居酒屋で経営知識

74.PPMの使い方

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問

(前回まで:学習する組織とは、個人だけでなく組織のメンバーと共にビジョン達成に向け学習し続けることを条件としていました)

 紅葉のシーズンは食のシーズンでもある。スーパーの鮮魚コーナーには、生鮭や生筋子が並び、1尾100円を切る秋刀魚が売れていく。

「・・・と言うことで、ちゃんこを食べに来たんだ」

 雄二が久しぶりに顔を出した。

「雄二にとっては、秋と言えば食欲に直結だな」

「そりゃそうだろう。何のために生きてるんだ。まあ、今じゃ一年中何でも食べられるから、旬と言ってもピンとこないがな」

「鳶野さん。その生鮭と生筋子はうちでも仕入れましたよ。一年中食べられるって言っても、味は決定的に違いますよ」

「お、大将、やっぱり乗ってきたね。今年もイクラ漬け作ってくれたんだろうね」

「鳶野さんが、あれほど、イクラ好きだとは思わなかったですからね。昨日漬けたのがいい頃合いだと思いますよ」

「じゃあ、じゃがバタイクラ乗せをよろしく」

「勝手にメニュー作られてしまいましたからね。明日から、正式メニューにするつもりで生筋子も多めに仕入ましたが」

 イクラ好きの雄二に、北海道でジャガイモにイクラを載せたのが旨かったと話したことがきっかけだったので、ちょっと責任を感じる。

「大将、すいませんねえ。わがままな奴に教えてしまったと反省してます」

「ジンさん、これが人気メニューになりそうなんですよ。去年も、随分売上に貢献しましたからね」

「ジン、いいか。俺は、みやびのメニューのライフサイクルから、ポートフォリオを考えてやってるんだ」

「へ?もしかすると、PPMの話か?」

「おお。ジン、いいところに気がついた。その通り。最近お試し契約したコンサルタントが実際にうちの会社のポートフォリオを作ってくれたんで覚えたんだ」

「へえ~。ちなみに、1年前くらいにきちんと教えたはずだが。まあ、いいや。でも、実際につくるとなると、基準をどうするか難しいだろう」

「うちもまだ新しい会社だし、市場としては未成熟なんで、シェアを出せなかった。そこで、経常利益率にしたりしたけどね。成長率も感覚だったな」

「う~ん。雄二、そりゃ良くないかもしれないぞ」

「え?何がだ」

「経営判断のためのツールというのには、必ず限界があるけど、それでも、1つ1つの要素には重要な意味と経験が織り込まれているんだ。そのコンサルがどういうつもりなのかはわからないが、普通に考えても経常利益率で判断するのは危険なんじゃないかと思うけどな」

「なに。経常利益率じゃいかんのか?」

「だいたい、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マトリクス)というのは、製品などのライフサイクルに合わせて、経営資
源の投入を検討するのが大きな目的の1つなんだ。経常利益というのは、すべての経営活動の結果であって、個々の製品や事業での経常利益というのは、仮定の数字でしかないんだ」

「あ。そう言えば、前にジンに言われたな。利益は結果でしかない、だったか」

「そう言うことだ。PPMにおいては、問題児事業に経営資源を集中して花形事業にしていくために、金のなる木事業から余剰となった資源を振り向けることが基本になるんだ。つまり、問題児事業は個々に考えれば、経常利益率で言えば大きなマイナスである可能性が高い。当然、金のなる木が一番高いことになる。でも、金のなる木は、既に成熟期を過ぎているため、自然な成り行きで行けば、撤退事業である負け犬の一歩手前にあるんだ」

「あ、そうか。利益率というのは自社の戦略の結果だから、市場の中での位置づけとは別のものになってしまうわけだ」

「そうだ。下手をすると、業績が下降時には、問題児事業にそれほど投資をせず、花形事業でも値引き競争などになり、見かけ上の利益率では逆転してしまうこともありえる。それ以上に、その時の前提条件の付け方で、事業毎の利益は常に大きな変動をするはずだ。そうでなければ、何らかの経理的な操作をしていることになり、ますます、意味のない分析となってしまうんだ」

「あのコンサルめ。すぐにクビだな」

「まあ、そう簡単に考えるな。それを知っていて、敢えて使っているなら、何らかの中身の検討をしているはずだ。その辺は、直接聞いてみた方がいいだろう」

 雄二の前に、じゃがバターイクラのせが置かれた。

「おおー。ホクホクのジャガイモにキラキラと宝石のようなイクラが輝いている」

「雄二。こじつけになるが、そのじゃがバタは、高いイクラを使うから、問題児かもしれない。潜在的な需要も高いようだ。このイクラを大将が生筋子として仕入て自家製造をするという投資を続けて、人気メニューになれば花形になったと言えるだろう。そのために、たぶん、ビールや酎ハイなどの金のなる木が産む収益から、いい生筋子を買う資金にするという考えだ。現在の花形はちゃんこ鍋だし、もしかすると最近注文が減っているジンギスカンなどは負け犬になるかもしれない、というのが、みやびの簡単なPPMだ」

「こじつけがうまいなあ。でも、個々の製品や事業での利益率で判断するのは危険だというのはわかる気がする。もう一度、そのコンサルと良く話をしてみるよ」

「それがいい。よくわからないまま、ツールの結論だけで経営判断をすることがないように」

 雄二のじゃがバタを少しもらってほおばる。ホクホク感とイクラのしょっぱさが口の中でシナジー効果を発揮している(^_^;)
 
 うまいなあ。秋はいいなあ。

(続く)

《1Point》
・PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マトリクス)

 PPMのマトリクスは、ホームページ内にありますので、参照ください。→PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マトリックス)

・シェア(低い)×成長率(高い)=問題児
・シェア(高い)×成長率(高い)=花形
・シェア(高い)×成長率(低い)=金のなる木
・シェア(低い)×成長率(低い)=負け犬

 本文でも書きましたが、このようなツールを実際の現場で使う場合、体裁を整えるためのツールとなってしまうことが多いのではないかと危惧します。
 
 何のために使うのか、どこまでの検討が必要なのか、充分詰めてから使わないと経営判断を大きく間違うことにもなりかねません。
 
 実際に、私の関係する会社で、PPMという形だけをまとめ上げている現状を目にしたことがあります。時間の無駄だけじゃなく、危険でさえありえます。