居酒屋で経営知識

92.テイラーの科学的管理法

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している

「いらっしゃい。毎度」

 いつものだみ声が安心させてくれる。
 今夜は、久しぶりに雄二からの誘いがあったのだ。

「雄二、久しぶり。どうだ、調子は」

「まあまあだ。ジンの言う変化を見ているんだが、結構おもしろくなってきた。思いもかけないところから注文が来始めているのに気づいたんだ」

「予期せぬ成功は、一番身近なチャンスだから、良く調べて対応すればいいだろうな」

「そのつもりだ。とりあえず、データは整ってきたんで、今度暇な時にでも見に来てくれ」

「了解。とりあえず、乾杯」

 由美ちゃんが早速運んできた生ビールで乾杯をした。お通しは、鯖味噌にバターを載せたものだった。

「大将、これうまいですねえ。新作ですか?」

「いやー、実はパクリでしてね。由美っペがスーパーの広告で見つけてね。チャレンジしてみたんですが、結構いけるでしょう」

「スーパーの広告はね、缶詰の鯖味噌を使ったものだったの。缶詰の宣伝ね。でも、おいしそうだったし、おじさんの鯖味噌に変化を加えてみたらって考えたの」

 由美ちゃんがうれしそうに解説した。

「真似たと言っても、缶詰と大将の鯖味噌じゃあ、まったく別物だろうね。正式メニューにしてもうけるんじゃないですかね」

「ジンの言うとおりだな。大将、これ行こうよ。道産子鯖味噌、なんていうネーミングでいけるんなじゃいかな」

「鳶野さんに名前までつけられちゃあ、やっちゃいますかね。道産子かあ。そう言えば、じゃがバタ系統で並べるのもいいかもしれませんねえ」

 新メニュー談義で盛り上がった。生ビールから、冷酒に換えた。

「ところでジン。実は起業塾で知り合った経営者の卵から質問を受けたんだけどな。テイラーっていう人間を機械のように扱った学者が最近なぜ注目されてるのかって言うんだ。どうなんだ?」

「また、ぶっきらぼうな質問だな。だいたい、お前は起業塾で教えてるくせにテイラーも知らないのか?」

「馬鹿言え。知ってはいるけど、昔の理論まで覚えてられんよ。
俺の目は明日を見てるんだ」

「あら、テイラーって、動作研究とか時間研究で有名よね」

 由美ちゃんが目を輝かせて割り込んできた。

「由美。俺がそんなことも知らないと思ってるのか。言葉は知ってるさ。ただ、それが最近注目されてるって言われても、意味がわからんって言ってるんだ」

「まあまあ。まずはテイラーは、基本的に学者じゃないと言えるかな。元々は、技師として働いている中で実践した手法を後にコンサルトして広めていったようだ。確かに、最近本屋に出てたな。なぜかはわからないけど。テイラーのシステムと言うと、由美ちゃんの言うように、時間研究や動作研究が有名だね。とにかく、ストップウォッチ片手に、作業者の動作を細かく分析して標準作業量というのを設定したんだ。同時に、より効率的で無駄のない作業方法を細かく指示をしていったと言われているね」

「だから、人間を機械として扱っていると言われるんだ。それで、出来高払い制を取って、目標より多く作ったら給料を上げるが、できなかったら下げるってやつだろ」

 雄二が付け加え、メンツを若干保ったようだ。

「そうよね。私の感覚でも、スコップの上げ下げまで標準化して、飴と鞭で働かせるようなことをした人って感じね」

「テイラーは、あんまり評価されていないようだね。でも、マネジメントの理論には、なぜ、必ずと言っていいほど取り上げられるのか考えてみようか」

 2人が頷いた。

「この時代の労働というものを考えないといけないんだ。テイラー以前の労働者の管理というと成り行きだったといわれている。つまり、日々の労働は感覚、いわば目分量で作業を管理するだけだった。納得できる目標も無いため、結局は、がんばり損という雰囲気が組織に蔓延していたらしい。そこで、テイラーは作業の動作を分析し、また、それぞれの作業の標準的な時間を計測することで、作業の基準を作ったんだ。その基準をベースに報酬の配分をしたわけだから、ある程度、労働者にも納得のいく配分になったというわけだ」

「なるほど。つまりは、管理法を初めて確立したということで取り上げられているということだな」

「そう言うことになるな。テイラーの管理法が、科学的管理法のスタートだったと言われている。今も続く多くの手法も、元をたどればテイラーに行き着くわけだ。2人も言ったように、この手法は作業の管理だったから、管理というもの自体が科学的に行われるまでは至っていない。そこで、後に続く学者や経営者達が、人の感情に注目したり、人と人との関係を研究したりすることで発展してきたんだ」

「もしかすると、最近あんまりいろいろな理論が乱立しているんで、原点に戻れという意味でテイラーが注目されているのかもしれないな」

「うーん。どうなんだろうな。ただ、いろいろ問題はあるにしても、彼の指導した工場では、生産高や労働者の賃金増という成果を挙げたことから注目を浴びたということだろうな」

 菊正宗の冷酒を大振りのぐい呑みに注ぎながら、当時の工場がどんな風に動いていたのか想像の翼が広がった。

(続く)

《1Point》
・フレデリック・テイラーの科学的管理法

 成り行き管理とそれに伴う組織的怠業を一掃するために、作業を分析し、効率的な方法と1日の標準作業量を設定したことがスタートだと言われます。
 
 それを元に1日で行うべき適切な作業量を課業として、計画に基づいて管理するという手法を確立していきました。
 
 また、これらの効率を高めるため、差別出来高払い制度によって、標準を越えた場合は累進的に割り増しを増やし、逆に標準に達しない場合は低い賃率としたのです。
 
 「課業管理」:テイラーの基本的な考え方の原則
  ・明確なノルマとして、標準作業量を設定(大いなる日々の課業)
  ・作業指示にも標準的な諸条件を明示
  ・成功への高賃金(差別出来高払い制度)
  ・失敗への低賃金(   -〃-   )
 
 P・F・ドラッカーは、その代表的著書「マネジメント」において、何度もテイラーを引き合いに出しています。その一節にこのようなものがあります。
 
「しかしテイラーこそ、仕事を正面から取り上げて研究した初めての人だった。彼の仕事へのアプローチの仕方は、今日にいたるも正しいものといわなければならない」(「マネジメント(上)」P22 ダイヤモンド社 エターナルコレクション版)

→(93)人間関係論