居酒屋で経営知識

86.見える化

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
山野綾:ジンの営業部の部下

 みやびの書き入れ時も一段落かもしれない。新年会という形での宴会はほとんどなくなっているようだ。
 
「ジンさん。去年からバタバタで経営の勉強も手が着かなかったわ」

「由美ちゃん。焦っても仕方がないよ。忙しいということは、今までのやり方が間違っていなかったという証明だからね」

「それはわかってるんだけどねえ・・・」

 由美ちゃんが心配そうに大将を見た。

「忙しいと注文の間違いや仕入れでも勘違いをしてしまったりして、ますます叔父さんが大変になっているようなの」

「由美っペには、心配かけるんですがね。結構単純なミスなんですよ。注文が変更になった時に、由美っペが声をかけて伝票を直すんですが、記憶で作ってるんでつい前の注文のまま作ったりね。仕入れでも、毎日在庫のチェックをしてもらってるんですが、普段だったら勘違いしようのない間違いに気づかなかったりして面目ないんですよ」

「私も、気をつけてるんだけど、どうしても、昼間すれ違ってしまうんで連絡がうまく取れてないのも一つね」

 商店街役員の大森さんも頷いた。

「2人の間でも連絡ミスや忘れることがあるんだから、商店街でしょっちゅう問題が起こるのもしょうがないよな。この間も、役所への助成金申請の書類の提出忘れで大騒ぎしたところなんだよ。調べてみると申請書類が、緊急入院して店を閉めていた洋品店主のところで止まっているのに、だーれも気づかずさ。順番に回す方式だったんで、途中のチェックを誰もしていなかったんだな」

「そうねえ。役員さんだって自分の仕事があるから全部確認して歩いていられないものね。何か変わったことがあったら自動でわかればいいんだけど」

 なーるほど。

「由美ちゃんが、解決策の方向を示してくれたね」

 由美ちゃんもみんなも「え?」という目で俺を振り返った。

「ジンさん、私、何か言った?」

「何か変わったことがあったら自動でわかる、という提案をしたよね」

「ええ。でも、そんな自動でわかるなんてできるの?」

「ジンさん。それができるんだったらありがたいけど、ITとか大規模なシステムなんて貧乏商店街には無理だよ」

「まあ、具体的に何をするかはそれぞれだけど、『見える化』を意識して考えると何かいい知恵が出るんじゃないかと思ったんですよ」

見える化?」

「そう。簡単に言うと誰かが見ようと努力しなくてもみんなに見えるようにシステム化してしまうことなんだ。特に、事例としても有名なのはトヨタの『アンドン』と言われている」

「アンドン・・・あの提灯みたいなもののこと?」

「そうだね。トヨタのような大量生産の工場では、どこかで問題が起こると製造ライン全体に影響がでてしまうんだ。そこで、各担当ごとに全体に見えるように目立つアンドンを設置したんだ。問題が起こると担当者がスイッチを入れるようにしているんだけど、そうすると現場の責任者が飛んできて問題解決の指示等をするんだ。このとき重要なのは問題が発生したということが全員にわかるということなんだ」

「そうかあ。工場の中だとどこかで問題が発生しても、みんなそれぞれの仕事に集中しているし、騒音なんかで気づかないものね。あそこで問題が起こってるからストップしているんだってわかれば少しは違うわね」

「由美ちゃん。その通りだし、それで有名になっているんだけど、大事なのはその先なんだ。つまりね。問題点はアンドンでみんなに周知されたから、すぐに対処することができる。ただし、対症療法で直すだけじゃないんだ。その場で原因を突き止めて悪いところを改善して、同じ原因で問題が起こらないようにしていくことを含めて見える化することが必要だ。原因と改善した内容も関係メンバー全員が見えるようにすることで、新たな改善行動につなげていくんだ」

「注文ミスをなくすためにアンドンをつけたらどうかしら」

「由美っペ。うちは工場じゃないからそんな大それた仕組みは無理だろうさ」

「あ、大将、由美ちゃん。カウンターの上に観光地の提灯がたくさんあるじゃないですか。伝票を置く上の3つくらいの提灯に電球を入れてスイッチのひもをぶら下げたらどうですか?提灯の下に注文変更の伝票をくっつけて明かりをつける。大将は、変更を確認したら提灯の電気を消す。そうすれば、忙しくてもチェックができますよね」

「ほーらね。ジンさんにかかれば、従業員一人のお店だって、大工場の仕組みを取り入れられるんだから。叔父さん、チャレンジしてみる?」

「うちの商店街でも何か考えてみようか」

「そうですね。たとえば回覧だったら今どこにあるのかがわかる仕組みをつくることが第一かもしれませんね。思いつきですけど、回覧と一緒に木の札なんかを回して、その札は回覧を回した先の郵便受けにかけておくとか、簡単な約束事がいいかもしれませんね」

「なるほど。少なくともどこまで届いたかはみんながわかるってことだね。忘れていても、郵便受けなら毎日確認するから思い出すことができる」

 見える化というのは、改善の第一歩として必ず必要となってくる考え方かも知れない。

(続く)

《1Point》
見える化

 いろいろな分野で見える化が言われています。
 それだけ、お互いが見えない中で仕事を行っていると言うこともいえます。
 
 組織において、問題発生の根本的な原因の一つが「見えない」ことかもしれません。
 
 ITシステムで対応することが「見える化」だと考えているかもしれませんが、必ずしもそうではないですね。確認や調査の努力をしなくても、メンバー全員に見える仕組みは、チームにとって基本的な仕組みだと思います