居酒屋で経営知識
100.知的資産経営報告書
【主な登場人物】 ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪 雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している 大森:みやびの常連 地元商店街の役員 近藤:みやびの常連 建設会社顧問 亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
「いらっしゃいませー」
縄のれんをくぐり、引き戸を開けると大将の声より先にアルバイトの亜海の声が響いた。
「やあ、ジンさん。毎度。やっと暖かくなりましたね」
「本当ですね。今年は春先になって寒い日が多かったですからね」
「よっ、亜海ちゃん。ジンさんは基本的にヱビスの生ビールだから、スッと出してくれよ」
「はーい」
大将もリズムを合わせるのに苦労しているようで、思わず笑みが浮かんでくる。
「大将もなかなか若い子を使うのがうまくなってきましたね」
「なあに、ジンさん。私が若くないみたいね」
いきなり由美ちゃんが奥から出てきた。
「由美ちゃん。そんなつもりじゃないよ。でも、今週から研修じゃなかったの」
由美ちゃんは、就職が決まり、5月から見習い待遇で研修を受けていると聞いていた。
「今日は、ここの近くの公共施設で研修だったの。早めに終わったんでちょっと寄ってみたんだ」
「由美先輩にいろいろ教えてもらってマース」
亜海がうれしそうに生ビールを持ってやってきた。
「由美っペには夕飯食べていけと言ってあるんで、ジンさん、相手してやってくれますか」
「なんか、まだ不思議な気分ですね。由美ちゃんがスーツ姿でカウンターに座っているなんてね」
「そうでしょう。私もついつい甘えてしまってねえ」
「私も、まだ座り心地が落ち着かないわ。亜海ちゃんにも、あれこれ言ってしまうし」
「仕事もまだ余裕があるみたいだね」
「えへへ。研修の内容がね、経理とかマーケティングの基礎知識とか、経営戦略なんてね、ジンさんに教えてもらったことばかりなんだ。今日は、SWOT分析とか、クロスSWOT分析の実習だったから、復習しているみたいだったの」
「へえー。新人の研修で、経営分析なんてやらせるんだ。そういえば、中途採用が多いんだったね。幹部候補生として考えているんだね」
「研修を通して自社の強みの整理をしているみたいね。講師の方も、外にいた人の目で見直してもらういいチャンスだって言ってたわ。そうそう。明日の最終課題が、『知的資産経営報告書』を作って言ってたの。知的資産って、目に見えない強みだってジンさんが言ってたわよね。注意点ってあるの?」
「二度びっくり。知的資産経営報告書ねえ。社会人経験者の中途採用だから、会社でも結構本気なのかもしれないね。自社の強みって、思った以上に自分たちでまとめるのは難しいものだからね」
「そう言ってたわ。今日は、そのために、SWOT分析なんかを徹底的にやって、明日1日でまとめるらしいの」
「うちの会社でもまだやってないからね。大事なのは、今の強みを発見するだけではなく、その強みを使って何を達成するかを明確にすることだろうね。会社の目的や具体的なビジョンを目指して活動するんだから、ただ、強みを持っているだけじゃ意味がないよね。強みを活用して、何を、どのくらいやるのかを目標化することも重要だ。その目標を、達成度を評価する指標にして、フォローアップにつなげるんだ」
「そうね。強みを見つけるだけじゃダメよね」
「もう一つあるよ。その強みをより強めたり、継承したりすることも目標とする必要がある。小さな企業では、強みを持っているのが特定のベテラン従業員だったりするから、その従業員がいなくなったら強みが無くなってしまうことになるからね」
「技術継承とか、教育方法も必要になるということね。バランスも大事なのね」
「そうそう。知的資産経営の報告書を見ているとね、バランススコアカードの視点を使っているように思えるね。前に勉強したよね。4つの視点があったはずだよ」
「バランススコアカードね。
(1)財務の視点
(2)顧客の視点
(3)業務プロセスの視点
(4)学習と成長の視点
って覚えているわよ。あ、そうか。それぞれの強みとその強みを評価する指標を設定すれば、知的資産経営の報告書になるということね」
「完璧。1つの見方としては使えると思うんだ。明日の研修でどんな報告書をつくるのか興味あるなあ。社外秘かもしれないけど、開示できる内容だったら教えて貰えるかな」
「もちろんよ。あ、ごめんなさい。亜海ちゃん、生ビールを2杯お願い」
「はーい」
新しい居酒屋みやびは着実に進み出したようだ。
(続く)
《1Point》
・知的資産経営報告書
経済産業省が進めている、財務諸表では表現できない企業の潜在力を認識し、活用する姿勢や指標を明示する報告書。
決算報告と一緒にしたアニュアルレポートとして出されているところも多いようです。
経済産業省の「知的資産経営ポータル」では、開示された企業の報告書を事例として掲示しています。
なお、バランススコアカードをフレームワークとして出しましたが、これは1つの考え方だと思います。
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