居酒屋で経営知識

37.短期安全性分析

(前回まで:引き続き、組織についての話が続きました。バーナードの組織成立の3要素には納得がいきましたか?)

 山野綾とみやびで組織論の話をしてから10数日が経った。社内では営業プロセス改善の見直しが本格的に始まった。
 
 山野綾に言われたからではないが、改善チームのリーダーを務めることになった。当然、山野をチーム員に推薦し、これまでのシステム利用状況を調査させることにしたため、定時外が忙しくなっていた。
 
 久しぶりに雄二から「暇か?」と連絡があった時も、みやびへ行く約束を数日延ばしたほどだ。
 
「ジンさん、お久しぶりです」

 由美ちゃんが当てつけのように声をかけてきたときは、え?っと思ったが、確かに10日以上も間を開けたのはめずらしかったかもしれない。
 
「去年の事件がだんだん落ち着いてきたんで、社内も大幅な業務フローの見直しやシステムの見直しをしてるんですよ」

 すでに飲んでいた近藤さんや大森さんにも言い訳しながらカウンターに腰を下ろした。
 ビールを一杯飲み終わらないタイミングで雄二もやってきた。
 
「カンパーイ!」

 定番メンバーが集合したのも久しぶりだったので、みんなでジョッキや杯を合わせた。

「そう言えば、ジンさん。三方工業への報告書ありがとうございました。社長がいたく喜んで、是非今度お会いしたいと言ってましたよ」

 大森さんに去年頼まれていた取引先への簡易診断書は、先日何とか作成して送ったところだった。
 
「いえいえ、単純な分析に時間がかかってしまって申し訳ないと思っていたんですよ。でも、思った以上に安全性の高い会社でしたね」

「そうらしいですね。三方の社長も大丈夫だと踏んでいたんですが、数字として出してもらうと決断や社員への説明もやりやすくなったって言ってました。正式に進めているようです」

「そうですか。お役に立てたならうれしいです」

 雄二が怪訝そうに口を挟んできた。

「なんだ、なんだ。大森商店と何か怪しい契約でもしたのか。うちの会社の顧問を捨てる気か?」

「何を言ってるんだ。この間、大森さんから取引先の関係する会社の経営診断を頼まれていたんだ。大体、雄二の手続き中の会社からは一銭も顧問料をもらって無いんだぞ」

「もうすぐだ。4月には設立登記のつもりなんだから。それはそれとして、その経営診断で安全性が高いってのは、どこで見るんだ」

「そうだな。将来の社長は、簡単な財務諸表分析くらいできていないとまずいな」

「そう言うわけだ。それで、安全かどうかってどう見るんだ」

「私も、聞こうっと」

 ちゃっかりと由美ちゃんも後ろに椅子を持って来た。

「一般的に財務諸表分析と言われるのが、財務諸表から収益性・安全性・生産性などを読み取る手法なんだ。ある程度の会社になれば、決算などで財務諸表をつくるので、割と手軽で、同業他社との比較もできるのでよく使われるんだ」

「フムフム。うちも予想財務諸表というのを作ったなあ」

「雄二。それは予想だから分析には使えないさ。大体、投資を募るための資料で、安全性を低くしているはずがない」

 説明モードに入った。

「雄二の質問に答えると、安全性分析という手法で見ることができるというわけだ。安全性には、短期と長期の見方がある。簡単な見方として、貸借対照表だけで考えよう。まず、短期安全性分析として、流動比率と当座比率くらい覚えておいた方がいい。

 ・流動比率(%)=(流動資産/流動負債)×100
 
 ・当座比率(%)=(当座資産/流動負債)×100
 
 両方とも、短期での支払能力を測定する指標だが、どこを見るかわかるよな」
 
 由美ちゃんが機転を利かせて、前回キャッシュフローを計算した財務諸表を持ち出したので、雄二ものぞき込む。
 
「流動比率は、貸借対照表の流動資産を流動負債で割るのね。当年度では134%ね」

「そう。流動比率は、良く考えてもらえればわかると思うけど、1年以内に支払わなければいけない負債に対して、同じように1年以内に資金として使える資産がどのくらいあるかを見ているんだ。当然、少なくとも100%以上ないと厳しい状態だと見ることができる」

「と言うことは、134%あるのは良いのか悪いのか?」

「実は、これだけではわからないんだ。一番いいのは、同業者や同じ業態の企業と較べることになる。もう一つの見方が当座比率だ」

「ジンさん、当座資産というのはないわ。どこを見るの?」

「当座資産というのは、流動資産のうち、すぐに資金化できるものを足したものなんだ。現金・預金・受取手形・売掛金や売買目的で保有している有価証券がいざというときに支払に対応できる。単純な貸借対照表なら、流動資産から棚卸資産を引くと考えておいていいだろう」

「棚卸資産を引くと、当座に使える資産になるというわけね。95%になったわ」

「一般的に言って、100%を切っているというのは安全性が低いとみてもいいだろうね。ところで、当座資産というのが、棚卸資産を除いている意味はわかる?」

「棚卸資産というと、売れていない商品とか、作りかけの仕掛品、原材料なんかを言うから、これから売れるかどうかあやしいということだな」

「そのとおり。ほとんどすべてが、すぐに売れて現金化するような商売をしているのであれば、当座比率が100%を切っていてもそれほど心配はないということだ」

「財務諸表分析って、数字が出たからこうだ、とは言えないのね」

「そういうことだね。だから、他社比較や経年比較をして、怪しいところがあれば、資産項目の詳細まで確認していくことになるんだ」

(続く)

《1Point》
・短期安全性分析

 財務諸表分析のうちの安全性分析の一つ。貸借対照表から短期支払能力を測定する指標。
 
 ・流動比率(%)=(流動資産/流動負債)×100
 ・当座比率(%)=(当座資産/流動負債)×100
 
 流動資産・流動負債は貸借対照表にその通りの合計が載っているので問題ないのですが、当座資産は流動資産から控除計算をする必要があります。
 
 流動資産には商品・製品・半製品・仕掛品などの棚卸資産が含まれています。企業が支払いをする場合には、すでに資金化されているか、すぐに資金化することができる資産でないと使えませんので、棚卸資産は計算に入れることができません。

 つまり、当座資産は、貸借対照表上の流動資産の項目のうち、、「現金・預金」・「受取手形」・「売掛金」・「(一時所有の)有価証券」を足した値を指すことになります。場合によっては、さらに貸倒引当金を差し引いた値を用いることもあるようです。

 100%を切った値になっていたときには、要注意と言えるのは確かです。