居酒屋で経営知識

30.マネジメント基礎講座:PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「へい、いらっしゃい」

「おや?大将、メニュー少し変えました?」

「そうなんですよ、ジンさん。少し、売れ筋とそうでないものを整理して仕入れも絞ることにしました」

「へえー。そういえば、大将は新しいメニューを追加するけど、昔のメニューはそのまま続けてましたからね」

「面目ないです。昔からやってるってだけで、止めるという決断ができなかったんですね。まあ、単にメニューを変えるのが面倒だったところもありますがね」

「でも、書き換えて、順番も変えたせいかスッキリ分かりやすくなりましたね」

「そう言っていただけるとやった甲斐があります」

「・・・次はPPMだからちょうどいい例だなあ・・・」

「ジンさん、何か言いました?」

「あ、いえねえ。今度の講座のテーマにピッタリなんですよ」

「えへへ。ジンさん、ピーピー何とかでしょ?」

「ええ、PPMです。あ、そう言えば、大将にもこの話したことありましたね」

「そうなんですよ。種明かしをすると、由美っペが、ジンさんのやってる講座の資料を見せてくれたんです。そのPPMは、昔この店の診断をしてもらったときに説明してもらってましたよね。まあ、実際は、由美っペが覚えてて説明してくれたんですよ」

「由美ちゃんもしっかり勉強しているから独立できそうですね」

 亜海ちゃんが快速で注いだ生ビールを飲みながら、もう一度、新メニューをながめてみた。

「由美ちゃんは、これまでのメニューをマトリクスに並べたんですかねえ?」

「そうなんですよ。一年間の売上額とか、注文数なんかをダラダラーって書いて、負け犬とか金のなる木なんかに分類してました。ま、正直説明されてもよくわかりませんでしたけど」


プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントという手法を確認しましょう。

これは、世界的なコンサルティングファームであるボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が開発した手法です。

ポートフォリオ(portfolio)とは、元々、投資の世界の言葉で、「紙ばさみ」のことを言うようです。

自分の資産の明細書を紙ばさみに挟んでいたことから、資産の配分をポートフォリオと呼ぶようになりました。

それでは、経営の世界で言うポートフォリオとは何でしょう。

もちろん、財務の世界での資金調達のポートフォリオというものもあるでしょうが、今回は、プロダクトとあるように製品や事業の「配分」を考えます。

簡単に言うと、複数の事業や個別製品の位置づけを成長性と優位性で評価したものです。

この図が基本のマトリクスです。

PPMの基本

市場成長率:「高」・「低」
相対的市場シェア:「高」・「低」

それぞれを縦軸・横軸にとって、4つの箱(マトリクス)に名前がつけられてます。

・シェア(低い)×成長率(高い)=問題児
・シェア(高い)×成長率(高い)=花形
・シェア(高い)×成長率(低い)=金のなる木
・シェア(低い)×成長率(低い)=負け犬

面白い命名だとおもいませんか?

ある意味、この名前のインパクトがこのマトリクスを有名にしているのかもしれいませんね。

このマトリクスの注意点は以下の通りです。

・相対的市場シェアはセグメント(対象市場)を明確にして、トップ企業との比較で行います。シェア自体も、売り上げベースとするか、数量ベースとするかを製品やサービスの特徴に応じて決定します。

ところで相対的市場シェアとは何でしょうか。

無意識に考えると単純に自社のシェアは全体のこのあたりとしてしまいますが、実際は厳密に決められています。

中央値を「1」とし、自社がトップ企業の場合は2位企業の倍数を採ります。

また、自社が2位以下だった場合は、トップに対する倍数となります。

 相対的市場シェア=自社のシェア/比較他社のシェア

たとえば、自社がトップ企業でシェア40%、2位企業が20%とすると40%/20%=「2」

自社が3位企業でシェア10%、トップ企業が20%とすると
10%/20%=「0.5」

ということになります。

相対的市場シェアの「高」「低」の境が「1」とすると、トップ企業以外は「低」となりますね。

BCGでは「1」としているようですが、業界状況によっては、接戦する1位グループがある場合など、「1」より低くした方が現実的な場合もあると思います。

市場成長率の目盛りも高低の境(中央値)をどうするか明確にしなければいけません。

「0%」でいいのか、ですが、一般的に市場の成長が減速しているという点から考えて、たとえば、「10%」程度を中央値として経験的な修正を行えばいいと思います。

もう一つの図を投影した。

PPMサンプル

この図は、目盛りについては上記を目安とし、丸の大きさは自社の売り上げに比例させています。

A事業:シェア「低」、成長率「高」、大きさ「大」
B事業:シェア「やや高」、成長率「やや高」、大きさ「大」
C事業:シェア「高」、成長率「やや低」、大きさ「大」
D事業:シェア「やや高」、成長率「低」、大きさ「小」
E事業:シェア「低」、成長率「低」、大きさ「小」

ちょっと理想的すぎる例かもしれませんね。

それぞれの事業についてPPMの分類でいうと、

問題児:A事業
花形:B事業
金のなる木:C・D事業
負け犬:E事業

となります。

PPMにとって重要なのは、金のなる木事業からのキャッシュ(利益)を問題児や花形へ投資し、次なる花形や金のなる木を育てていくという戦略を立てることにあります。

この例で行くと、「C」が売り上げも多く、キャッシュを生んでいると思われますので、早い時期に「A」や「B」に投資しシェアアップを図る戦略をとることになると思われます。

「E」については、撤退も視野に入れてテコ入れを図るかどうかを検討する対象となりますね。

一つの事業や製品・サービスが「A→B→C→D→E→撤退」と流れていくことが、まさに超理想的な姿で、次々に「A」を生み出し、「B」へ育てていくことが出来れば、その企業は途切れることのない成長を続けていると言えるのです。

さて、ここで「製品ライフサイクル」の考え方が根底にあることに気づかれた人はいるでしょうか。

まさに、「A→B→C→D→E→撤退」の流れがライフサイクルなのです。どんな事業もいつかは衰退していきますので、新たな事業を生み・育てる戦略を怠ってはいけないですね。

一番の問題は、「金のなる木」や「負け犬」ばかりで「問題児」や「花形」の事業がない企業です。いや、むしろ「金のなる木」ばかりの企業は突然死の危険性があると考えた方がいいかもしれません。

あなたの企業はいかがでしょうか。

ただし、PPMには問題点が多いです。

・市場成長率の低下が必ずしも市場が衰退しているという訳ではない。(何度も復活した事例は多いですよね。ゲーム市場などは典型的ではないでしょうか)

・シェアが低い状態でもキャッシュを生み出していることも多い。

・負け犬と分類された事業部門にやる気を出させることは困難である。

・実際の企業では、中央に事業が偏る事が多く、明確に判定できないことも多い。

・その事業の顧客との関係や事業間の関連を忘れてしまう。

このような問題点があることを認識し、自社の状況を確認する一つの目安と考えることが重要でしょう。


「いらっしゃい。あ、由美っペか」

「あ、ジンさんも来てたんだ」

 噂をすれば。由美ちゃんがやってきた。

「かんぱーい」

「由美ちゃん、ここのメニュー見直ししたんだって?」

「うん、そうなの。おじさんが、今年の夏は節電しなくちゃいけないから、冷蔵庫や冷凍庫に入れるものを厳選したいって言ってたの。そのためには、回転の悪いものや特に傷みやすいものなんかを見直して、メニュー自体を減らさないといけないでしょう」

「それで、PPMかあ」

「おじさん、そんなことまで言ったの。自己流で恥ずかしいからジンさんには内緒って言ってたのに」

「あ、そうだったか。忘れてた」

「由美ちゃんの自己流だと、相対的市場シェアはどうしたの?」

「そこが問題だったの。でも、他の店と較べても仕方がないと思ったから、ここの店のメニュー同士のシェアを季節ごとに出して比較したわ。成長率はここ数年の大まかな売れ行きの動きを出してみたの」

「なーるほどね。飲食店のPPMとしてコンサル手法になるかもしれないね。メニュー・ポートフォリオ・マネジメントでMPMとでもして、飲食店コンサルでも始めようか」

「おもしろそう。ジンさんとパートナーでやってもいいの?」

「それもいいね。ちょっと、みやびの例を詳しく教えてよ」

(続く)