24.成長戦略
(前回まで:ミッションからビジョンまで話が進み、居酒屋での経営戦略講座状態となっています。)
「それじゃあ、ジン先生、戦略講座をお願いします」
客がいないことを良いことに、由美ちゃんはカウンターの角の向こう側に腰をかけ、聞く体勢に入っている。
雄二も大人しく生ビールを飲みながら、耳を傾けているようだ。
「企業の状況や選択できる事業の幅によって様々な形はあるけど、今日は経営戦略の基礎から行こうか。そうだなあ。わかりやすいところでは、成長戦略かな」
「成長戦略?戦略って、ライバルと戦うってことじゃないの?」
由美ちゃんが不思議そうに質問してきた。
「戦略と言っても、戦場での敵との戦い方ばかりじゃないよ。会社も成長していかなければいけないけど、さて、どうやって成長していくかというのも重要な戦略なんだ。みやびだって、店の繁閑の波に対して店を大きくするかどうしようかって考えていただろう。これこそ戦略的に考える部分なんだよ」
「と言うことは、成長戦略って言うのは、企業を拡大していくための方向性を決めるということでいいのか。企業にとっての成長と言えば、小規模企業から大企業への道だろう」
雄二も乗ってきた。
「そう言うことになるな。必ずしも大企業になることだけが企業の向かう方向ではないけど、例えば、最初に絞り込んだ小さな市場で一つの製品だけを売っていても、いつまでもそれだけで十分満足な売上と利益を確保し続けられる保証はないからな」
「ジンの良く言う、停滞は後退だ、ということだな」
「そう言うことだ」
2杯目の生ビールを飲み干した雄二が水尾のひやおろしを注文した。
「この酒もうまいなあ。やっぱり同じ酒だけじゃあ飽きるから、いくつかのメニューがあった方が良いんだろうな」
「何となく比喩っぽいなあ、雄二。ポートフォリオもあったけど、まずは、成長戦略」
雄二の注文に席を立っていた由美ちゃんも戻ってきたので再開する。
「その成長戦略で有名な理論は、アンゾフの成長ベクトルというのがあるんだ」
「アンゾフの成長ベクトルというのね。ベクトルって言うと方向を持った量のことね。矢印で表現しているわ」
「そうだね。成長の方向性という程度の言葉だと思うよ。内容は簡単なんだ。たとえば、ある企業が一つの市場で一つの製品を販売しているとする。この企業の成長の方向には(市場)と(製品)の視点で切ると、4つの戦略があるという理論なんだ」
「製品と市場の二つの視点で4つに分けられるの?」
「それぞれ、(既存)と(新規)に分けて考えると4つになるんだ。つまり、(既存+市場)と(新規+市場)、(既存+製品)
と(新規+製品)とたすきがけになるだろう。これらを市場軸と製品軸として線を引いて単純な表を作ってごらん」
さっそく由美ちゃんがノートを取り出して書きだした。
「製品を横軸とすれば、横軸に(既存製品)と(新規製品)、縦軸に(既存市場)と(新規市場)と置き、表の形に線で区切ると、四つの箱ができるよね。そうそう。数学で習った行列の表をマトリックスというんだけど、ビジネス用語では、こういう風に2×2なんかの表形式で分析するものをマトリックスと言うんだ。だから、これをアンゾフマトリックスともいうんだ」
由美ちゃんの書いた表を使って説明をすることにした。
「まずは、既存市場と既存製品の交差する箱が一つ目の戦略だ。どんな戦略だと思う?」
「ええ?今のままでしょ。現状維持という戦略もあるの?」
「あくまでも積極的に何をするか、だから、これを市場浸透戦略というんだ。つまり、今の市場に対し、更に現在の製品を浸透させるということだね。まだまだ、市場に潜在的購買力がある場合などにとる戦略になる」
「あ、そう言うことね。店の前でチラシを配って、まだうちの店に入ったことがない人を誘い込むのがそうね」
「そうそう。あとの戦略はね・・・
新規市場×既存製品=市場開拓戦略
既存市場×新規製品=製品開発戦略
新規市場×新規製品=多角化戦略
ということになるんだ」
と言いながら表に書き込んだ。
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既存製品 |
新規製品 |
既存市場 |
市場浸透戦略 |
製品開発戦略 |
新規市場 |
市場開拓戦略 |
多角化戦略 |
「みやびの例で言うと、(市場開拓戦略)が、例えば、隣町に2号店をオープンするなどだろうね。市場を広げるという観点で言えば、新しくできるオフィスビルに働く人たちをターゲットにビラ配りや営業をすると言うことも考えられる。
(製品開発戦略)なら、今のまま、新しいメニューを開発したり、今までなかったような飲み物で売上を上げていくイメージだね。
(多角化戦略)となると、市場も製品も新規なので、まったく別のことをやると言うことになる。ただ、突然、多角化だと言って、みやびがガソリンスタンドをやっても成功するとは思えないよね。
リスクが高いので、基本的には何らかの関連する強みがあるものを考えるべきだね。シナジーを発揮できるものなら成功する可能性があると言われている」
「シナジーって、相乗効果だったな。みやびだったら、こだわりの日本酒販売店なんかなら、大将の人脈と目利きでいけるし、酒販店の免許があれば、みやびの酒が安く仕入れられるかもしれないな」
「雄二、冴えてるな。大将、多角化に挑戦してみますか?」
「ジンさん、鳶野さん。私の身体は一つですから、これ以上、別の商売なんてやったら、早死にしますよ」
「そりゃそうですねえ。多角化戦略には、自社の経営資源に余裕があることも重要だと言うことですね。雄二、そう言うことだ。無理は禁物。みやびがなくなれば、俺たちも行き場を失う」
「それだけは避けなくちゃな。大将、長生きをお願いしますよ」
(続く)
《1Point》
・アンゾフの成長ベクトル
会話の中で説明したとおりですが、メルマガではわかりづらいので表を書いてみてください。
一般的には、現在の事業をこれからどう拡大するかという方向性を検討するための戦略的思考です。多角化を考えるのは、現在の事業に停滞感がある場合でしょう。
人的に余裕がある場合などには新たな展開を考えることになりますが、多角化で成功した事例は少ないと言われます。
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