居酒屋で経営知識

21.BCP再考(ヒト)

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「いらっしゃい。毎度」

 まだまだ自粛ムードから飲食店は苦戦していると聞くが、ここはあまり変化がない。

「大将、いつも通りでよかったですね」

「ありがたいことです。ただ、やはり品薄でなかなか皆さんにいいものを提供できないので申し訳ないんですがね」

「やっぱり影響は大きいですね」

「でも、我々ができることは、日本を背負って立っている皆さんに元気で働いてもらうことしかないと思っています。これからが大変なんですから、今まで以上に企業ががんばらないと復興すら危うくなってしまいます」

「まさしくそうだ。大将はさすがにいいことを言う」

 いきなり雄二が入ってきた。

「鳶野さん、いらっしゃい。先日は、連絡ありがとうございました」

「雄二、久しぶりだ。相変わらず元気だけは人一倍だな」

「馬鹿言うな、ジン。俺だって東北地域を飛び回ってヘトヘトなんだ」

「そうか。お前の役目があったもんな」

「と言うことで、まずは飲もうや」

 今日は、福島県の「大七純米生もと」(福島県二本松市 大七酒造)を味わった。大将によると、酒蔵は無事だが、輸送経路の問題でなかなか入ってこないらしい。

「そういえば、近藤さんの会社でBCPの見直しをしているらしいな」

「雄二の地獄耳だな。先週、近藤さんと話をして、ちょうどいいタイミングなので見直しのために当時の講義内容を再現しているんだ」

「大丈夫か?お前の指導が悪かったのがバレバレにならんか?」

「バレバレは言い過ぎだ。確かに、今回は前提に置いた被害規模とかけ離れてしまったので甘かった部分は多い。でも、近藤さんの大義建設は、本社も含め主要な事務所・資機材倉庫などがあまり被害を受けていなかったので、外部との取引についての代金のやりとりや発注受注システムの検証に限定できたので見直しがしやすいんだ」

「なるほどな。今度は俺も連れてってくれよ」


大義建設の会議室は久しぶりだ。

経営企画の連中も、それぞれ昇進や転勤しているので、知らない顔も増えていた。

それでは、早速2年前に作成したBCPについて見直してみましょう。

当時は、新型インフルエンザへの対応を緊急で行い、その後、地震などの天災への追加事項を加えていきました。

その時想定した地震災害の特徴はこのような内容でした。

【ヒト】
・事前予測が困難で一瞬にして起こり、生命や財産が奪われる
・ある程度地域限定となるため、支援活動を頼みにすることが可能である
・ライフラインがストップするため、当初の混乱が大きい

【モノ・事業】
・物的な被害が大きく、設備修繕や新規購入を余儀なくされる
・耐震対策などある程度の経験的な対策が可能
・被害のなかった地域での再開などは可能

【カネ】
・ある程度、時間・地域とも限定的であるため、工場分散等の対策や保険・助成などを検討できる
・早期再開が最大の目標

【情報】
・発生時には、情報網も使えない可能性が高い
・サーバー等の物理的被害により、重要データを失うことも考えられる

以上はパンデミック(新型インフルエンザの大流行)との比較で出てきたモノですが、大まかな特徴は網羅しているでしょう。

今日は、これらの中で、ヒトという視点での対策について考えてみます。

パンデミック対策の中で、従業員を守るために整理したポイントは以下の内容でした。

・社員に対する事前の啓蒙や教育と共通したマニュアルの周知・配布
・企業として最低限の食糧・医薬品・日用品の備蓄を進める
・安否確認情報網と従業員一人ひとりのスキルマップの作成

地震を代表とする自然災害においても、これらの対策は有効であると考えていいでしょう。

まずは、従業員とその家族の生命を守り、事業継続に向けて一丸となって対応できるようにするということが目標になります。

それでは「人」という視点から、自然災害が新型インフルエンザとは違う点に焦点を絞って見て行きましょう。

[想定される状況]
・震源地付近では古い住居が全半壊し、死者・怪我人が発生する
・3日間程度は水・食糧等が不足する状況が続く
・就業中の場合、設備や機器の転倒、事務所のパソコンや什器による事故が発生する
・地震対策済みで少しはなれた場所の同業者がすぐに復旧・事業再開する

[企業において懸念される事柄]
1)発生するまで予測は困難であり、被害は一瞬にして起こってしまう
2)影響は局所的であるものの、地域想定は不可能である
3)生活の基盤である住居等を失うことも多く、個人に対して長期的な影響を及ぼす
4)従業員との連絡が混乱し、事業再開のスタートが出来ない

地震などは突発的な被害をもたらしますが、余震などはあるとしても、直後から復旧へ向かってスタートすることが可能であるという特徴があると言えるでしょう。

[企業での事前対策]
それでは、それぞれの特徴に沿って、付け加えるべき対策をまとめてみます。

1)耐震対策・避難訓練など事前に行える対策を徹底する

企業として耐震対策をおろそかにすることは出来ません。

また、就業中に直下型地震が起こった時に従業員の被害が最小限となるような耐震対策や直後に行うべき行動の訓練をいかに本気で行うかが、企業として生き残れるかどうかの分かれ道となるでしょう。

建物や設備への耐震対策は時間と予算の問題がありますので、緊急度を加味して計画を立てる必要があります。

2)被災直後の連絡拠点を複数設定する

多くの従業員は、被災直後は自分と自分の家族等を守ることでパニック状態にあると考えられます。

そんな中で、企業としては連絡拠点を明確にして、情報の発信・共有を図るようにすることが求められます。

場所によって通信や電力供給がストップすることも考えられますので代替拠点を決めておく必要があります。

従業員のみならず、取引先へ伝達してあるかどうかは、早期に復旧を果たす上でも重要なポイントとなります。

3)食糧・飲料水・医薬品の配布などの行動ルールを決める

パニック状態に置かれている従業員に対し、備蓄している食糧・飲料水・医薬品の配布について事前にルールを決めておくことが重要です。

被災直後には機能しなくても、安心を与えることができます。

また、自社や行政が行う衣食住の対策を、混乱している従業員に伝達する仕組みを決めておきましょう。

4)安否確認がすべてのスタートである

災害対応には、経営層も含め、人的な状況が正確に集約されていることが前提条件となります。

通常の通信網は使えないことも考えられますので、代替的な連絡体制を決めておく必要があります。

携帯メールやNTTなどの緊急掲示板、従業員の住居地域毎の連絡拠点など、決定すると同時に定期的に訓練を行い、被災直後の行動をイメージさせます。
 
企業を守るということは、従業員の生命・生活を守り、早期に職場復帰できるようにすることに他なりません。

以上が、ヒトという視点から見た対策目標でした。

当社では、これらしっかりと対策を立てていたことで致命的な状況は一つも無かったことは誇れることです。

でも、前提での局地的な被災地としていたものが、今回は範囲が広すぎたためいくつかの点で問題も起こったようでした。

特に、地震での倒壊などの被害とは規模が違った津波の災害、そして、今も継続する原子力発電所の被災による先の見えない状況は、正に想定外としか言いようがないかもしれません。

また、被災地の営業所やそこに住む従業員の家族への水や食糧のストップ期間を3日と想定したため、備蓄に心配を生じたようです。結果的に、当初のパンデミック対策で準備したものの中で、長期保存が大丈夫だった物で対応できたようです。

一番の問題は、安否確認でしたね。

せっかく専用のシステムを導入したのに全く機能しなかったと聞きました。

これは、他社でも同様でしたが、携帯電話や固定電話、パソコンから安否確認・登録をするシステムだったため、被災地では全く使えませんでした。

第一報は無事だった仙台営業所から、公衆電話を使った大阪支社に入った連絡でした。当時、東京も電話は全くつながりませんでしたので、大阪にやっとつながり、そこから本社対策本部へ連絡があったのです。

これらをもう一度見直し、緊急用電話や公衆電話を使った安否確認やNTTなどの一般的な連絡システムを使った安否確認方法を確立すべきでしょう。


 先日のBCP見直しの内容を説明しながら、大七を味わった。
 
 福島は原発事故の影響が甚大で、特に飲食物への風評被害が厳しいという。

「まずは、政府がしっかりと情報を流して欲しいよな」

「そうだな。この大七酒造などの入っている酒造組合は、自分たちで検体を検査機関に送って放射能汚染がないことを確認しているらしい。日本酒は半年以上寝かせるから、今出荷している酒は事故のずっと前の仕込み分なんだけどな」

「俺たち自身、デマに惑わされないようにしっかりしないといけない」

「そうだ。雄二でもそこまで考えるんだから、大丈夫だろう」

「その言い方はないだろう。まあ、今日は許してやるから、奢れよ」

「なんでだ。しっかり自分で消費することも重要だ」

(続く)


《1Point》
 
「事業継続」をテーマとして私が書いたBCP講座から転載しています。
http://sme.fujitsu.com/tips/enterprise/

 今回の内容は、「第7回事業継続-地震災害等から従業員を守る」の内容です。

[チェックリスト]
□耐震診断・耐震対策はすでに実施済みですか?
□被災時の対策本部設置予定場所を距離的に離れた複数箇所で検討をしていますか?
□衣食住対策について、被災時の実施ルールを決定済みですか?
□従業員の安否確認の方法は災害時に機能しますか?従業員の訓練はしていますか?