居酒屋で経営知識

11.再度、ビジネスモデル仮説

(前回まで:居酒屋みやびではクロスSWOT分析を元に、改善策を具体化しました。一つ一つの改善策について、誰が・いつまでに・どの程度実行するか、というようにスケジュール化しました。P-D-C-Aサイクルの「P(Plan)」を完了し、「D(Do)」の段階へ進むことになったんでしたね。)

 雄二のぐい飲みが空になった。
 
「これで、居酒屋みやびの業務革新プロジェクトはスタートしたわけだが、俺のビジネスプランは忘れてないだろうな」

 最後のつもりの上喜元を注ぎながら、忘れていたなんて冗談でも言えないような雄二のやる気を感じ取った。

「もちろん。ただ、昨日の今日なんで、もう少し時間が必要なんじゃないか」

「いや、長いこと考えてたら時代が変わっちまう。それより、1人で考えていると、意味がわからなくなってくるんで、とりあえず見てもらって考えた方がいいんじゃないかと思うんだ」

「雄二も大人になったなあ。昔なら、人に頼るなんて男じゃないって突っ張ってたところだ」

「そんなに、シミジミ言うな。これでもそれなりに苦労してるんだぞ。1人じゃ、できることには限りがあるってことぐらい身に染みてるさ」

 洗い物が一段落した由美ちゃんが、のれんを片付け始めた。

「雄二、それじゃあ、セグメンテーションとターゲティングはできているのか」

「おう。昨日の話からインターネット利用のタイプと俺のアイディアに趣味が合致しなければいけないだろうと考えた。年代というデモグラフィック変数とインターネット利用の行動パターンを考えてアクティビティ変数を使ったつもりだ・・・で良かったんだよな」

「なるほどな。セグメンテーションとしては良さそうだ。セグメンテーションというのは市場細分化という意味だから、この細分化した細かい市場からターゲットとする市場を絞り込むのが次だ」

 雄二が人差し指で自分の鼻を弾いた。

「フムフム。それもばっちりだ。若い子をターゲットにしたい気持ちはやまやまだが、携帯文化にどっぷり漬かっている10代や20代ではうまくいかない気がするんだ。ある程度、自宅のパソコンを使いこなし、自己啓発意欲の高い層を考えた」

 雄二が例の『独立への道』ルーズリーフを開いた。
 
 そこには、10歳ずつの年代をそれぞれ「携帯」「PC」「無し」に分け、「情報発信」「情報利用」「消極的」という行動パターンや「創作意欲強」「〃中」「〃弱」など、いくつもの切り方をクロスしてマトリクスを作ってあった。

「雄二、これはすごい。まさしくこれだよ。一つのセグメンテーションに固執せずに、試行錯誤してみる。その上、それをきちんと残しておけば、どこかで行き詰まったとき、もう一度、前提から見直すことも簡単だしな」

「いやー、ジンに誉められるとは思わなかったよ。ちょっと、がんばった甲斐があった」

「へえー、鳶野さんが誉められることもあるんだ。見直そうかな」

 看板の灯りも落として、手持ちぶさたになった由美ちゃんが話の内容に追いついてきたようだ。
 
 他の客も会計を終えて帰り支度となっている。
 
 そういえば、近藤さんも大森さんと一緒に帰って行ったのだが、昼間、会社に電話をしてもいいかと確認していった。この前、話があった近藤さんの勤めている建設会社の件だそうだ。
 
「由美ちゃん、雄二も結構本気だからバカにしたもんでもないよ」

「あ、いけない。ジンさん、鳶野さんをバカにしてるつもりなんて・・・鳶野さん、ごめんなさい。そんなつもりじゃないですからね」

 由美ちゃんが慌てて訂正してる。俺の合いの手が悪かったか。
 
「由美ちゃん、ごめん。ちょっと、ちゃかしすぎたね」

「心配すんなって。由美ちゃんの気持ちは俺がよーくわかっているよ」

 話を戻すつもりで、雄二のルーズリーフをみんなに見えるように広げた。
 
「こんな風に、考えられる切り口を書き出していくと他の人にも判りやすいから、みんなで検討しやすいだろう。由美ちゃん、どう?」

「へえー。ほんとね。こんな考え方もあるんだ。これが、セグメンテーションというものなのね」

「次の課題が、ターゲティングだ。雄二は、この切り方を選んだようだね。マス目を黒く塗りつぶしているところが絞り込んだ部分というわけかい?」

「その通り。年代は、30代から50代。ちょっと広いが、50代はパソコンの利用に偏りが大きい年代だと思うので、あえて入れてみた」

「それで、これらの絞り込んだターゲット毎に代表的な人物像を想定して書き出したのがこの表だな。一人目は、30代の外資系企業に勤めるOL。未婚だが、結構願望は強い。しかし、仕事との両立に不安をもっているため、独立も考えている。年収500万円、会社の住宅手当があるため、都心に近い賃貸マンション居住・・・・5人か、このくらいでいいかな」

「なんか、小説の登場人物像みたいね」

「そう考えてもらっていいいんだ。あんまり漫画的になっては困るけど、イメージをより具体的にして、考えているアイディアを利用している場面を空想してみる。例えば、ターゲットの状況に応じてホームページの更新の頻度をどうするかとか、ダイレクトメールでのプロモーションがいいのか、利用しやすい流通の仕組みはどうか、など、いろいろな場面で検討してみる。今回は、この肉付けと削ぎ落としをして、ビジネスモデル仮説を作り上げる」

 雄二が身を乗り出す。

「俺の作った5W1Hがその試行錯誤になるわけだな。さっきの30代OLは、『週末』『自宅のパソコンで』『自分の得意な石を使ったアクセサリーの作り方を』『興味を持った仲間に教えるために』『写真やイラストのたくさん入った本を手軽に作って販売したい』。そのために、手軽に、自分のパソコンで、写真やイラスト・文章をレイアウトできて、電子ブックだけでなく、紙の本としても販売できる手段を提供できればいいわけだ。まさしく。俺のアイディアを利用して達成できそうだろう」

「そうだ。ただし、ビジネスモデルだから、利用者の立場からだけで考えていてもいけない。提供側の、例えば、注文を受けたとして、そのデータの取扱方法や紙の本にするとすれば、どこで印刷や製本をするのか、校正やデザインをどこまで提供するのか、契約の結び方やどの段階で、どういう方法で収入を得るのか、配送はどうするのか、など、フローに書き出して見当する必要があるね」

「ムムム。難しいな」

「でも、これはきちんとクリアしながら具体化していかないとビジネスは成立しないぞ。まずは、仮説だ。これならうまくいくはずだというモデルを作ろう」

 雄二とは、この方針に従って、いくつかの必要な業務フローを考え、ビジネスモデル仮説を作り上げるつもりだ。
 
 いつもより遅い時間となっていた。最後まで粘っていた40代のサラリーマン2人も議論が膠着して、疲れてしまったようだ。
 
 会計を済ますと『カラオケだー』と叫びながら出て行った。
 
「さあ、俺たちも寝床へ帰るか」

 雄二がルーズリーフの次のページに『業務フロー』『シミュレーション』『ビジネスモデル仮説』とメモをするのを確認し、会計の締めをお願いした。
 
「ジン。これは、ちょっとハードルが高くなってきた気がする。また、詰まったら連絡するから頼むぞ」

「あまり完璧にしようとしすぎるなよ。仮説なんだから、どうしても絞れないなら、いくつか列挙して幅を持たせてもいいから」

 大将と由美ちゃんが外まで出てきて見送ってくれた。
 
「お休みなさい。お気をつけて」

(続く)

《1Point》
再度、ビジネスモデル仮説

 文字だけでお伝えしようとしているので、判りづらいのでは、と心配していますが、イメージはいかがでしょうか。
 
 新規起業を目指す鳶野雄二のビジネスアイディアをビジネスプランにまで作り上げるシリーズに戻りました。
 
 『ビジネスアイディア』:雄二の持っている思いつきのアイディア
    ↓
 『ターゲティング』(ターゲット明確化):セグメンテーションをし直して、ターゲットとする小さな市場を決めました。
  ・セグメンテーション
  ・ターゲティング
  ・利用者の設定とシミュレーション
    ↓
 『ビジネスモデル仮説策定』:シミュレーションを繰り返しながら、ビジネスとして成立すると思われるビジネスモデル(実際の業務フロー)を作ってみます ←この段階が次回となります。
    ↓
 『ビジネスモデル仮説の検証』:環境分析を行って検証していきます。
    ↓
  (Next Step)