居酒屋で経営知識

(1):過去の社会システム

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

「いらっしゃい。毎度。おや、原島さん。ご無沙汰しています」

「いやー、申し訳ない。最近、業界団体や協会などの集まりが多くてねえ。北野は、相変わらず通ってきてますか?」

「ええ。ありがたいことです。ジンさんも忙しいはずなんですけど、2日と開けずに来てくれますよ」

「あいつの酒好きは尊敬に値するよ」

 カウンターで生ビールを飲みながら大将と四方山話の花を咲かせていた。

「いやー、噂をすれば影ですねえ。ジンさん、いらっしゃい」

「あ、原島さん、お久しぶりです。なんですか、噂って。どんな話だったんですか?」

「もちろん、酒好きの話だよ」

「本当にそんな話だったんですかねえ・・・ところで、原島さんの会社、先週の経済誌に載ってましたね。過去のしがらみを絶って業績が倍々ゲームなんて書き方でしたが、すごいですね」

「雑誌というのは怖いねえ。おかげで、対応に大忙しだったよ」

「そうでしょうね。過去のしがらみって言われた相手がいる訳ですからね」

「いや、逆にしがらみっていう書き方だったんで、それほどでもなかったのかもしれない。実際には、業界慣習や監督官庁との確執の取材だったんで、変な書き方されると袋だたきにあうんじゃないか、なんて渉外担当部長に脅かされてたからね」

「うちの会社の官需営業が独禁法違反で調査された時のことを思い出しましたよ。最近では、昔の日本的な仲良し業界はなくなったと思ってましたが、そうでもないんですね」

「そういう意味で言うと随分ドライになったとは思うよ。俺も、親会社にいた頃は、護送船団とか、日本型官僚資本主義などとマスコミに言われても、それがどうしたっていう感覚だったからな」

 原島さんの生ビールに付き合いながら、スキャンしておいた雑誌の切り抜きをipadにダウンロードしおいたので、改めて眺めてみた。

「イラストが結構面白いですね。昔のしがらみを表現するのに、川を遡る船団を描いていて、日の丸を掲げた旗艦を中心にみんな前後左右の友軍としての同業他社の様子を見ながら進んでいますね。その先は行き止まりの湖なのに、みんなで運河を作ってしまうんですよね」

「それに対して現在の状況は、川を遡るんではなく、大海に投げ出されて、マスコミなどの焼夷弾に照らされて右往左往して自分の船だけ守ろうとしている船だね」

「そんな中、原島さんのイラストの入った原島丸は、他に較べて手作り船みたいなのに、原島船長が明るく輝く星を指さしてますね。船員達もその星に目をやりながら、それぞれの持ち場で鉢巻き姿で汗を振り絞っている。すごい表現ですね。感動しました」

「ちょっと美化しすぎだよな。今日も経済団体の集まりで、茶化されて、冷や汗かいたよ」

「へえー。面白い。他の船が右往左往したり、バラバラになっているっていういのは何を表しているんですか」

 いつの間にか、亜海ちゃんが覗いていた。

「ここでの説明は、古い話もあるけど、同業者がお互いに助け合ったり、場合によっては監督する役所なんかが、違反を大目に見たりすることで、抜け駆けしたりして競争が激しくなることを防いでいる状況が書かれているね。それが、自分で判断し、対応しなければいけなくなり、コントロールを失っているんだよ」

「ふーん。そうか。原島さんの船は、船に乗っているみんなが同じ星を見ているからちゃんと進んでいるのね」

「ちょっと恥ずかしいけど、亜海ちゃんの言うとおりのイラストだね」

「じゃあ、みんな原島さんの真似をすればいいのに」

「それが出来れば苦労しないと言うことだよ。そのために、いろいろな経営理論とか、リーダー論が出てくるんだと思うよ」

「亜海ちゃんがここで働く前だったかな。今の会社に社長として入った時は、まさに右往左往し、波にもまれるままだったんだ。俺自身も、左遷されたという意識があって途方に暮れていたんだよ。な、北野」

「確かに、随分悩まれてましたよね。でも、やっぱり、伝説のキャプテンでしたよ。立て直したどころか、全く違った会社に生まれ変わらせましたからね」

「その伝説のキャプテンって言うのは止めてくれよ。照れくさい。でも、俺も、北野にラグビー部での苦労を思い起こさせてもらったのが一番のきっかけだったかもしれないよ。そういう意味で言えば、今の会社はラグビーチームのように育ててきたと言えるんだ」

「原島さん。実は、原島さんのこれまでのやり方を見ていて、ラグビー型経営マネジメントという言葉を思いついたんです。まさに、過去の仲良し業界や事なかれ主義、官僚主義から変わらなければいけない激動の時代には、社員一人一人が自律して、強みを組み合わせて少しずつ前進するラグビーのチームマネジメントが参考になるんじゃないかと思うんです」

「北野。俺は、お前が本当に使えるマネジメント理論を整理してくれるんじゃないかと期待しているんだ。それが、ラグビーをベースにするなら、俺も協力できるだろう。どうだ。うちと正式な顧問契約を結んで、指導と理論化をしてみないか」

「もしかすると、自分にとっての最大のチャンスなのかもしれませんね。わかりました。会社と交渉してみます。場合によっては、会社を辞める方がいいのかもしれません」

「最大限の責任は持つ。すでに、その準備はあるから、連絡を待ってる」

「はい」

 今、新たな船出をすべき時かもしれない。

(続く)