居酒屋で経営知識

96.動機づけ・衛生理論

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している

 マグレガーのX理論・Y理論の話が一息ついたとき、合わせたようにジンさんの携帯が鳴った。

「雄二。由美ちゃんももう来てるぞ。いつ来るんだ」
・・・・・
「わかった、わかった。じゃあ、あと少ししたら出るよ。大横川の方だな。了解」

 ジンさんの様子だと鳶野さんは来ないみたい。

「と言うわけだけどわかった?雄二は花見の場所取りをしてるってさ。予想通りだね」

「鳶野さんらしいわ。何なら、お花見をしながら続きをするとか」

「無理無理。やつならもう飲み出してるよ。ちょうどもう一つくらいと思ってたから、それだけやったら準備しよう」

「はい、先生」

 ジンさんが頭をかきながら座り直したので、気を入れ直しましょう。

「X理論とY理論が欲求段階を二つの人間観に合わせたように、欲求と動機づけについて研究した学者は数多くいるんだ。それぞれが、いろいろな視点から論じている。もう1人の代表選手として、ハーズバーグの理論を見てみよう」

「ハーズバーグという人も経営学者なのね」

「臨床心理学者らしいね。ハーズバーグの理論は二要因理論ともいわれるんだけど、エンジニアなどに対して行った調査結果の分析から導きされたといわれているんだ」

「それで、臨床心理学なのね。二要因ということは、二つの面で考えているということね」

「そうだね。調査を分析してわかったことは、自分の職務について満足を感じた時の要因と不満足を感じたときの要因は同じではないと言うことなんだ。マズローの欲求段階説では、段階を追って行くわけだから、不満足の要因と満足の要因はそれぞれの段階では同じという理屈になるよね」

「そうね。生存を脅かされているときは生存の欲求の段階で、それが満たされると次の段階へ進むわけだから、一つ一つ解決しながら進んでいく感じだったわ」

「ところが、不満足を引き起こしている要因が満たされたからと言って満足しているかというとそうではない場合があった。そして、逆に、多くの人が満足を感じている要因について、それが満たされていない状態でも、必ずしも不満足を感じているわけではなかったというんだ」

「え?すると、不満足を満たすことと、満足を与えることは元々違うレベルということを言ってるの?」

「そうなんだ。たとえば、会社の方針が曖昧だったり、作業場所の温度管理が悪かったりすると職務に対する不満が高いけれど、会社の方針が立派になり、快適な職場環境に移ったとしても、職務に積極的になったり、成果がめざましく上がるという結果にはつながらなかった。同じように、責任の重い仕事を与えられたり、成果に対して表彰されることで満足感を感じ、積極的な業務態度につながっている組織で、やや軽い仕事をしていたり、表彰されることがないからと言って、極端に不満足を感じたり、やる気をなくしているわけでもないこともわかってきたんだ」

「なるほどね。不満を解消することと、やる気を出させることは必ずしも一緒ではないということね」

「そう言うこと。不満足を引き起こすけれど、それ自体で積極的な職務態度につながるわけではないものを『衛生要因』、そうではなく、積極的な職務態度を引き出すようなものを『動機づけ要因』と呼んだのがこの理論の基本コンセプトになっているんだ」

「『衛生要因』と『動機づけ要因』ね。でも、動機づけというのはよくわかるけど、なぜ衛生という言葉なのかしら」

「衛生というのは、たとえば公衆衛生とか、衛生的な環境という考えをしてみればいいかな。職場が汚かったりするとみんなが不満に思って、やる気を失うかも知れない。では、きれいな机やキャビネットが整備されれるとどうだろう。確かに不満は消えるかもしれないけれど、仕事自体のやる気を引き出すわけではないという事例から、『衛生』という言葉を使ったらしいよ。不衛生な職場は不満要因になるけれど、衛生的な職場だからといって、職務自体の満足感や積極的な姿勢を引き出すわけではない、ということだね」

「そうかあ。代表的な要因としては『衛生』なのね」

「そこで、衛生要因は不満足の原因となるから必要な範囲で改善を行うことは必要だ。しかし、組織メンバーを積極的な職務態度にしていくためには、仕事のあり方自体を変えると共に、動機づけ要因を組み込んでいくことが必要だというのがハーズバーグの結論になると言えるんだ」

「つまり、『衛生要因』については、必要最小限の対策をしながら、『動機づけ要因』となることへ注力することが重要ということね」

「満点のまとめだね。ハーズバーグによると、積極的な組織を作るための対策を『職務充実』と言っている。職務に『動機づけ要因』を積極的に取り入れ、充実させるということだ。さて、と。我々も職務充実のために花見の準備をしようか」

「了解。おじさんから簡単な食材を貰ってきたから、ちょっとだけ、台所で準備するわ」

(続く)

《1Point》
動機づけ・衛生理論

 アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した理論。
 
 仕事に不満を持っている人の関心は作業環境などに向いていますが、満足しているときには、その仕事そのものに焦点が当たっていることがわかってきました。
 
 衛生要因:不満を感じる要因
 →マズローの欲求段階に対応させれば、生理的欲求段階から社会的欲求の一部と考えられる
 
 動機づけ要因:満足を与える要因
 →社会的な欲求から自己実現欲求段階に対応する。
 
 最近の福利厚生をポイント制にして個人の欲求に応じて使うことが出来るような仕組み(カフェテリア・プランなど)は、この理論から誕生したと言われています。