93.人間関係論
【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
雄二から、「テーラーの科学的管理法」の質問を受け、その概要を話したところだ。
菊正宗の樽酒を酌み交わしながら、昔の工場の様子を想像していると雄二がふと呟いた。
「確かに、効率的になって生産量が増えれば、売り上げが上がって給料も上がるからハッピーだと考えたんだろうな。でも、チャップリンのモダンタイムスの世界につながったんじゃなあ」
由美ちゃんが反応した。
「モダンタイムスって?チャップリンって喜劇役者だったわよね」
「ええーっ?由美は、チャップリンを見たことがないのか?」
「チャップリンは知ってるわ。チョボひげに山高帽の人でしょ」
「そうだけど・・・結構、社会風刺の映画では有名だけどな。特に、モダンタイムスは、工場でまさに歯車にされている状況を風刺していて考えさせられるよ。たぶん、あの頃の工場を作った元がテーラーの考え方なんじゃないかなって思ってたんだ」
「雄二の言うとおりかも知れない。アメリカの自動車会社のフォードが、この科学的管理法を取り入れて大量生産方式を開発し、実践したと言われているんだ。まさに、モダンタイムスの流れ作業スタイルだろうね。でも、その後いろいろな形で修正され、新しい考え方につながっていったんだ。その一つに人間関係論というのがあるんだ」
頼んでいた筑前煮が出てきたので、まずはコンニャクに箸をつける。しっかりした日本酒にぴったりの味付けだ。
「ジン。その人間関係論っていうのは、コミュニケーションについての話じゃなく、管理法の話なのか?」
「そうだ。有名な『ホーソン実験』って聞いたことがあるだろう?」
雄二の目がカウンター上をさまよいだしたところを見ると、覚えていないんだろう。
「ホーソン実験って、学校の授業でやったわ。確か、照明の明るさなんかを変えて、生産性への影響を実験したけど、結局、そんなものより人との関係とか感情の方が大きいことがわかったのよね」
「由美ちゃんがいかに優等生だったかよくわかるな、雄二。そうなんだ。あの実験は、実は、科学的管理法の流れだったそうだ。つまり、物理的な作業条件を変えることで生産性を上げることができるという仮説を証明しようとしたんだね。その規定要因を見つけ出そうと、結局10年くらい実験や検証をしたんだけど、見つけ出したのは、個人的な仲良しグループの影響の方が大きいと言うことだったんだ。仮説とは関係のない結果が発見されたということだね」
「そうか。まったく覚えていなかったよ。つまり、科学的管理法を進めて、仕事環境を変えることで更に生産性を上げようとしたけど、仲良しグループが何らかの影響を与えてしまって、うまくいかなかったということか。そりゃそうだろうな。やっとわかったかっていう感じだな」
「そう言うことだ。結論としては、生産性を高めるのはモラールと言われる士気だとした。そのモラールを規定する重要な要因としては人間関係だというんだ。その結果、インフォーマルな集団も大事にした管理を行うようになったのが人間関係論の考え方だったんだ」
「ホッとしたな。人間らしくなった。それで、管理法は完成というわけか」
「いやいや。そうは簡単じゃないんだ。結局、この人間関係論は、人間の感情に注目しすぎたと言われ、逆に甘い管理と言われるようになってしまったんだ」
由美ちゃんが、追加の徳利を持ってきた。
「人間関係論っていうけど、具体的には何をしたのかしら」
「たとえば、インフォーマルな組織も社内で認知して、懇談会をするとか、社内のコミュニケーションを良くするための提案制度を取り入れるとかしたらしいね。カウンセリングも生まれたようだ」
「確かに人間的になった感じね。でも、それだけで生産性が飛躍的に上がるというのもよくわからないわね」
「そういうことだね。つまり、人間の感情は単一ではないから、インフォーマルな集団を大事にしたり、コミュニケーションを円滑にしただけで、仕事に対する士気が上がる訳ではないと言うことだ」
「完成には至っていない管理法は、次はどう変わるんだ」
雄二が先を急がすように合いの手をいれる。
「行動の動機や集団のリーダーシップの重要性につながっていったんだ。ところで、そろそろ鍋にしないか」
「おう、そうだな。由美、インフォーマルな関係から仕事のフォーマルな関係に戻って鍋準備してくれよ」
「はいはい。お酒もお代わりよね」
「もちろん!」
(続く)
《1Point》
・人間関係論
ハーバード大学のメイヨーとレスリスバーガーが、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場でのホーソン実験の結論によって生み出した理論です。
1924年から1932年にかけて行われた、まさに歴史的で大規模な実験と言えるでしょう。
この実験の結果、科学的管理法の仮説として設定したものがことごとく否定されたことから、分析を進めた結果が、人間は感情に左右されるという感情人モデルでした。
また、その感情は、属する集団の影響を受けるのですが、公式の組織よりも非公式な組織に影響を受けることも確認できたのです。
これらの理論を元に、
(1)コミュニケーションの円滑化
(2)公式組織と非公式組織の調和
(3)カウンセリングや苦情処理制度
を行うことで全体の生産性を上げるという方策が取られました。
前へ「テイラーの科学的管理法」 続く「欲求段階説」 |