら、別に恐いと言うことはないでしょうに」

「うーん。原島さんをキャプテンにしたのは、監督とかじゃなく、同期だったらしいですよ。本人は、プレーに専念したいと固辞したのを、みんなで頭を下げたと聞きました」

「へえー。あ、いらっしゃい。ジンさんも今着いたところですよ」

「すまんな、北野。お前のところも忙しい時期なのに」

「原島さん。そんな気遣いはしないでください。無理なら無理ってちゃんと言いますから」

「原島さん。今、ジンさんと伝説のキャプテンの話をしてたんですよ」

「大将、やめてくださいよ。まだ、生きてる人間を伝説なんて言わないでください。北野。お前達の代が言いふらしたんだよな」

「ええ。でも、我々はキャプテンの原島さんと一緒にプレーしましたから、入れ替わりの後の代にどんなキャプテンだったんですか?って聞かれた時に、何となく、そんな話になっていったんですよ。でも、そのおかげで、伝説のキャプテンの逸話として、後輩の歴代キャプテン達は助かっていましたよ。やっぱり、キャプテンって、孤独なものですから、目指す姿があると心強いって言うのはありますよ」

「さあ、さあ。亜海がジョッキを持って待ってますので、まずは、乾杯をどうぞ」

「あ、そうだった。では、原島さん、お疲れ様でした」

 ジョッキを合わせ、大きく呷った。

「フウー。うまいですねえ」

「そういえば、鳶野さんも言ってましたが、高校時代には、お二人は師弟コンビと言われたんですってね」

「原島さんは、自分にとっては、あこがれでしたが、それ以上に師としての存在が大きかったって思いますよ」

「高校時代の話をあんまり美化されるといられなくなるよ。でも、いまでは、北野は俺や俺の会社にとっての先生だから、人生も面白いよな」

「原島さんは、社長としての実践者ですから、先生なんておこがましいです。ある程度知識を整理して、外側から見て、伝えることしかできません。経営自体を教えることなんてできませんから」

「それがありがたいんだ。申し訳ないが、今日も相談があって声をかけたんで、ちょっと酒のつまみに話を聞いてくれないか」

「もちろんですよ。どんな話ですか?」

「簡単に言うと人事ということになるな」

「人事ですか。そういえば、最近、人事の業務を独立させて、人事部を作ったって言ってましたね」

「そうなんだ。従業員数も増えて、組織も新しい事業に合わせて複雑になってきたんで、人事のやり取りが増えたからな」

「人事部長は、確か、親会社のベテランに来てもらったんでしたよね」

「人事が重要な活動なのは痛いほどわかっているんだが、これまで、採用や人事処遇の処理くらいしかやってきていないから頼んだんだ」

「そこに何か問題でもあるんですか?」

「いや、そうでは無いんだ。うちのような人材が豊富とは言えない中企業で、どこまで社長が人事に関与すべきなのかがわからなくなってしまったんだよ」

「これまでは、どうしてたんですか?」

「会社が小さかった頃は、担当者の顔や性格もある程度わかっていたんで、各部長や課長と直接話をしながら、配置や昇進の決定をしてきたんだが、さすがに最近はわからなくなってきてしまった。それで、人事部をつくって、各部門が相談しながら適正配置を進めるように任せたんだ」

「なるほど。組織としては問題なさそうですが」

「でもな。最近、現場で担当者と話をしているといろいろな不満が出てきているようなんだ。この前は、最近手がけだした大型のプロジェクトの現場で懇親会をしたんだが、そこで中心となる技術者達から、会社の一大プロジェクトだということで、将来案件の開発を中断して来たが、自分達が出来ることは限られていて、人手としてかり出されたとしか思えないというんだ」

「やるべきことが明確ではない上に、自分の強みではないという不満かもしれませんね」

「そうなんだ。そこで、プロジェクトの部門長や人事の話を聞いてみたんだが、大型案件だから優秀な人間を選んだということなんだな。ところが、本来、会社の将来を委ねるべき技術の開発に強みをもつ技術者をたぶん、処理能力や人間性を見て引っこ抜いているんだな。将来の開発には、時間がかかるから、会社の一大事だということで今のプロジェクトについてもらうのはやむを得ないというのが各部門長の判断だった。仕方がないかということと、やはり、各部門長や人事部に任せた以上、社長と言えども個々の人事に口を出すべきじゃないというのが結論なんだが、釈然としないんで北野の追認が欲しいと言うところだ」

 原島さんには珍しく戸惑いの表情を見せているのが気になった。

「原島さん。トップマネジメントにとって一番大事だといつも言っているのはなんでしたか?」

「ん?もちろん、ミッションを明確にし、組織全体をそこへ向かわせることだというのが、基本だと言っているが」

「働く個人にとって、ミッションへ向かっていることを明確に判断するのは何によってですか?」

「具体的な判断とすると人事評価とそれに伴う給与ということになるかな」

「そうですね。それに、人事評価は、給与だけでなく人事異動にもつながりますね。そして、給与は過去の成果に対するものですが、人事異動によって行われる配属やもちろん昇進といものは、未来への評価になります」

「なるほど。確かに、その人物をどこに配属するかは、ミッションへの明確な意思表示と言えるな・・・そうか。甘いと言っているんだな。一番大事なことを人任せにしているということか」

「そう思います。ドラッカーのマネジメントを読んでいますよね。そこに明確に書いてありますよ。『人事に関わる決定こそ最大の管理手段である』ということです。いろいろな決定がありますが、組織に働く知識労働者にとっては、昇進と配属が組織の目的に向かった明確なトップの意思表示と考えるんじゃないでしょうか」

「俺はなんて情けないんだ。いい気になって、一番重要な部分を任せっきりにしてしまっていたんだな。ミッションと人事が連動していないことを見過ごしていた。言行不一致だ」

「原島さん。ここで自分を責めても仕方ないですよ。権限を委任したことに間違いはありませんし、任せたからには、口や手を出さないと言うことも重要です。ただ、最終責任はトップマネジメントにありますから、任せたとはいえ目指す方向がずれていなかを一緒にチェックする責任はあります。そして、修正させることも言行一致につながります」

「そして、人事はその最大のポイントと言うことになるわけだ。北野、ありがとう。目が覚めたよ。もう一度、ミッションを具体化したビジョンについて、部門長達と議論してみるよ」

「それがいいと思います。組織の末端までトップの考えを知らせるのは、人事の決定に代わるものはないと思います。それは、絶対におろそかにしてはいけません」

「しかし、考えて見れば、ラグビー時代にキャプテンが孤独だったのは、チームにとって誰をどのポジションに据えればいいか、次の大事な試合に誰を使うかを決めなければいけなかったからだったな。何を戸惑っていたんだろう」

「原島さん。覚えていますよ。全国大会出場権を決める決勝戦にそれまで勝利に貢献してきた沼田と対戦相手のナンバーエイトを止める力をもった織田のどちらを使うか、最後まで悩んでましたね」

「良く覚えているな。そうだった。あの時は、チームとして初めての決勝戦だったから、頑張ってきた沼田を外すのはみんなが望んでいなかったんだ。その上、織田は沼田に比べて真面目さに欠けていたし、俺たち3年生の受けも良くなかった。でも、あの超高級のナンバーエイトのサイドアタックにタックルで飛び込める力をもっているのは織田であることは間違いなかったな。もしかすると、最後の試合になってしまうかもしれない試合に、一番頑張った沼田を出したいというのは、3年や監督ですらはっきり言ってきた」

「そして、みんなの予想に反して織田を起用した。その試合での織田の活躍は、高校ラグビー特集号で取り上げられるほどだったんでしたね。でも、後で、沼田に聞きました。原島キャプテンが、試合前に自宅にやってきて、なぜ、沼田を外して織田を使うのかを説明したって。たぶん、それが人事なんだと思います」

「北野。俺は、ラグビーと経営は違うものだと割り切っていた。でも、もしかすると、目標に向かって組織を動かしていくという点で、何も違わないのかもしれない。自信がわいてきたよ」

「原島キャプテン。飲みましょう」

「おう」

(続く)


《1Point》
 やはり、皆さんも人事について興味があるようですので、ちょっと思いも含めて取り上げました。

 実は、4年ほど前になりますが、ドラッカーの翻訳者として、また、ドラッカーについての一番の理解者とドラッカーに言われた上田惇生さんが、英和対訳のドラッカー名言集をまとめて、発行することになりました。

 その際、上田先生が絞り込んで絞り込んで選んだ名言は、それでも200近くになっていました。それを半分くらいにしたいということで、当時ドラッカー学会で上田先生と活動していた人たちに投票して欲しいとの話がありました。

 その時、私も決定版ドラッカー名言集掲載候補リストというものをもらい、自分として、半分くらいに絞り込んだのを覚えています。そこで、目についた1つが今回の「人事こそ最大の管理手段」でした。知識労働者の動機づけで、「配置、昇給、昇進、降格(降級)、解雇」などがいかなる数字や報告よりもはるかに影響与えるとありおおー!と思ったものです。

 発行された本にもこの部分はしっかりと残っています。
「英和対訳 決定版 ドラッカー名言集」(P.F.ドラッカー著、上田惇生翻訳 ダイヤモンド社 61番目の名言)
http://amzn.to/1vadvym

 原著(出典部)は「マネジメント」です。エッセンシャル版ではP147、ドラッカー名言集では、中巻のP107に出ています。

「マネジメント[エッセンシャル版]- 基本と原則」
http://amzn.to/ryMG10

「ドラッカー名著集14 マネジメント[中]—課題、責任、実践」
http://amzn.to/1p3hhAZ

 名著集から該当部分を引用しておきます。

「成果中心の精神を高く維持するには、配置、昇給、昇進、降格、解雇など人事に関わる決定こそ最大の管理手段であることを認識しなければならない。それらの決定は、人間行動に対し、いかなる数字や報告よりもはるかに影響を与える。組織の中の人間に対して、マネジメントが本当に欲し、重視し、報いようとしているものが何であるかを知らせる。」(「ドラッカー名著集14 マネジメント[中]—課題、責任、実践」 P107)

 また、同じページにこのような言葉もあります。

「組織は人事に反応する。トップマネジメントにとっては小さな都合や行きがかりによるものだったとしても、人はみなトップマネジメントの言行不一致と受け止める。」(「ドラッカー名著集14 マネジメント[中]—課題、責任、実践」 P107)

 いかがでしょう。思い当たりませんか?