90.取締役とは?
【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
山野綾:ジンの営業部の部下
昨日まで寒さに震えていたのに今日はコートを脱ぎたいくらいな陽気になった。
仕事の途中だったが、公園の横を通ると甘い香りに誘われた。梅が満開だ。
近所の人や観光客、俺と同じような外回りの営業員らしき人々がのぞき込んだり、携帯で写真を撮ったりしている。
着実に春が漂いだした。
会社に電話を入れると特に問題も起こっていないようだ。ちょっと早めに本日の仕事完了。
「いらっしゃい。毎度。でも、ジンさん、ちょっと早くないですか?」
「梅の香りを、お裾分けにきたんですよ」
テーブルを直していた由美ちゃんも心配そうにやってきた。
「最近、ジンさんが会社の仕事をしてないんじゃないかって、大森さんが脅かすんですよ。そんなことないですよね」
「おいおい。変な噂流さないでよ。今日も、きっちり仕事を完了してきたんだからね。我々は、時間で仕事を評価されるんじゃなくて、成果に依るんだよ。確かに今日は早いけど」
「大森さんも、商店街のあれやこれやをジンさんに助けて貰っているのに、一度言っておかないといけないですね」
「大将。気にしない、気にしない。いつもの大森さんの冗談ですから」
「そうよねえ。あの大森さんだものねえ・・・」
「何か言ったかい」
「あ、大森さん、いらっしゃい。噂をすれば、ですね」
「なんだい。悪い噂か、いい噂か、どっちなんだい?」
「まあ、まあ。まずは座ってください。今日は、ジンさんと大森さんが口開けのお客さんなんだからサービスしますよ」
「お、そうかい。それならいいや」
大森さんがいつもの調子でカウンターに腰を下ろした。
今日は梅の香りを思い出しながら、常温の日本酒にした。梅の一枝でもあるといいなあ。
「今日は役所仕事のおかげで大変だったよ」
大森さんがいつものように愚痴りだした。
「ジンさん、聞いてよ。時々役所の仕事もやってるんだけど、そっちの方は支店の若いもんにやらせてたんだ。ところが、一週間旅行だとか抜かして休んじまったもんで、役所から電話があっても対応できない。仕方がないから、俺が契約書を出しに行ったんだよ。会社のはんこを押せっていうから、役職に社長って書いて押したら違うって言いやがってね」
ちょっと、止まりそうもない。
「大森さん、契約書って物品の納入ですか?」
「ああ。一年間のメンテ込みなんで、まあ、いい仕事ではあるんだがね。でも、うちの会社の契約書に社長って書いたらダメなんておかしいだろう」
「なーるほど。『社長』がダメだと言われたんですね」
「そうそう。最初は、支店長に委任状が出ているから、社長名はダメだって言うので一悶着。会社の代表者がきてるんだから、委任状は取り下げることにしたんだけど、社長って書いたところを『代表取締役』って書けって言うんだ。何でだって、また揉めた。まあ、最後は相手の言うとおりにしたけどね」
「役所らしいといえばそうですね。でも、会社法などの法律上は『社長』という名称に定義がないのも確かなんですよね」
「え?社長って、会社の代表者って決まっていないの」
「まあ、慣習的にも、実際にも会社のトップは社長で文句を言う人もいないでしょうが、会社法では、取締役が経営の権限を持つ人を指しているんです。対外的に代表の権限を持つものが代表取締役ですね」
「そりゃ、ジンさん、法律で決まっているかどうかはわからんけど、代表権を持たない社長なんていないでしょう」
「通常はそうですが、法律上は可能だということでしょうね」
由美ちゃんも質問で入ってきた。
「取締役って、何を取り締まるのかしら。偉そうではあるけど、考えたらよくわからないわ」
「取締役というのは、所有と経営を分離するという原則に基づくんだ。つまり、所有は株主であり、経営は取締役が行うことになる。取締役は株主総会で選任され、経営を委任されているという関係になるんだね」
「取り締まるというより、経営を取り仕切るという感じかな」
「感覚としてはその方が近いかも知れないね。どちらにしても、会社にとっては意志決定の中心であることには違いがないということだね」
(続く)
《1Point》
・取締役
一般的には、会社の経営を任された役員ですが、会社の形態(機関設計)によって、その役割が異なります。
たとえば、株式会社には1人以上の取締役が義務づけられていますが、取締役会の設置は原則任意となっています。
ただし、公開会社、監査役会設置会社、委員会設置会社は、取締役会を設置する義務があります。
選任:取締役は株主総会の普通決議で選任します。
ちなみに、取締役でもない上場企業の社長の例は、特殊ではありますが、ライブドアの事件当時の一時的な形態でしょうか。急遽新社長となった平松氏は取締役ではなかったですね。執行役員だったようです。
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