居酒屋で経営知識

15.環境分析

(前回まで:週末、雄二は国会図書館で仮説調査をしていたらしいですね。ジンは、雄二が主宰しているSNSのコミュニティで行うアンケート調査の内容を作成し雄二に任せました。)

 雄二から、SNSでのアンケート調査を開始したと連絡があった。
 
 覗いてみると「Y」というニックネームをつけている雄二からの趣旨説明に多くの反応があるようだ。
 
 雄二が新たなビジネスを行うこと、そのためにコミュニティのみんなの協力を得たいということに讃辞や心配の声が挙がっている。
 
 また、細かい使い勝手について質問が多い。これには雄二も困っているようだ。
 
『文章を画面にベーストするのか、ワードファイルで貼り付けるのか』とか『一太郎でもいいのか、テキストファイルの改行コードは?』など、先に進みすぎていて、まったく未検討の部分の方に興味が集中する傾向にあった。

 雄二のビジネスモデルでは、文章を発表したい人と批評好きな人、読むのが好きな人が一体となって出版するものを抽出するというところにポイントがある。
 
 そういう意味で言えば、先走った反応は大いにこのモデルを検討していくサンプルともなるともいえるのだが。
 
 アンケート調査にも積極的で、3日目で100人に届いたという。まさしく予想外の反応だ。
 コミュニティの中に特設したトピックへのアクセスは日に1000を越えた。
 
 中には懐疑的なもの、中傷的なもの、他のアイディアを盗んできたんだと息巻くものもある。
 それも、インターネットで公開していくためには許容していかなければいけないし、目的に悪影響を及ぼすものには明確な対策も必要になる。
 
 次の土曜日に雄二が来ることになった。
 
「みやびでもいいが、さすがに書類が多くなったので、お前の部屋で整理させてくれ」

という電話があったのが木曜日だった。

 金曜日までにSNSでの主だった発言をピックアップし、関連づけのために、マインドマップを作成した。
 
 全体を俯瞰して、ニーズとしてあげた仮説の妥当性、業務フローが求められる利便性を満たしているのか。そして、機会を捉えているのかをざっと見ておいた。
 
 曇りがちの湿度の高い土曜日だった。
 
 約束通り、10時に玄関のチャイムが鳴った。
 
 玄関を窮屈そうに通り抜け、ワンルームのダイニングテーブルに腰を下ろした時、ちょうどペーパードリップでコーヒーを淹れ終わった。
 
「ジンの部屋に来るといつもコーヒーの香りに迎えられるなあ」

「学生時代に近所に自家焙煎の店があってな。そこのコーヒーに魅せられてコーヒー党になったんだ。でも、あの頃は、毎日喫茶店に行けるほど裕福じゃなかったから、自然に豆を買って自分で入れるようになったというわけだ。その代わり、引っ越すたびに煎りたての豆を買えるところを探すのに一苦労するよ」

「お前は本当に凝り性だよな。ビールはヱビスしか飲まんし、ジンはゴードン、ウィスキーはバーボンだったな」

「コーヒー豆はブラジル・サントス系だな。ついでにワインはニュージーランド、焼酎は壱岐だ」

「やっぱり、ひねくれ者のB型だ」

「嗜好品なんだから、何でもいいなんて言えないね。徹底的に思いこんだ方が、自分の時間を生きてる感じがするだろう」

「まあいい。このコーヒーがうまいことは認めるよ」

 コーヒーの苦みと甘い香りを楽しんだ。
 
「さて、本題も頼むよ。2次データとやらを随分集めてみた。内容はメールで送ったとおりだ。だいたい、網羅されてるか」

 シンクタンクの調査結果や出版業界の調査、最近の携帯小説・電子ブックの傾向に対する調査や評論を集めていた。
 
 内容のエッセンスは雄二からメールされてきていたので整理しておいた。
 
「この仮説を一覧化したものに対応させて、どの調査がどの仮説を裏付けているか並べてみた。ちょっとあいまいなところは色づけしたが、ほぼ網羅しているな。いくつか反証的なものもある。これは再検討した方がいいが、全体の方向性は否定されていないと言えるだろう」

「お墨付きが出たと言うことだな。後は、ベンチャーキャピタルへ向けたビジネスプランに落とし込んで出資者を集めればいいなんだな」

「まだまだ。ここまででアイディアから業務フローや流通を含めたシステムの妥当性は確認できた。まあ、やろうと思えばできないことはないというレベルだ」

「じゃあ、いいじゃないか。後は、社長としての俺の腕だろ」

「うーん。まだ博打のレベルだって言ってるんだ。みやびの戦略を立てたことを思い出せ」

「あれは、SWOT分析で機会を捉える強みを見つけて、強化していったんだな。そうか、それをやってない。でも、仮説自体が機会とか強みを意識していたからいいんじゃないか」

「だから博打なんだ。人間の考えることは思いやその時の気分、外からの刺激でどうにでも変わってしまうし、気づかないうちに偏って考えてしまうもんなんだ。だから、愚直に見直すことが必要だ」

「じゃあ、もう一度SWOTをするってことだな」

「随分具体化しているので、切り口を明確にして、それぞれで環境分析を行おう。3C分析というのは、メールで簡単に説明しておいたよな」

「あ、あれか。カスタマーと、なんだっけ」

「Customer、Competitor、Companyの3つの切り口で再度詳細に見直す。それぞれに対応する調査結果を並べたのがこの一覧だ。特に、今回はSNSのアンケートがあるので、Customer(顧客・市場)のターゲットとニーズの整合性とか、ニーズ自体の妥当性、ソリューションの魅力度が確認できている」

「うん、そうだな。あそこまで盛り上がるとは俺も思わなかった。Competitor(競合)は、どこまで見るんだ」

「今回は、歴史のある既存の事業と最近メジャーになっている携帯小説なんかの新しい形態、それと潜在的に競合になる可能性のあるポッドキャスティングなどのSWOT分析をしてみる。そうすることで、次に検討する自社(Company)のSWOT分析と比較して、より自社の強みや弱みを浮き彫りにできる。この総合的な環境分析で、コアコンピタンスを明確にしよう」

 あらかじめ作っておいた全体のマインドマップを横に置いて、ビジネスモデル仮説の一覧表、それを裏付ける調査を2人で再確認する。
 
 次に、3Cの視点で、資料となる調査をまとめ直すという作業に入った。
 
 そろそろ昼食の時間だ。
 北海道の虎杖浜から取り寄せたタラコがあるので、簡単にタラコスパゲティにでもしようと考えていた。

(14)3C分析

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