居酒屋で経営知識

32.マネジメント基礎講座:マイケル・ポーターの競争戦略

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「へい、いらっしゃい。毎度」

「暑いですねえ。兎にも角にも生ビール!」

「はーい。おしぼりも冷たいですよお」

「亜海ちゃん、ありがとー。うわー、気持ちいい」

 熱気にさらされた身体には、冷えたビールが最高の相性かもしれない。うまい。
 
「ふー。やっと落ち着いた。あれ?いつの間にか壁に扇風機をつけたんですね」

「やっぱり冷房の温度を上げたんで扇風機が無いと辛いですからね。ただ、床に置いておくとみんな蹴飛ばすでしょ。扇風機を回すと結構エアコンの冷気も全体に回るみたいですし」

「なーるほど。確かに。このくらいの方がビール向きかもしれないですね」

「テレビでデパートの屋上でビアガーデンの取材してたけど、あんな暑いところで飲んでるんですからねえ」

「亜海ちゃん、行ったこと無い?日が暮れれば、結構暑さを感じないもんだよ」

「ふーん。わからないなあ」

「いらっしゃい」

「近藤さん。今日は大森さんは一緒じゃないんですか?」

「ジンさん、お疲れ様。大森さんも結構忙しいようですよ。店を覗いてみたんですが、商店街の役員会だそうです」

 大森さんは、商店街の副会長をしていて、実質的なリーダーをしているので、しょっちゅう集まりにでなくちゃいけないとぼやいていた。

「今回の震災以降、商店街も人が減ったみたいですからね」

「その前から、大型ショッピングセンターに人の波が移ってしまって大変だって言って・・・そう言えば、ジンさん、商店街の診断もしてたんじゃなかったですか?」

「そうなんです。震災で途中になってしまったんですが、そろそろ再開する準備を始めたところです。もしかすると、今日は、その了解を取っているかもしれませんね。数日前に電話があったんですよ」

「ますます難しい状況での対応になるわけですね。ジンさんの腕の見せ所ですね」

「そのためには、商店街の一つ一つの個店が少なくても全体の変化に対応して貰わないといけないので、大森さんたち、役員さんが重要なんですよね」

 商店街の一番難しいところは、個店に協力して貰うという根本的な部分で足並みが揃わないところなんだ。


さて、そろそろ個別の事業でどう戦っていくかというテーマを考えましょう。

競争戦略と言えばこの人です。

位置づけとしては、全体戦略から事業戦略へ移行しています。

つまり、各事業・製品市場でどう戦うか、という段階となっています。

再度振り返ってみましょう。

これまでは全社戦略が続いていました。

全社戦略の中で、事業をどう選択するのかという視点が「アンゾフの成長戦略」であり、事業をどうミックスするのかが「BCGのPPM」や「GEのビジネス・スクリーン」でしたね。

そして、それらの選択された事業では、他社に対してどのように競争優位に立つかという視点での戦略が必要になります。

その代表格が、ポーターの「競争戦略」となります。

関係はわかりましたでしょうか。

【基礎知識】

マイケル・E・ポーターは、ハーバード大学経営大学院教授です。

ハーバード大学史上最年少での正教授となったとの記載がありますので、何歳だったのか計算してみました。

1947年生まれで、1982年正教授となっていますので、35歳ということでしょうか(雑学ですね)。

ポーターは、競争優位に立つための戦略パターンを「3つ!!」だけ挙げています。つまり、3つの内のどれかを選択するというのです。

戦略とは単純化と言えるのかもしれませんね。

ポーターの競争戦略

上がポーターの唱える3つの戦略(集中戦略が二つに分かれている点は別途説明いたします)の全容です。

(1)コスト・リーダーシップ戦略

「他社より低いコスト」が戦略目標となります。

この戦略は、業界でのトップ企業が取るべき戦略であるというのが通説です。

たとえば、規模型事業において、大規模で先進的な設備へ集中投資を行い、大量生産体制を取り、赤字覚悟で高いシェアを確保することで実現します。

トップシェアを取ることで、大量生産による低コスト化(規模の経済※1といいます)とノウハウの蓄積による低コスト化(学習曲線※2)の相乗効果でコストにおいて圧倒的な優位性を獲得できるという戦略です。

※1:「規模の経済」
生産量が増えると(規模拡大)固定費が相対的に小さくなり結果的に製品1個あたりのコストが小さくなるという考え方。

※2:「学習曲線」
同じ製品をたくさん作ることにより、生産に関わる労働者の熟練や作業の標準化、改善などのノウハウで累積生産量に反比例してコストが下がっていくことを表したグラフの曲線を言う。

(2)差別化戦略

「他社にはない特異性」が戦略目標です。

特に、業界2番手企業などがとるべき戦略です。

何を持って特異性とするか、ということが問題になりますね。

よくある間違いとしては、自社では特異性があると思っていても、顧客が認識していないということがあります。

独自の技術、販売方法、機能やデザイン、ブランド、サービス方法などを追求することになりますが、どれをとっても、それを購入し、使用する顧客が他社の競合品や類似品に比べ、価値を感じなければ差別化戦略は成り立ちません。

もちろん、簡単に模倣されるようなものではすぐに追いつかれてしまいます。

差別化が功を奏すると、安値にしなくても売れるチャンスが増え、相対的に高収益が見込めることになります。うまく流れに乗ると熱狂的なファンを得ることも可能になるでしょう。

女性用バックやファッションブランドの世界では特に顕著ですね。GUCCI、PRADA、FENDI・・・この世界では、コスト・リーダーシップ戦略は必ずしもトップ企業の戦略ではないようです。

(3)集中戦略

「特定の領域への経営資源の集中投資」が戦略目標です。

中小企業や新しい企業がとるべき戦略と言われます。

一番重要なのが、ターゲットとする市場や製品・サービスが明確に分けられていることです。

自社では、集中しているつもりでも、顧客にとっては一つの選択肢としてしか映っていないと結局は大きな全体市場での競争にさらされることになります。

この集中戦略も、絞り込んだターゲット市場の中では「コスト」か「差別化」に分けられるというのが、ポーターの主張です。

これが、集中戦略の中が二つに分かれている意味となります。


「いらっしゃい。大森さん、疲れた顔をしてますねえ」

「黒さん。一度、商店街の役員会に出てくださいよ。大変さがわかりますよ」

「それだけは勘弁してください。あたしゃ、こう見えても議論っていう奴が苦手なんですから」

「まあ、黒さんが、こうしてうまい肴にうまい酒を準備してくれているから、ちょっとは嫌なことがあっても我慢できるんだしな。苦手なことに巻き込んだら、みやびがくたびれちまうか」

「そうですよ、そうですよ。あたしには、皆さんを応援することしかできませんのでね」

 いつもの近藤さんの隣に腰を下ろすと、さすがに日本酒党の大森さんでもビールから入っていた。

「そういえば、ジンさん。役員会でオーケーが出ましたんで、途中になってた診断と提言よろしくお願いします」

「わかりました。ちょっと状況が変わってきましたんで、今週末でも皆さんに話を伺いに回ります」

「まあ、ちょっとどころの騒ぎじゃなくなってるんでね。さすがに、非協力的だった店も何かしなけりゃいけないと思い出したみたいです。ただ、それが、自分でやると言うより商店街が何かしてくれることを当たり前だと思っているところが腹立たしいところですがね」

「なるほど。少なくとも、何かしなければいけないことには気づいてくれたんですから、そこから突破していきましょう」

「さすが。変化はチャンス、でしたね」

「商店街は、コストで勝負する店と差別化で勝負する店が混在していることが強みの一つですから。それぞれの店が集中戦略を理解して、全体への貢献も考えてくれれば勝てますよ」

「ありがてえ。元気が出てきましたよ。今日は、俺のおごりだ」

「おおー。それはありがたい。良いところに来た」

「雄二。お前、タイミング良すぎだ」

「大森さん、私もね」

「由美ちゃんまで」

「口が滑ったかなあ。俺は、ジンさんにおごるって言ったつもりだったんだが・・・(ブツブツ)」

「大森さんの太っ腹にカンパーイ!」

 夏の宵が賑やかになった。

(続く)


《1Point》
・マイケル・ポーターの「競争戦略」

 競争戦略という言葉自体は、一般的な用語ですが、それでも「競争戦略」と言えば、マイケル・ポーターが出てきますね。

 非常に単純と言えば単純な戦略パターンです。
 
 改めて列挙します。
 
(1)コスト・リーダーシップ戦略
(2)差別化戦略
(3)集中戦略
  -1:コスト集中
  -2:差別化集中
  
 中小企業やベンチャー企業、もしくは、多くの戦略的な企業にとっては、差別化戦略が中心的な選択だと思います。
 
 コストでリーダーシップを取れる企業は、先行逃げ切りタイプか、大資本支援タイプ(私の勝手な造語です)なのでは無いでしょうか。
 
 コストで勝ち続けるというのは非常に困難な道でもあります。
 
 顧客は勝手ですから、安いものに飛びつくかと思えば、高くても気にしないような行動を取ります。
 
 コストで他を圧倒したら、次はそれをブランド化するなど、差別化をしていく必要もあると思います。