居酒屋で経営知識

(2):ドラッカーの3つのチーム

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

「今、新たな船出をすべき時かもしれない。」

 曖昧な風景の中で、自分の声が響いていた。

 目を開くといつもの天井が広がっている。すでに明るい日差しの雰囲気が部屋にも流れ込んでいた。

6時を過ぎている。少し寝過ぎたかと思うが、ここ数日の寝不足を解消できたかもしれない。

 春の日曜日。普段なら酒漬けの身体からアルコールを絞り出すために朝のジョギングに出かけるのだが、朝の時間を使ってどうしてもまとめておきたい資料があった。

 ピーター・ドラッカーと野中郁次郎。この二人の書籍の中で、経営マネジメントとスポーツについて書かれていた部分があったことを思い出したのだ。

 数日前、原島さんからラグビーのマネジメントを経営に活かすという視点での顧問契約の話が合った。その日から今の会社との関係をどうするのかに気を取られていたが、肝心のラグビーと経営について、見通しを明確にしておくことが先決だと夢の中で閃いたのだ。

 目を覚ますため、軽くシャワーを浴び、昨夜残しておいた鮭の切り身をグリルにいれ、作り置きのきんぴら、漬け物をテーブルに並べる。

 ネギを切り、わかめと昆布だしの味噌汁に加え、更に納豆に入れると朝食の出来上がり。

 普段なら、これに目玉焼きくらい作るのだが、鮭があるのでいいだろう。

 野中郁次郎先生の「知識創造企業」では、ラグビーをメタファーにした分析が非常に多かった記憶がある。ラグビースタイルやラグビーアプローチと何度も出てくる。

 ドラッカーの著書では、ラグビーという言葉自体は出てこなかったはずだ。ただし、少ないながら、スポーツのチームとマネジメントチームを比較した内容が「ポスト資本主義社会」にあった。

 手がかりはすでにあるので、五穀米のご飯をかみしめながら、大まかなスケジューリングをする。

 食後のコーヒーの後、部屋の掃除をしながらの食休み。

 さて、机に向かい、ドラッカーの「ポスト資本主義社会」と野中郁次郎+竹内弘高「知識創造企業」を開く・・・

・・・・

「ジン、お待ちかねだぞ。おお?珍しく鞄持参だな」

 昼からみやびを使わせてもらって、勉強会をすることになっていたのだ。

「今日は本を持ってきたんだ。持論だけで進めるのは難しいからな」

 原島さんと会社の経営幹部、雄二、由美ちゃんに集まってもらったのだ。

「まずは、スポーツの視点で経営組織を捉えたドラッカーの3つのチームを見てみましょう。『ポスト資本主義社会』という著書の中で出てきます。

第一のチームは、野球型チーム(あるいは病院の手術チーム)としています。

この最大の特徴は、選手のポジションが固定していて基本的に互いに助け合うことは出来ないと言う点です。ピッチャーは交替はあるにしても、一人で投げなければいけませんし、バッターもバッターボックスでは孤独です。しかし、監督が全体の流れを確認し、一つ一つのプレーを指示します。選手は、自分の仕事についていつでも成果を出せるよう練習し、成績を明確に測定できます。大量生産の形態においてはこの野球型が大きな成果を上げたと考えられます。

第二のチームとしては、サッカー型(あるいはオーケストラ)のチームが挙げられています。

特徴として、ポジションはやはり固定されているという見方をしています。ただし、ここでは相互に調整しながらチームとして働くと言う点が特徴的です。確かに、キーパーなどポジションは固定的ですが、状況によって、キーパーがハーフラインまで上がってプレーしたり、フォワードの選手がスクランブル的にゴールを守ることもありますね。このためには、チームとしての方針がみんなに行き渡っていて、相互調整のための練習が必要です。

そして、第三のチームとして挙げているのが、テニスのダブルス型チーム(あるいは少数編成のジャズバンド)です。

特徴として、規模が小さく、ポジションが固定していません。互いの領域をカバーしながら、強みと弱みを条件反射的に調整しあうことになります。前衛と後衛がお互いの位置やボールの状況に合わせ、同時に相手の動きを予測しながら常に動いていきます。

ドラッカーはこれらの三つのチームのうち、第三のチーム(テニスのダブルス)を最強だと言っていますが、それも状況によって変わってくるし、併用も出来ないと言っています」

「へえー。ピータードラッカーって、あまりスポーツとは関係ないような気がしたが、面白いことを言うもんだな」

 雄二が感心したようにつぶやいた。

「野球型が大量生産の時代を支えてきたというのは分かりやすいな。特に、日本は監督としての上司がいて、その下で役割分担した部下が監督の指示を元に最善の努力をするという形が得意だったかもしれない」

「原島さん。自分もそう思います。ところが、激動の時代に入って、過去の経験を中心にしたトップダウンだけでは勝てなくなった。そこで、周りの状況を各自が判断しながら、自分の役割の範囲で調整するサッカー型に移行できた企業が差別化やニッチ市場でのオンリーワンを勝ち取ることが出来たのかもしれません」

「テニスのダブルスはちょっと極端だよな。こりゃ、数人で立ち上げたベンチャー企業というところか」

「雄二。俺もそこが咀嚼し切れていないんだ。ドラッカーは、これを少人数のマネジメントチームや細分化されたチームのものとして描いている。もっと大きなチームで、監督に頼らない自律的なチームマネジメントがないとこれからのマネジメントは難しくなると思うんだ」

「大企業も細分化した小さなチームとしてマネジメントしろと言っているんだろうか。ただ、その小さなチームを全体でマネジメントする必要があるよな」

 みんなが不安そうな顔をしているところで、俺の出番だ。

「そこに第四のチームを提案したいんだ。原島さん。チーム全員が共通した目標を掲げ、個々の強みの組み合わせによって組織されるメジャースポーツでは最大の人数の競技はなんでしょう」

「それがラグビーか。それが、ラグビー型のチームだということだな」

「そうなんです。ドラッカーの奥さんであるドリス・ドラッカー曰く、ドラッカーは野球ファンだったと言っています。野球については詳しかったのかもしれません。また、ドリス自身は週末にテニスをすると言っていましたので、テニスについても若干は知識があったとも考えられます。ただ、ラグビーについてはよく知らなかったのでは?と考えています。もし、ラグビーについて、議論する機会があれば、目を光らせて『それだ!』と言ってくれたんじゃないかと勝手に思っているんです」

「じゃあ、そのラグビー型について、考えてみようか」

(続く)


《1Point》
・野中郁次郎
一橋大学名誉教授、米クレアモント大学ドラッカースクール名誉スカラー、米カリフォルニア大学ゼロックス知識学特別名誉教授。富士通総研経済研究所理事長。1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造を経て、米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院で博士号を取得。南山大学、防衛大学校、北陸先端科学技術大学院大学、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の教授を経て、2006年4月から現職。『失敗の本質』(共著、ダイヤモンド社)、『知識創造企業』(共著、東洋経済新報社)、『戦略の本質』(共著、日本経済新聞社)、『イノベーションの本質』(共著、日経BP社)、『イノベーションの知恵』(共著、日経BP社)、『流れを経営する』(共著、東洋経済新報社)など著書多数。
→日経ビジネスON LINEの2011年度の記事から引用

 野中先生は暗黙知と形式知の相互作用によるSECIモデルが有名ですが、ご存じですか。

 今回は野中先生の著書について説明していませんが、来週への布石として時間があれば確認ください。

「知識創造企業」東洋経済新報社 (1996/03)
野中 郁次郎 (著), 竹内 弘高 (著), 梅本 勝博 (翻訳)
http://amzn.to/10Gu42o

ドラッカー名著集8「ポスト資本主義社会」ダイヤモンド社 (2007/8/31)
P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳)
http://amzn.to/WBNR5V