居酒屋で経営知識

55.5つの質問

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタント
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「忘年会のお知らせ」

 今年は例年以上に増えている気がする。

「北野さん、お疲れ様でした。今日も忘年会ですか?」

「山野さん。お疲れ。最近忘年会が続いているからね。でも、今日は特に入ってないんで、みやびで一杯やるつもりなんだ。山野さんも良かったどう?」

「え、いいんですか。でも、毎日飲んでて大丈夫なんですか?ちょっと心配です」

「無理な飲み方してないから大丈夫だよ。それに今日は、みやびのちゃんこを食べに行くんだ」

「私も食べたいです。去年ご一緒させていただいて以来ですから」

「あれ?そうだった。じゃあ、今日はごちそうするよ」

 山野綾は営業部の部下なのだが、業務改革チームにも参画し、最近めきめきと伸びている。
 
「いらっしゃい!あれ?綾ちゃん。久しぶりだね」

「大将さん、ご無沙汰しています」

「ははは。綾ちゃんの『大将さん』が懐かしいや。亜海、ジンさんの部下の綾ちゃんだ」

「はじめまして。バイトの亜海です」

「亜海さんね。私も久しぶりなのでよろしくお願いします」

「おお、綾ちゃんも来てたんだ。ジンも水くさいなあ。抜け駆けしようとしていたな。綾ちゃん、ジンからパワハラ・セクハラ受けてないか?」

「あーびっくりした。鳶野さん、ご無沙汰しています。今、入ってきたんでですか?」

「鳶野さん、いらっしゃい」

 またもや、突然の登場か。

「雄二。入る前からつけてたんじゃないのか?」

「お前もスキだらけだなあ。俺の前を横切って行ったのはお前の方だ。女の子といると腑抜けになるのは昔ながらだ」

「お前に言われたくない。仕方ない、座るぞ」

 まあ、いつもの騒がしさというわけだ。

「大将、今日は忘年会続きなんでちょっとお酒は控えめに、ちゃんこメインのつもりなんです」

「ジンさん、了解。ビールはやめときますか?」

「それはないですよ。ビールはとりあえずください」

「じゃあ、私もお願いします」

「もちろん俺も」

 なんと言われようとヱビスでの乾杯はやめられない。

「そういえば鳶野さん。独立した会社はいかがですか?」

「綾ちゃん、そろそろうちへ転職してもいいくらいだよ。だんだん社員も増えてきたんで、ちょっとジンにも手伝ってもらってる」

「すごーい。じゃあ、鳶野さんは本当に社長さんなんですね」

「もちろんさ。ま、社長と言っても、営業兼財務兼雑用みたいなもんだが」

「大変そうですね。そういえば、北野さんが先日うちの社長に講義していた『5つの質問』なんかも実践しているんですか?」

「うん?『5つの質問』?『八つの習慣』ならこの間教えてもらっていたんだが、今度は5つか」

「山野さんが言ってるのは、ドラッカーの質問のうち最もシンプルな質問をまとめたもので、マネジメントの真髄だと言われているものなんだ。元々はNPOのために非営利組織のマネジメントツールとして開発されたものらしい。しかし、非営利組織に限らず、経営ツールとしても大きな評価を受けたものだ」

「八つに較べれば5つの方が良さそうだ。それも教えてくれ」

「邦訳も出てるんで、今度買って読んでみるといい。ドラッカーの本の中でも非常に薄い本なので、座右の書として常に読んで見直すといいな」

「薄いというのはいいな。これまで読んだのはみんな長いからな」

「私も先日買って読んだんですけど、ドラッカーのシンプルな質問と簡単な説明があって、その内容について現代の哲人と言われる人が寄稿し、追加の質問があるという形で興味深かったですよ。本当にすぐ読み終わりますけど、何度読んでも新たな発見がある気がします」

「そうだね。ドラッカーは常に一番重要なのは的確な質問だと言っているんだ。回答は人それぞれ、また時間と共に変わっていくから、何度も的確な質問を投げかけ、答え、行動することで常に前進することに繋がるわけだ」

「前置きはわかった。その『5つの質問』とはどんな内容なんだ」


(1)われわれのミッションは何か?
(2)われわれの顧客は誰か?
(3)顧客にとっての価値は何か?
(4)われわれにとっての成果は何か?
(5)われわれの計画は何か?

だ」

「え?それだけか?われわれで始まるのが4つと顧客で始まるのが1つ。八つの習慣でも言っていた『われわれ』を守っているな。あとは、ミッション・顧客・価値・成果・計画か。これまでの話とほとんど一緒かな」

「もちろんだ。そして、これまでの話を含め、組織全体の活動を見直すための質問だから特にシンプルになっているんじゃないかと思う。一つ一つ、じっくり考えて答えてみるとわかってくる」

「なんとなく、起業する時、ビジネスプランを作らされたが、その流れを言われている気がするな」

「間違いない。経営者もしくは組織のマネジメント層が考えなければいけないことだから」

「社長が常日頃つぶやいているミッションが私たちの行動規範になっていると思うので、やっぱり本気で考えたものじゃなければ困るものね」

「そうだね。社長との話でも出ていたんだけど、ミッション自体は大きければ大きいほどいいんだけど、それを説明したミッションステートメントは『Tシャツに似合う』言葉で書くことが重要だ。これはドラッカーが言ってるんだけどね」

「Tシャツが似合うなんて、洒落たこというじゃないか」

「簡単に言えば、分かりやすくということだよね。偉そうなミッションを立てて、結局なぜそのミッションに向かうのかが誰もわからないなんてことが現実には多いんだ。それを、掃除をしているオバチャンにもわかるようにすると、行動に繋がると言うわけだ」

「そうだな。お題目でしかないミッションや企業理念などを掲げて、経営者自らそのお題目に反した行為を平気でしてしまうことが後を絶たないのが辛いな」

(続く)


《1Point》
・5つの質問
(1)われわれのミッションは何か?
(2)われわれの顧客は誰か?
(3)顧客にとっての価値は何か?
(4)われわれにとっての成果は何か?
(5)われわれの計画は何か?

 今回は特に質問自体の説明という形にしていません。
 
 皆さんは、この質問をどう捉え、どのように答えますか?
 
 小説の中で、雄二も言っていますが、企業や組織が経営計画やビジネスプランを作成する時の戦略策定のための構造的なフローに近いと思います。
 
 つまり、特別なことを言っているわけではないんですね。それでも、常に質問を繰り返さないと停滞や腐敗に至ってしまうかもしれません。
 
【該当図書】 「経営者に贈る5つの質問」(上田惇生訳 ダイヤモンド社)
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