居酒屋で経営知識
39.総資本経常利益率
(前回まで:財務諸表分析のうち、短期安全性・長期安全性の説明をしました。短期安全性をみる指標として、流動比率・当座比率、長期安全性をみる指標としては、固定比率・固定長期適合率を学びました)
仕事帰りのサラリーマンの入れ替わりが始まる時間となったようだ。早くから飲んでいたグループが会計をしたのが合図のように、大森さんと近藤さんが腰を上げた。
「じゃ、ジンさん。来週くらいにでも、三方工業と席をつくるんで、希望日の連絡くださいよ」
大森さんが、取引先の簡易診断のお礼に、会食をセットするという申し入れだった。
「お言葉に甘えさせていただきます。来週なら、火曜と水曜が早めに終わりそうですので、明日にでも再度連絡させていただきます」
二人して軽く手を振って帰って行った。
「あの2人を見ていると酒飲みとはかくあるべし、と思うなあ」
雄二がしみじみと呟いて四季桜を飲み干した。
「本当のジェントルマンというのは酒を飲んだときにわかるよな。楽しく飲んで、帰るタイミングにはスッと席を立つ。なかなかできない」
「ああ見えて、大森さんは昔は暴れたもんですよ」
大将が懐かしそうな目で合いの手を入れてきた。
「大将、その話初めてですよ。暴れるって、どんなだったんですか」
「大森さんは2代目なんだけど、オヤジさんが突然亡くなって後を継いだ頃は、商店街とのいざこざがストレスだったんだろうけど、店で喧嘩を始めたことも何度もあったよ」
「へえー。やっぱり、初めから聖人君子はいないってことか」
「雄二。何でも自らやってみる人というのは失敗することも多い。だから、失敗しない人間より失敗から学べるチャンスがあって、自分の深みが出るということかもな」
「ジンの説教臭さには素直に頷きたくもないが、まあ、この歳になってくると身に染みるな。少なくとも、俺の方が失敗は多いけど、そこから学んでいるかどうかは怪しい」
「謙虚な分析だ」
「いつもながら上から目線だなあ。仕方がない。で、安全性の次はなんだ」
四季桜から定番の菊正宗の樽酒に移った。
「はい、ジンさん、準備完了」
由美ちゃんも耳ざとくちょこんと座る。
「やっぱり、収益性だろうな。企業の業績を評価する時には避けては通れない。過去の自社の業績と比較したり、同業他社と比較することで企業価値を判断する目安にされることが多いんだ」
「そりゃそうだ。でも、やっぱり、純利益が多ければいいだろうし、赤字じゃ問題だということになるんだろうな」
「それはそうかもしれないけど、うちみたいな零細企業だとそんなに利益なんて出ないから、大型チェーン店なんかの同業者といくら比較しても意味無いわよね」
「由美ちゃん、だから収益性分析には『比率』が使われるんだよ。一番基本の指標は、その企業の総資本に対する経常利益の比率を見る総資本経常利益率というものなんだ」
「総資本って、貸借対照表の総合計のことね。左側の資産の部総合計と右側の負債の部+純資産の部の総合計は同じだから、どちらを見てもいいわけね」
「そうだね。貸借対照表というのは、総資本を運用の視点からみた資産の部と調達の源泉(原因)の視点から見た負債の部・純資産の部に分けているだけなので必ず左右がバランスするという原理だからね」
「経常利益は、損益計算書からだな。でも、普通は売上高経常利益率で見るんじゃないのか」
由美ちゃんと雄二が分担して貸借対照表と損益計算書を覗いている。
「早まるな。企業というのは、投下した資本に対してどれだけリターンがあったかという視点が第一なんだ。さっきの由美ちゃんの疑問にもあったろう。店が大きくて、従業員がたくさんいて、テレビでコマーシャルをやっているような企業と従業員一人で赤提灯と暖簾だけで商売をしている企業もこれなら較べられるんだ」
「あ、なるほどな。わかったような気がする」
「まずは、そう言うことで総資本経常利益率を見る。
総資本経常利益率(%)=(経常利益/総資本)×100
例えば、経常利益が3億円あっても総資本が100億円の企業は3%、経常利益は300万円でも総資本は5000万円の小さな企業なら6%となり、収益性はこちらが高いと見ることができるということなんだ」
「大きな企業というのは大きな投資をしているから額としては大きなリターンが無いと成り立たないということだな。小さい企業には小さな企業としての身の丈にあった利益があるのかもしれない。利益が少なければ小さな企業になればいいということか」
「おいおい。そんな単純にいけばみんな苦労しないよ。改善のためにはもう少し分析の指標を分解するとわかりやすいだろう。分解のためには、『売上高』を指標に加えると雄二もさっき言っていた売上高経常利益率を使うことができる。具体的には、
(経常利益/売上高)×(売上高/総資本)×100
というように、それぞれの分母と分子に売上高を置いて、分解するという手法を使ってみると、
(経常利益/売上高)×100=売上高経常利益率(%)
(売上高/総資本)=総資本回転率(回)
の二つの指標に分解できる。簡単な算数だけど、財務分析の指標を分解して見るというのはいろいろな場面で使われる手法なんだ」
「分解して何がわかるんだ」
「例えば、総資本経常利益率が同じ企業があったとする。分解してみると、1社は売上高経常利益率は非常に高いが、総資本回転率が低かった場合、その企業の改善点が浮き彫りになる。この場合、良く考えてみると、売上高自体が低い場合が当てはまるよね。つまり、その企業は単純に見ると、投資に見合った売上が上がっていないということになるから、無駄な投資が多い可能性があるという仮説で調査してみることになるわけだ」
雄二と由美ちゃんはノートに書いた公式に数字を当てはめながら比較している。
ふと、カウンターの上の下がり壁に青森の新しい提灯がぶら下がっていることに気がついた。
(続く)
《1Point》
・総資本経常利益率
財務諸表分析のうちの収益性分析の一つ。
貸借対照表の総合計である総資本額と損益計算書の経常利益を使って収益性を測定する指標。
・総資本経常利益率(%)=(経常利益/総資本)×100
収益性の総合的な指標と見ることができますので、まずは、この指標を計算して、経年比較や他社比較を行います。
また、この式を分解して、
総資本経常利益率=(経常利益/売上高)×(売上高/総資本)×100
1)(経常利益/売上高)×100=売上高経常利益率(%)
2)(売上高/総資本)=総資本回転率(回)
の二つの指標にして分析をすることで、改善策を具体的に検討することが可能となります。
*総資本は通常期末時点の額を使用しますが、期首と期末で大きく変わっている場合などは、(期首+期末)÷2で出した平均額を使用することがあります。試験においては指定などに注意ください。
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