居酒屋で経営知識

84.クロス・ライセンス

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。
新田:大森さんの紹介で知的資産経営を指導している。行政書士

「へい、毎度。いらっしゃい」

「暑いような、涼しいような、ということで、いつもの生で」

「はーい。おまちどおさま!」

 速攻の生で喉を潤す。

「落ち着いたか、ジン」

 先に着いていた雄二が焦れったそうに声をかけてくる。

「まったく。ゆっくり味わってもいいだろ」

「俺も忙しいんだ」

「じゃあ、俺も忙しいから知らん!」

「あ、おい、ジン。それはないだろう。まあ、謝るよ。一杯飲んでからにする」

 珍しくしおらしいスタンスでいるのが気持ち悪い。

「まあ、いいか。ところで、何の騒ぎなんだ」

「いやなあ、特許の話でなあ。俺には何のことやらチンプンカンプンで参った」

「え?雄二の会社で特許なんて取ってるのか。それこそ知らなかった」

「あ、中小企業だと思ってなめたらあかんぜ。うちにも、知的財産の専門家が入って、結構細かい申請をしてライセンス料が入るほどになっているんだ。まあ、それはおいておいて、ほら、ジンにも指導してもらって協業関係の企業で交流会をしてるんだ。その中で、その特許の協業の話が出てきたんだ」

「特許の協業?」

「うちが申請している基本特許を利用して新しいアイディアを思いついた会社からクロス・ライセンス契約をしたいと申し入れられたんだ。知財の専門家に言わせると悪い話ではないらしいんだが、ライセンス料を放棄するようなものだから、後は経営者の判断で、と突き放された・・・」

「簡単に言うとお互いの特許使用の実施料を免除しあう契約だから短期的には収入が減るということだけど、雄二の会社にとってもその会社の改良した特許を利用するメリットがあると言うことか?」

「いや、それは特にそうでもないんだが、そのクロス・ライセンスの対象を相手の持っている別の特許とやればうちの営業は進めやすいという話なんだ」

「なるほど。あとは、その相手企業とどこまで信頼し合って協業できるのかというところかな。そういえば、同業者なんだろ?」

「いや、客筋は違うんだ。元々、うちは相手を絞ってうまくいったわけで、技術も顧客もぶつかる恐れはないかな」

「それなら、逆にクロス・ライセンス契約を契機に、技術や営業の交流会をしてもいいかもしれないな」

「そうか。ジンがそう言ってくれるとホッとする。特許とか知財とか言われると訴訟騒ぎになるような気がして不安だったんだ」

「まあ、中小やベンチャーなら問題ないだろうが、競合他社に対抗するためにクロス・ライセンスを使うと競争を制限したという判定で公正取引委員会に訴えられる可能性もないとは言えないけどな」

「まあ、それはないだろう。でも、最近海外との取引が入ったりして、知財の問題は同業者の中でも良く話題になるんだ」

「確かに海外に出るときなどは良く調べておかないと市場に出回ったあとに現地ルールで侵害だと訴えられることもあるからな。最近では、アップルのipadが中国の企業に商標権の侵害で訴えられたこともあったな」

「それも良く話題に出る。まあ、我々の製品ならipadのように世界ブランドでも何でも無いから中国名で登録すれば大丈夫だろうが」

「まあ、それにしても、クロス・ライセンス契約を求められるような企業に育ってきたって訳だな。さすがだよ」

「うーん。ジンにそう素直に誉められると、それはそれで心配だなあ。ま、今日は気持ちよく奢らせてもらうよ」

「大将。まぐろのトロと岩牡蠣。それと活イカの刺身。あとは・・・」

「ジン・・・お前、最近せこくなったなあ。いきなり値段の高い方から注文したな。まあ、どれも好みだからいいが」

「そうシミジミ言われると気が引けるが、元々今日のお勧めだから、頼むつもりだったんだ」

「まあ、ライセンス料は減ったが、協力体制で売上に貢献するだろうから前祝いだ。カンパーイ」

(続く)


《1Point》
クロス・ライセンス

 説明としては、小説内での内容でいいと思いますが、クロス・ライセンスが成立する条件は、割と難しいかもしれません。

 ただ、雄二の会社が目指すようにお互いの技術を使って、共同開発や相乗効果の高い技術に繋がれば非常に有効です。