居酒屋で経営知識

(77):経営戦略の基本キーワード(2)

【主な登場人物】 
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長 

 みやびでの経営教室も終盤だ。通常のオーダーストップ時間でもあり、そろそろ亜海ちゃんも帰らせなければいけないだろう。

「亜海ちゃん。そろそろ今日の話も締めにしようか」

「あ、もうこんな時間になっちゃったのね。じゃあ、もう一つ、ジンさんの言っていたアンゾフだったかしら?」

「OK。アンゾフの成長ベクトルで締めよう。軽くお茶漬け頼むけど、亜海ちゃんどうする?」

「あ、私も鮭茶漬けを少なめで」

「ジンさんはしじみ汁の出汁が出てるんで、それをご飯にかけるとうまいけど、どうですか?」

「大将。最高ですね」

「じゃあ、亜海ちゃん。アンゾフの成長ベクトルについてだよ。
成長ベクトルというのは、自社がどの方向にどれだけ進むのかを示す指標を言うんだ」

「自社の成長の方向性というと全社戦略に関わることになるのかしら」

「鋭い視点だね。ただし、この考え方は、各事業をどう成長させるかと言う方向と全く新しい事業に向かうという視点があるので、事業戦略から全社戦略をつなげて見る指標とも言えるかもしれないね」

「単純じゃないのね」

「そうだね。この成長ベクトルの指標というのは、具体的に言うと、自社の製品・サービスを既存と新規、市場・ニーズも既存と新規に分けてそれぞれの組み合わせで戦略の方向性を検討すると言うものなんだ。その際、使う表がアンゾフマトリクスとか、製品・市場マトリクスと呼ぶこんな表なんだ」

 ノートを出して2×2の表を書き、項目として製品・サービス軸を上に書き、それぞれ既存、新規とした。同様に、市場・ニーズ軸として左側に既存、新規と書き込んだ。

「こうすると製品・サービスの既存と市場・ニーズの既存の組み合わせや製品・サービスの新規と市場・ニーズの既存、というように4つの組み合わせが出来るだろ」

「あ、そうか。この形をマトリクスっていうのね。聞いたことがあったわ」

「この4つの組み合わせで戦略の方向性を検討するんだけど、製品の既存と市場の既存を組み合わせると言う意味はわかる?」

「既存製品を既存市場に売るってことだから、今まで通りってことじゃないかしら。それも戦略ってこと?」

「今まで通りなのは、製品と市場だけど、戦略としては、現在の製品を今の市場により多く売るためにどうするかと考えるんだ。既存顧客に自分達も熟知している既存製品を売るのだから、リスクは少ない戦略と言えるよね。具体的にどうするかは、いろいろあるけど、たとえば、広告とか、店頭で試用製品を配布するとかすることで、より浸透させて販売を伸ばしていくなどになると思うね」

「そういうことなんだ。そうね。一番重要な戦略なのかもしれないわね」

「短期的に売上を上げるためにも、既存顧客をしっかり掴むためにも重要な戦略で、市場浸透戦略と呼んでいるんだ。あとの戦略もそれぞれの交差した箱に書いてみるね

*式が長くなるので、市場・ニーズを「市場」、製品・サービスを「製品」とした。

市場(既存)×製品(既存)=市場浸透戦略
市場(既存)×製品(新規)=製品開発戦略
市場(新規)×製品(既存)=市場開拓戦略
市場(新規)×製品(新規)=多角化戦略

製品開発戦略は、既存顧客向けに新しい製品やメニューを開発していくという戦略で、既存顧客にアンケートを取ったり、新製品を試用してもらったりという手法が取れるので、普通で言うと2番目に取る戦略だと俺は思っているんだ。

そして、3番目に考えられるのが市場開拓戦略で、既存の製品・サービスを新たな市場に投入するということになる。これは、たとえば、店舗商売であれば、別の町に出店したりして、新たな市場を開拓していくなどが考えられるね。既存の製品・サービスに強みがある場合などは、効果的な戦略だね。

最後の新規×新規は、多角化戦略といって、まさに全社戦略として位置づけられる。この場合、新たな事業にチャレンジするわけだけど、全く知らない世界に出るのはさすがにリスクが高いよね。そこで、考えられるのが、既存の自社の強みとのシナジー効果となるんだ。

既存のチャネルが使えるとか、市場開拓力が応用できる、もしくは、自社の資産を活用できるなど、何らかのシナジーを発揮できる分野を検討するのが王道と言えるね」

「そこで、基本のシナジーというわけなのね。成長ベクトルというのは、どういう方向に成長していくかという戦略を検討するためのツールという理解でいいですよね」

「そうだね。この辺で、タイムオーバーかな。お茶漬けも出来上がったみたいだよ」

「ジンさん。ありがとうございました。面白かったです。また、自分でも勉強してみます」

「そうだね。会社も決まりそうだし、是非経営の勉強をしてみるといいと思うよ」

 鮭茶漬けと特製しじみ飯が出てきた。

「しじみの身も随分入ってますね。深川飯のしじみ版というところですね。あ、うまい。大将。これいけますよ」

「ジンさんもそう思うでしょ。しじみを常に準備できないのでメニュー化してないけど、しじみの旬には出してみましょうかね」

「酒飲みには特に受けそうですよね」

(続く)


《1Point》

 アンゾフマトリクス、成長ベクトルも実務の中で使える考え方です。

 既存事業が減速している時には、とかく対症療法的な行動を取りがちですが、もう一度、自分達が向かうべき方向を検討し、方針を明確にして進むべきです。