居酒屋で経営知識

118.(4)我々にとっての成果

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

(前回まで:高校の先輩原島にアドバイスをしています。ミッションは何か、顧客は誰か、顧客にとっての価値は何かと続いています)

「信じられない」

 原島さんから顧客の声が集まってきたので、是非立ち会ってほしいと頼まれ、原島さんの会社に行ってきた。帰り際の原島さんのつぶやきだ。

「チームのみんなが感じたようですね」

 部屋を見回してみた。
 
 原島さんが集めたメンバーは確かに一癖ありそうな感じだった。初めに挨拶した時は警戒するようなそぶりだったのが、集めた顧客の声を読み上げ、分類しているうちに身を乗り出してくるようになっていた。
 
 今回は、白紙の模造紙を会議室の壁に貼りだし、それぞれが集めてきた内容を一つ一つ書き出して分類する作業をしてみた。
 
 次第に興味本位の「へえー」から驚きの「へえー」に変わっていった。
 
 思っても見なかったニーズや不満、そして感謝の声など、並べてみると信じがたい傾向が見えたようだ。
 
 原島さんから、直接これから進めることについてアドバイスするよう頼まれていた。

「私は皆さんの日常の仕事がどう考えられ、実行されているか知りません。でも、ここに集めた顧客の直接の声を読み上げたときの皆さんの反応から、自分たちの考えと顧客の考えにギャップを感じたんではと思っています」

 何人かが大きく頷いた。

「先日から、原島社長をリーダーにミッションの見直し、顧客の再定義を行い、今回その顧客にとっての価値を見直すべく直接顧客に当たってきたわけです。きっと、その過程でも今までにない気づきを得たんじゃないかと想像しています。皆さんに限らず、顧客の声に素直に耳を傾ける機会というのは、思いの外少ないんです。そして、想像と違っているんです」

 さらに多くのメンバーが頷いている。手応えを感じた。

「この模造紙は集まりのたびに壁に貼っておいてください。何を考えるときも、顧客の声から離れないようにすべきです」

 原島さんにバトンタッチした。

「実は、私も驚いている。事前に考えていた我々の仕事が、顧客からは全く違った目で見られているということだ。変わらなければいけないことははっきりしたと思う。今回、北野君にアドバイスをもらいながら進めているんだが、迷いは無くなった。みんなはどうだろう。このまま、彼のアドバイスを受けて進めてみたいと思っているんだが」

 すぐさま、数人が合意の声を上げ、「よろしくお願いします」とみんなが立ち上がってくれた。
 
「北野、たのんだ」

「こちらこそ、こんなにも素直に取り組んでいる皆さんに感動しています。私も、自分の会社で同じような取り組みをメンバーとして行うことが多いのですが、勉強させてもらいました。さて、これからですが、次の質問に進みたいと思います」

 新しい模造紙の一番上に太字で書き出した。
 
『我々にとっての成果は何か?』

「顧客の声から、顧客にとっての価値は何かについて、さらに皆さんで議論をしてください。顧客は何を求めているのか、我々に何を期待しているのか。それが明確になってきたら、次がこの質問です。つまり、ミッション、顧客、顧客にとっての価値を明らかにしてきたわけですから、それらに向けた『我々が目指すべき成果』を考えてください。これまでと変わると思います。ではそれはなぜでしょうか。それとも変わらないとすればなぜですか。そう考えて見てください」

「成果というのは売り上げのように定量的なものにすべきなんでしょうか。そうしないと曖昧になりそうだと思います。とはいえ、すべて数値化するのは難しいとも思うのですが」

 チームのリーダー格の課長からだった。

「そうですね。たぶん定量化できるところと定性的に評価すべきところがあると思います。私は両方が必要だと考えます。もちろん、定量化できるなら、長期に評価することも出来ますのですべきです。でも、定性的に評価することも考えるべきです」

 いくつかの質問が交わされ、次第に自分たちで考え方について議論を進めている。その様子を見ながら、原島さんと部屋を出ることにしたのだが、その時冒頭のつぶやきが出たのだ。
 
「信じられない。先月この会社に来たときは、みんなが依存型だった。自分から動く様子は無く、昔からのやり方や上司の指示に依存していたんだ。人は変わるもんだな」

「そうですね。元々、誰でも自分の意志で動きたいんじゃないでしょうか。それと一つだけ注意点があります」

「ん?なんだ」

「顧客の声を聞いただけでも感じたと思いますが、今やっていることの中には、すぐにも止めるべきものがあると思います。相手や関係者がいますので、一つの事業や活動を止めるというのは困難に感じると思います。でも、顧客に価値が無く、自分たちの活動にプラスでなければ、止めるべきものです。それを明確にし、毅然として廃棄してください」

「わかった。それは俺の責任だな」

(続く)

「われわれにとっての成果は何か?」
 
 ドラッカーの5つの質問の四つめです。
 
 すべての活動が成果に集中しなければいけません。われわれにとっての成果は、誰かによって利用され、または、それ自体によって社会を変え、社会に貢献することになります。
 
 それが価値ですよね。
 
 だから対価となり、利益を生むことになるのです。
 
 成果を曖昧にしたまま、売り上げや利益だけで評価していると、目指すものや自分の価値を見失ってしまいます。短期的に良くても、継続することは出来なくなるかもしれません。