居酒屋で経営知識
61.経営者の条件(14)欠くことができない人
【主な登場人物】 ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長
「おいしいー」
焼きホタテと国稀を交互に味わいながら何度も由美ちゃんが声を上げている。
「北海道の底力だなあ。俺たちには欠かせない組み合わせだ」
「ん?由美ちゃん、どうしたの?止まっているよ」
「え?あ、ごめんなさい。鳶野さんの『欠かせない』って言葉が今日の最大の難関だったって思い出したの」
「そうだった。原島さんがあれだけ悩んで語るなんて思わなかったな」
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これまで、傍観者に徹するといっていた原島さんが、手を挙げた。
「すまないが、ここだけは発言させてくれないか?」
「もちろんかまいません」
「私にとって、この部分は悩みに悩んだ部分なんだ。みんなにも考えて欲しいし、意見も欲しい」
→「ある人が『欠くことができない』という理由は三つしかありえない。第一に、その者が実際には無能でありかばってやる必要がある場合である。第二に、弱い上司を支えるために、その者の強みを使っている場合である。第三に、重要な問題を隠すため、あるいは取り組みを遅らせるために、その者の弱みを使っている場合である。
いずれの場合であっても『欠くことができない』と言われる者は、なんとしてでも直ちに異動させるべきである。さもなければその者の強みを壊してしまう」(P122)
「私が人事異動の相談を受ける時、この『欠くことができない』ので、是非このまま残して欲しいとか、定年の延長をお願いしたいと言われれば、なるほど、あの人の『強み』を有効に使っているんだと判断してしまっていた。ところが、この部分を読むと、判断が難しくなってしまったんだ」
「原島社長と同じことを考えていました。私はまさに人事を見ていますので、ここは衝撃的でした。もし、『欠くことができない』という申請があったら、即座に異動させるべきなのか、どうか、まだ掴めていません」
「人事部長がそう思うなら、やはり大問題だなあ。本当に、この三つしかないんだろうか。うーん」
「第一と第二は、確かにあり得るかもしれませんし、それを認識できているなら問題はあまり大きくないような気がします。ただし、第三の『重要な問題を隠すとか取り組みを遅らせるため』と思われる場合は大問題だと思います」
「それでもドラッカーは、直ちに異動させるべきと言ってますよね。問題は大きくなくても認めるべきでないと言っているように取れますがいかがですか?」
「本人の無能さや上司の弱みのためのものであれば、それなりに人事としても判断できる可能性はあります。しかし、重要な問題があるにもかかわらず、隠したり先送りしたりするためであるなら、その問題を見つけ出すことすら難しいような気がします。だから、即座に異動させることが必要なのかもしれません。いいことはない訳ですよね」
「私が前に勤めていた会社では、よく『余人に代えがたし』という言葉で、長きにわたって同じポジションを動かない人事が普通でした。それは、間違いなく、若手をきちんと育てることをせず、既得権益とまではいきませんが、権限を維持することが目的でした。まだ、あいつには無理だと言って、結局は自分のやり方で、部下をコントロールするだけでした」
「自分の権限を渡すことが恐いんじゃないでしょうか」
「でも、その人の強みがあるから、まだ強みを獲得していない若手に権限を渡せないという考えはできませんか?」
「少し前に、こんな1節があります」
→「部下、特に仕事のできる野心的な若い部下は力強い上司をまねる。したがって、力強くはあっても腐ったエグゼクティブほどほかの者を腐らせる者はいない。そのような者は自らの仕事では成果をあげることができるかもしれない。ほかの人に影響のない地位に置くならば害はないかもしれない。しかし影響のある地位に置くならば破壊的である。これは人間の弱みがそれ自体、重要かつ大きな意味をもつ唯一の領域である」(P120)
「かつての強みが、時間が経つにつれて『特権力』という力になってしまっているのかもしれません。やはり、『欠くことができない』ということで、特権を守る方便という見方は正しいと思います」
「なるほどなあ。やっぱり、難しい問題であることは間違いないな」
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「ここだけは、悩んだまま終わってしまった感があるわね」
「人事の難しさだね」
「ここについては、原島さんが再度考えて、みんなに意見をもらいたいって言ってたので、それも楽しみよね」
「あの、原島さんが、どんな解釈をするのかだね」
国稀のお代わりをして、今日の幕引きをすることにした。
(続く)
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