居酒屋で経営知識

8.セグメンテーション

(前回まで:週末土曜、北野仁は朝のジョギングをしながら、前夜のビジネスプランSWOT分析の整理をしました。次に何をしなければいけないかを考えていたのです。)

 雄二から電話があったのが、日曜日の朝だった。

「さっそくだが、ターゲットを絞ったんで見てくれ」というものだった。

 ウェイトトレーニングで汗を流したあとは、ゆっくり本でも読もうと思っていたんだが、やむを得ない。3時過ぎに我が家の近所の喫茶店で落ち合うことにした。
 
 ウェイトぐらいはしようと、慌てて公共のスポーツセンターへ出かけた。

 ランニングマシーンや自転車こぎの老若男女をながめながら、チェストプレス、ローイングマシーン、レッグプレス等々、上半身と下半身を交互に刺激する。
 
 これで350円だ。民間のフィットネスクラブが苦戦するのも判る。
 
 マシンは優劣がつかないし、毎回指導者とのやり取りを求めなければ、公共のインストラクターもそれなりな人を使っている。
 
 立地とイメージ、個人のデータ管理、それとインストラクターとのコミュニケーションが民間の主戦場かもしれないなあ、などと考えながら筋疲労を楽しんで自分の時間を過ごした。

 約束の時間に喫茶店へ向かう。
この喫茶店はたぶん中堅のチェーン店の一つで、コーヒーが350円と安くも無く、高くも無い価格で、明るい店内とそれなりにくつろげるところを売りにしている。

 そんな店も、雄二の大柄な身体には窮屈に見える。

 通りに面した席ではなく、一番奥に陣取っているのだが、たぶん、他の客は、近くに座るのを遠慮しているのだろう。奥側に空席が目立っている。

「よお、先生。頼むよ」

 片手で合図しながら席を示した。

「さすがに、この日曜日に連絡があるとは思わなかったよ」

「日曜は暇だろ。それに、明日はみやびのコンサルをすることになってるから、こっちまで手が回らんだろうしな」

 めずらしく実務的な目でルーズリーフを押し出してきた。
 
『独立への道』とマジックでデカデカと書かれたルーズリーフを開く。
 ちょうど注文を取りに来た女の子に濃いコーヒー、と言うと、ウィンクをするような目で戻っていった。

 1.ビジネスモデルを作る
 1)ターゲット
  ・20代OL
  ・30代主婦
  ・40代主婦
  ・20代男
  ・30代男
  ・40代男

 ここまでながめてまずいと気づいた。
 
「雄二。ターゲットを並べたのは良しとしよう。これから言えるのは、20代から40代の男女をピックアップしようとしているわけだな」

「まあ、そうなんだ。誰でも良いんだが、まず、第一に、インターネットを日常的に使っていることと、本を書きたいと思っている若い層であることが必要なんだ」

「もう少し、セグメンテーションをはっきりさせよう」

セグメンテーション?例えば?」

「目標とする市場の細分化の仕方なんだけど、今の雄二のターゲットは、年代という軸と男女という軸で切って、そのうちの20代から40代の層をターゲット市場と考えているわけだ。女性をOLと主婦に分けたのにもあまり意味はなさそうだな」

「そうだな。その辺だろうと考えたんだ。女性、で良かったんだが」

「一般的に市場を細分化する基準からすると、デモグラフィック変数のみになっている。違った視点からも見てみよう」

「・・・またか。任せたよ」

「デモグラフィック変数・ジオグラフィック変数・サイコグラフィック変数・アクティビティ変数の4つを考えるといい。

 デモグラフィック変数とは、人口動態的基準などと言って、年齢・家族構成・性別などを基に分ける方法で、今回の雄二のやったのがこれだ。

 ジオグラフィック変数とは、地理的基準などと言って、まさに、地域とか、気候、人口、人口密度なんかだ。
 
 サイコグラフィック変数とは、心理的基準で、最近ではライフスタイルや性格、思想などで分けるものを言う。
 
 アクティビティ変数は、行動変数基準と言って、ブランドに対する態度や購入頻度、サービスに何を求めるか、などで分ける。

 どんな基準で分けるかによって、その後の絞り込みに影響を与えるからな」
 
 雄二がルーズリーフに書き込みをしている。学生時代にはあまり見なかった姿だな、などとながめていた。
 
「ジン。デモグラフィックとかジオグラフィックは判りやすいけど、その後のサイコグラフィックとアクティビティは分けづらくないか?」

「うん、実際はある程度あいまいな点が出てしまう。統計で分けられるわけじゃないからな。ただ、最近は、年齢とか性別なんかで、行動パターンを分類しづらくなっているので、商品とかサービスを受け入れてくれそうな市場を考える場合、違った視点から絞っていった方がいいんだ」

「ジオグラフィック変数については、関係なさそうだ。今回、インターネット上で考えているからな」

「なるほど。それじゃあ、サイコグラフィック変数ならどうだ。インターネットが中心なら、屋外志向か、屋内志向かという分け方でまずは切れそうじゃないか」

「インターネットを使うと言えば屋内志向というわけか。いや、待てよ。最近じゃ、携帯でインターネットを利用するのも多いな」

「単純に切れないということの例だな。雄二も社会の動きに無頓着じゃないということか」

「おい、おい。仮にも社長になろうとしている人間だ。日々、世の中に目を光らせているんだぞ」

「まあ、いいや。アクティビティ変数を使ったらどうだ。そうやって考えると、インターネットで多くの情報を集めたり発信しようとするパソコン系と手軽に扱いたい携帯系に分けて考えることもできる」

「それなら、まずは考えやすいな」

「注意点を一つ言っておくぞ」

 雄二が生徒の目になっている。
 
セグメンテーションをするというのは、前にも言ったように、すべての人にアプローチするのは不可能だから、ある程度まで絞り込むためにする。ただ、これから商売を始めるとお客さん自身が変わってくることもあるし、違ったニーズを見つけることもある。つまり、1回絞り込んだら終わりではないということだ。これは、事業を行っていれば、何でもそうなんだが」

「そうだろうな。常に、目で見て、考えよ、ということだな」

「そういうことだ」

「ところで、セグメンテーションを行って、ある程度、ターゲット市場を決めたら、具体的な顧客イメージを作っていくんだったな」

「そうだ。慎重に行きたいので、細分化した市場のうち、いけそうなターゲットを決めるわけだが、そこに分類される人を想定して、その人の行動をシミュレーションしてみるんだ。そうすれば、大きな間違いがないかどうか検証できる」

「いくつか考えては来たんだが、分け方が変わってしまったんで、見直さなけりゃいかんなあ」

 氷が溶けきったアイスコーヒーと冷めてしまったホットコーヒーをお互い飲み干しながら、ルーズリーフに書かれた何人かの5W1Hの表をのぞき込んだ。
 
「ほら、例えば、20代の女性と30代の女性が別に書かれているけど、市場としてはあいまいだろ。特に、直接年代に訴えるビジネスプランを考えているようでもないしな。それぞれ、いつ・どこで・何を・なぜ・どのように、と見ていっても、変化がない。この分け方では絞り込めないと判断した方が良いだろう」

「確かに、な。書きながら、どうもあいまいだったんだ。まずは、切り分けが明確になるような市場にセグメンテーションし直してみよう。次に、それぞれの切り分けた市場から代表的な人物像を想定して、5W1Hで書き出してみるということでいいんだな」

「行ったり来たりになるけど、まず、ここはスタートとして重要だからガマンしてくれよ」

「もちろんだとも。苦あれば楽ありだしな。これからハチマキ締め直してがんばってみるぞ。ところで、明日は由美ちゃんとこへ何時頃行けそうだ?」

「たぶん、7時前には行ってるよ」

「了解。みやびのSWOTまでは手が回らないけど、俺のターゲットは一応持っていく」

 めずらしく、飲みに行くぞとは言わず帰っていった。

 さあ、俺もしっかり考えなければいけないな。

(続く)

《1Point》
セグメンテーション(市場細分化)の基準

1)デモグラフィック変数(人口動態的基準)
2)ジオグラフィック変数(地理的基準)
3)サイコグラフィック変数(心理的基準)
4)アクティビティ変数(行動変数的基準)

 市場を細分化するときの切り口として考えるものです。必ずしも、この変数を使わなければいけないというわけではありませんが、モレやダブりを避ける意味でも、まずは、これらの視点を使って考えてみるのが無難でしょう。

 私は、試験対策として単純に「デモ・ジオ・サイ・アク」と暗記していました。何度か、口に出していると忘れづらい語感だと思いませんか?