居酒屋で経営知識

47.企業のパンデミック対策

(前回まで:インフルエンザパンデミックが起こったときにどんな状況になるのか考えてみました。放っておいたら、生活も仕事も脅威にさらされます)

「近藤さん、いらっしゃい。今日は大森さんは旅行らしいですよ」

「ええ、聞いてます。おや、北野さん、早いですね」

「ええ、今日は出先から直接四季桜を飲みに来たんです」

「いいですねえ。桜が散ってしまうと無性に恋しくなる。黒沢さん、私も四季桜を冷やでいただけますか」

 近藤さんは、建設会社の顧問という待遇で勤めている。去年、近藤さんからの依頼で、コンプライアンス診断を行ったことから、会社の社長さんとも面識ができた。
 
「近藤さん。はい、四季桜『はなのえん生』が入りましたので、特別なお客さんだけの限定ですよ。お通しは、ジンさん絶賛の馬刺しです」

「これは豪勢だ。みやびに来ないと1日が締まらないねえ」

「いやあ、ところがねえ。今日は、ジンさんから脅かされてるんですよ。新型インフルエンザになったら、うちも弁当屋をしなけりゃいけないなんてね。近藤さんの会社は大丈夫ですか?」

「やっぱり大変らしいですよ。社長直轄の危機対策室でやってるんですが、実際、何から手をつけていいのか悩んでいるらしいですね。私も役所で話を聞きに行ったりして手伝っているんですが、役所じゃ指針を出すくらいですからねえ。それこそ、脅しにしかならないんですよ」

「近藤さん、危機対策室って、自分がコンプライアンス診断をしたときのメンバーですか?」

「そうです。北野さんの指導で随分現実的な対応を取れるようになったようです。ところが、今は、得体の知れない細菌相手ですから苦労しているようですよ」

「先日、お得意さんの企業と一緒に事業継続計画を立てたんですが、その時のポイントを今度、危機対策室の室長さん宛にメールしておきましょうか。一度、近藤さんから送ってもいいかどうか、打診しておいてもらえますか」

「それは、連中も喜びますよ。是非お願いします。ちなみに、どんな計画なんですか」

「そうですね。新型インフルエンザ対策が、これまでの地震を想定した事業継続計画と決定的に違うのは、建物や設備、ライフラインは心配が無いというところです。ところが、社員や経営者という『人』がジワジワと動けなくなり、長期にわたって外部からの支援も望めないということですね。

つまり、事前にきちんと準備しておけば、事業を継続できる可能性は高いということにあります。反対に、事前に何もしておかないとまったく何もできなくなり、事業は完全に停止してしまいます」

「うーん、なるほど。新潟の地震の時、自動車の部品メーカーを自動車メーカーが総出で支援したようなことを期待しても無理だと言うことですね」

「そうです。今回一緒に検討した企業はメーカーなんですが、第1に従業員の命を守り、第2に商品をお客様に供給して、事業継続を図るという目的を決めました。まずは、役所や保険会社などがまとめている情報を元に自社の業務に当てはめていったんです。そのすべてをマニュアル化して実践しています。

内容は、例えば、緊急連絡網を段階的に作成しています。つまり、緊急時に対策委員会が作られるんですが、誰が感染して、誰が感染しないかはわかりませんから、この人がダメだったら誰、と言うように必ず何段階にも作っておくことが大事なんです。

食料品の備蓄も徹底しています。従業員を守るために、備蓄庫を作って、社員の2ヶ月分の食料を常時備蓄することにしました。1人1日分のメニューを栄養士と相談して数パターン作り、従業員とその家族が2ヶ月間食べられる量の食料と水を準備しています。

また、トイレットペーパーなどの生活必需品、インフルエンザ対策のマスク・消毒薬などに加え、感染者を介護するための防護服・保冷剤などまで備蓄しています」

「すごすぎます。そんな会社もあるんですか」

「近藤さん。これは企業姿勢にもよりますが、この新型インフルエンザの大発生が起こることを前提にすると、事業継続のためには従業員の命を守ることがすべてとも言えます。このくらいやらないと口だけの対策になってしまい、ISO対応や内部統制対応のように形だけになってしまう恐れがあります。会社が従業員のためにこれだけやってるんだと見せることで、従業員自身が本気で取り組むようになります。その方が重要かもしれません」

「なるほど、会社が本気を出すことで従業員も本気になるということですね。北野さんの基本姿勢ですね」

「自分たちを本気で守ってくれるとわかれば、自分は、どんなことが起こったら、何をすればいいのか。逆に、何を準備しておけば対応できるのかを全員が考えるようになります。例えば、緊急連絡網の訓練でも、一応やらなければいけないからという現在の多くの会社の安否確認の訓練と違い、一人ひとりが真剣に取り組み、問題があれば放置することは無くなるでしょう。

業務自体についても、誰が出てこられなくなるかわからないわけですから、欠勤率に応じて各業務をどう動かすのかという部分だけを考えていてもいけないことがわかります。

どうしても止められない業務は何なのか、その業務は誰ができるのか、誰が代わりにできるのか、在宅でできるか、出社せざるを得ないのかを全体の業務の繋がりで検討しなければいけません。

誰でもできるような業務マニュアルとすべての業務の進捗状況が見える化されていることを目指すのは生き残りのための必須条件と言われます。

同時に、外部の取引先や外注先もどうなるかわかりません。サプライチェーン全体でもマニュアル化していかなければいけないでしょう。

そのためには、それぞれの日常的な協定や個別契約を検討する必要もあります。もしかしたら、取引先は機能しているのに、自社の従業員の被害が甚大で、事業を停止しなければいけない事態になるかもしれませんよね。契約条項に地震などの災害以外に、パンデミック時の例外が無いと、契約不履行とされてしまう可能性もあります。

支払や入金処理のシミュレーションも重要となってきます。中小企業では、銀行へ行かないと処理が完了できないところも多いようです。インターネット経由などで処理できるようにすると同時にID等の管理、段階的な決裁権限の代替も決めておかないと結局、権限を持つ人がいなくなることすら考えられます」

 先行事例を話しながら、自分自身が生き残る準備もしておかなければいけないなあと考えていた。

(続く)

《1Point》
・新型インフルエンザ発生前期の対応例
*人から人へ感染することが確認されるとあっという間に広まることが予想できますので迅速に動けるようにしておきます。

1)対策本部及び情報連絡体制の整備
 段階的連絡網や連絡方法(安否確認システムやホームページの利用)を決めたら徹底的に訓練する必要があります。

2)重要優先業務の検討
 重要優先業務とは、他の業務を止めても継続することが重要な企業の核の業務です。

3)重要業務継続のための業務要員表の整備
 できる限り在宅でできる環境も検討し、全社的に対応できる要員表とします。
 
4)外部委託企業等との体制整備
 自社内だけでなく外部委託企業とも要員や業務の連携体制を整備します。外部委託企業が休業してしまうことも検討しなければいけません。
 
5)資材・材料・補給品・消耗品の供給体制
 納入品が必須であれば、納入会社との協力体制が必要です。その会社も十分な新型インフルエンザ対策ができていなければなりません。

6)就業方針の決定
 発生の状況(フェーズ)と自社従業員の感染状況に応じて従業方針を決定し、発表しておくことが必要です。
 
7)新型インフルエンザ知識と対処法の啓蒙
 従業員・家族に対し正確な知識を与えることが重要です。
 
*最悪を考える必要があります。
 特に経営者の死亡や取締役全員死亡もしくは業務履行不能状況になった場合どうするのかまで検討していますか?そこまでいかなくても、取締役会が過半数の出席が無ければ成立しないなどとなっていた場合、経営的な決定が不可能となるかもしれません。

 また、欠勤率のボーダーラインや重要業務継続の状況によっては、事業停止の判断基準も改めて決めておく必要もあります。そして、事業停止した場合、どのくらいの間なら生き残れるのかにも真剣に検討することが重要です。

厚生労働省 新型インフルエンザ情報

国立感染症情報センター インフルエンザパンデミック

→(48)3Sの原理