居酒屋で経営知識
(79):経営戦略の基本:PPM(1)
【主な登場人物】 ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長
「へい、いらっしゃい。毎度!」
みやびの縄暖簾をくぐるといつものだみ声が歓迎してくれる。
「ちょっとご無沙汰してしまいましたが、これお土産です。亜海ちゃんにもこれね」
「わー、ありがとうございます。いいんですかあ」
「もちろんだよ。島の若い人たちが手作りしているネックレスらしいよ。夜光貝という貝を使っているんだって」
「ジンさんは、石垣島へ行ったんでしたね」
「ええ。思い切って一週間滞在してきました」
「いいですねえ。あっちはまだ泳げるんですかね」
「まだ、昼間は25度を超えますし、海の水は温かいですよ。ほとんど、酒飲んでビーチで昼寝していましたが」
「いいなあ。え、それが旅行の時の写真ですか。キレー。すごっいなあ。あ、ジンさん、ウィンドサーフィンしてる。出来るんですか?」
「いや、初めてだったんだけど、初心者教室で教えてもらったんだ。まあ、何度もひっくり返ったけど、この写真の頃には、行ったり来たりは出来るようになっていたかな」
「すっごーい」
「亜海。ジンさんのビール忘れているよ」
「あ、すいませーん」
亜海ちゃんが慌ててビールを注ぎ、お通しと共に持ってきた。
「こんな可愛いお土産もらってありがとうございました。この間の多角化のメールは、お休み中だったんですか」
「あ、あれは、出発前だよ。先週一週間行ってたんだ。わからないところは無かった?」
「分かりやすかったです。ネットでも調べて見ましたけど、ジンさんの説明が一番しっくり来ました」
「良かった。それでネットで調べていて次に質問につながったってわけだね」
「そうなんです。アンゾフに関連する内容として一番出てきたのが、PPMっていう言葉でした。えっと、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントでしたよね」
「なるほどね。じゃあ、簡単に説明するね」
「ありがとうございます」
「企業が永続的に経営を続けるために一番重要なのはなんだと思う?」
「えっと。明確な方針かなあ。社員が全員同じ方向を見ているような会社が強いって聞いたことがあるの」
「なるほど。さすがだね。それは間違いが無い。ただし、どんなに企業がこれだ!と思っても、世の中は変化していくよね。いろいろな有名企業がこれまでもいきなり消えていったりしている。それは、もちろん競争に敗れてという場合が多いとは思うけど、たとえ、ほとんどオンリーワン企業であっても、ダメなことがあるんだよね」
「オンリーワンだったら、競争もないし、安泰じゃ無いんですか?」
「そこが、変化する世の中の難しいところだ。古い例で、亜海ちゃんにはわからないかもしれないけど、昭和の終わり頃には、レコード針でオンリーワンの業績を誇ったナガオカという会社があったんだ。亜海ちゃんはレコードって知ってる?」
「ええ。でも、実際にはレコードの音って聞いたことが無いかな」
「だろうね。当時は、世界的に有名なサファイア針の企業だったんだけど、世の中が、レコードからCDなどのデジタル音楽へ移行する中で、結局、レコード離れの変化について行けず、会社としては解散してしまったんだ。もちろん他の事業への多角化を模索していたらしいけど、成果にならなかったと言われている。今でも、レコード自体は特殊な世界かもしれないけれど残っていて、ナガオカというブランドも残っているようだけど」
「そうかあ。オンリーワンでも、ニーズが無くなれば、当然衰退してしまうものね」
「このPPMというのは、企業が複数の事業をもって、自分でコントロールできない変化が起こっても、全体が影響を受けないようなリスク分散を行うという視点で考えられたものだと思うんだ」
「分散投資の考え方ね。でも、PPMの解説を見ると、金のなる木とか、負け犬なんていう刺激的な言葉で言われるのが、違和感を感じたんだけど」
「そうそう。分散投資の考え方だね。ポートフォリオというのが、投資した金融商品の組み合わせのことを指してるんだよね。これらをPPMでは、4つのマトリクスで表現している。それが、亜海ちゃんの言う金のなる木というような呼び方にしているんだ。まあ、開発したのがコンサルティングの会社だから、より注目を浴びるような言葉にしたのかもしれないけど」
「そうかもね」
「4つの象限はこうだよね。
(1)花形製品
(2)金のなる木
(3)問題児
(4)負け犬
これらは、二つの指標から分析されることになっているんだ。
一つは、市場成長率。これが高い事業か、低い事業かで見る。
もう一つは、相対的市場占有率の高低で見るんだ。市場占有率というのは、一般的にシェアと言われるからわかると思うけど、単純にシェアが高い低いと言っても、事業によって千差万別だから、相対的とついているんだ。具体的言うと、その事業の市場占有率1位の会社のシェア率をベースに、自社もしくは分析対象会社のシェアを割って百分率とするんだ」
「ごめんなさい。相対的市場占有率がよくわからなかったわ」
「ちょっと例を出すね。これがいいかな。ビール市場の売り上げシェアというのが見つかったよ。前年度のものかな。日本のビール会社と言えば、何があったかな」
「もちろん、サッポロね。後は、アサヒ、キリン、サントリーかな」
「そうだね。4大ビール会社でほとんどだからね。後は、沖縄のオリオンビールが若干でてくるかな。えっと、このデータによると、売上高シェアは、アサヒが35.2%、キリンが32.5%、サントリーが21.0%、サッポロが10.5%だね。ちなみに、オリオンも0.9%で出ているね。自分が好きなサッポロを例にとると、サッポロ10.5÷アサヒ35.2×100=29.8%というのが相対的市場占有率なんだ。これでみると、キリンは32.5÷35.2×100=92.3%、サントリーは、21.0÷35.2×100=59.7%となるね。
相対的市場占有率の高低を50%のところで区切ると、アサヒはもちろん、キリン、サントリーの3社にとっては、ビール事業は高いとなり、サッポロのみ低いという結果になると言える。ビール市場は結構極端かもしれないけど、競争環境自体は厳しいと言えるだろうね」
「ええー。サッポロって4位なんだ。一番おいしいのにね」
「そうなんだけど、味の嗜好やマーケティング戦略など、多くの要因で、順位は入れ替わっている業界ではあるよね。ところで、市場成長率についてもここにデータがあるよ。ビール業界の過去5年の伸び率は、−3.3%ということだから、間違いなく、市場成長率は低いとなる」
「そうすると、PPMでいうとそれぞれのビール会社でみるとどうなるの?」
「まず、全体で説明し直すと、(ここでは市場成長率を『成長率』、相対的市場占有率を『シェア率』とする)
(1)花形製品:成長率『高』、シェア率『高』
(2)金のなる木:成長率『低』、シェア率『高』
(3)問題児:成長率『高』、シェア率『低』
(4)負け犬:成長率『低』、シェア率『低』
となるので、相対的市場占有率を50%で評価とすると、アサヒ、キリン、サントリーが『金のなる木』となるが、サッポロにとっては『負け犬』ということになる。」
「負け犬って言う言葉が酷いわね。でも、負け犬になるとどうなるのかしら」
「基本的に、製品が生まれてから衰退するまでを製品ライフサイクルと言うんだけど、負け犬となるのは、衰退期となり、企業は、市場からの撤退を検討する時期とされているんだ。ただし、この考え方も、判断の一視点であると思うので、負け犬から花形や金のなる木になることも、多くの事業で起こっているので一概には言えないというのが最大の注意点だね」
「そうよね。負け犬なんて言われてしまったら、頑張る気力も無くなるわよ」
「そうだね。こんな分け方はしたくないよね。ただし、ある意味、古い事業から撤退する決断をする時には、一つの拠り所となるかもしれない」
「そういえば、市場成長率や相対的市場占有率の高低のボーダーラインって決まっているの?」
「いや、それも議論にはなると思うよ。この例では、相対的市場占有率を50%以上で『高い』としたけど、厳しく見ると100%以上、つまり1位企業以外は『低い』とする考えもある。ただ、その市場によって、考え方は変わると思うね」
(この説明は次回へ続く)
《1Point》
長くなってしまったので、途中ですが、次回とさせていただきます。
なお、文中、相対的市場占有率を%で書いています。私が昔書いたモノやたぶん原書でも倍率で書かれていました。この方がわかり易いような気がしたのと、まあ、同じことなので、百分率表記としています。
ちなみに、一位企業は、2位企業に対する倍率となります。つまり、今回の場合、アサヒが自社を評価する場合は、キリンとの率で評価します。この場合、倍率なら、1.08、百分率なら108%ということですね。
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