居酒屋で経営知識

79.知的資産経営とは

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「へい、いらっしゃい。毎度」

「やあ、ジンさん。待ってたよ」

 いきなり大森さんが立ち上がって迎えてくれた。

「大森さん、どうしたんですか。嫌な予感がするなあ」

「嫌な予感というのは聞き捨てならないなあ。まあ、お願い事はあるんで、水に流すことにしよう」

「大森さんも勝手なことを。ジンさんだってここへ仕事に来ている訳じゃないんだから、無理なお願いをしちゃいかんよ」

 大将も助け船を出してくれる。まあ、頼られるのは嫌いじゃないが。

「大森さん、ビールを一口飲んでからでいいですかね」

「そりゃ、もちろんだ。当然、奢るから何口でも飲んでから話を聞いてくれよ」

「うーん、後が怖いですが、まずはごちそうさまです。じゃあ、亜海ちゃん、いつもの!」

「はーい。おまちどおさま。エビスの生デース。伝票は大森さんね」

「気が気じゃないので、大森さんの話聞きながら飲みますよ」

「そう来なくっちゃ。また、例の商店街の連合会の経営講習がらみなんだよ」

 大森さんが会長をしている商店街も入っている連合会で、店主たちに経営コンサルタントが講習会を行っていることは聞いていた。経営が厳しいと言われている商店主たちが、結構頑張っているなあと感心していたところだ。

「それでな、今回の話ってのが、特許とか登録商標とかの話だったんだよ。商品の登録商標あたりならまあわかるけど、特許なんかは関係ない話だったけどな。まあ、それは良いんだが、その時の関連する話の中で雑談的に出ていたのが、ノウハウとか、社長の人脈とかいうのも資産として守るって言う話だったんだ。知的財産・・・じゃなくて、なんだっけなあ、似た言葉で、ほら、ジンさんが前に話していた学会の名前であったろ」

「ああ、知的資産ですね。知的資産経営の話をしていて、日本知的資産経営学会に入ったって話ですね」

「それそれ。そのコンサルの兄ちゃんがチラっと話をしたんで、俺の知り合いがその学会に入っていて、いくつもの会社を建て直しているんだって言ってやったんだ。そしたら、是非会わせて欲しいってお願いされてな。それで頼むよ」

「ジンさん、大森さんは、大見得切ってしまったらしいですよ。もちろん顧問契約をして経営を見てもらってるなんてね」

「ははは。いや、面目ねえ。若造が偉そうなんで、少しびびらせてやろうと思ったんだが、素直に会わせてくれって言うとは思わなかったんだ」

「そんなことならお安い御用ですよ。人と会うのは嫌いじゃないし、経営コンサルをしているならなおさら興味がありますよ」

「そうかい、それは良かった。おお、ちょうど来た来た」

「いらっしゃい。ははあ、あなたがコンサルタントの方ですか」

「はじめまして。大森会長にお世話になってます新田と言います」

「新田先生、まずは、ほら、この間話をした北野君だ。ちょうど今、話をして紹介していたところなんだ」

「北野と言います。初めまして。私はプロのコンサルタントじゃなくて、中小企業診断士の資格を持っていますが、民間企業のサラリーマンなんですよ」

「あ、中小企業診断士の先生だったんですか。私は、行政書士の資格で開業していまして、その関係で時々経営関係の講師をさせていただいたりしてるんです。今回は、知的資産経営に詳しいということでご紹介いただいたんです」

「あれ?行政書士の方も随分知的資産経営に取り組んでいますよね」

「ええ、そうみたいですね。実は、私の周りでは知的資産関係の方がいなかったんで、関係する本を読み出したところなんです」

「なるほど、まあ、立ち話もなんだし、座って飲みませんか」

「はい、失礼します」

 飲んでみると、なかなか良い飲みっぷりで、それだけで信用できそうだ。

「北野さんは、普段、会社のお仕事をされて、その合間に企業のコンサルをしているんですか?」

「そんな、しっかりというわけじゃなくて、知り合いには協力をしていると言うことです。最近は高校の先輩が社長をしている企業の社員研修を手伝ったりしましたが」

「すごいですね。その中で知的資産の指導もしているんですね」

「うーん、新田さん。知的資産の指導っていうことではないんですが、特に中小企業だとバランスシートに載らない無形の資産が競争力になっている場合が多いですからね」

「それはわかるんですが、それを経営の場面に表面化させるというのは難しいですよね。正直言って、中小企業診断士の先生と違って、行政書士は法律の専門家ですから、経営全般になると弱いところがあるんじゃないかって思っているんです」

「そこは、中小企業診断士でも一緒ですね。無形ですから、計るのが難しいので、観念的になってしまうんですよね。ノウハウっていう言葉がその典型で、経営的に考えるとノウハウが従業員個人にあるっていうことは強みでもありますが、その従業員がいなくなってしまうと強みを失ってしまうというリスクにもなります」

「そういうことですよね。そうすると、個人に付属している知的資産は何らかの方法で伝承することを考えなければいけないということですか」

知的資産の分類として、人的資産、構造資産、関係資産という3分類が有名です。先ほどの個人に属する知的資産が人的資産です。それに対し、個人がいなくなっても残る知的資産を構造資産と言います。組織文化となっているとか、データベース化されたもの、ノウハウをマニュアル化したものなどと言えるでしょう。関係資産というのは、企業のイメージとか、取引先との関係などです」

「人的資産が多い企業は、それをいかに企業の構造資産とするかという視点も必要ですね」

「新田さん、その通りです。さすがに勉強してますね。そのため、まずは、何が企業の強みとなっている知的資産なのかというのを明らかにする必要があります。その第一歩として、知的資産経営報告書を作成して、経営者や経営層、そして従業員が自分たちの強みの源泉はなんなのかを認識するんですね」

「なるほど。知的資産経営報告書を作成することがスタートということですね」

「そうです。報告書を作る過程で、今まで認識していなかった強みに気づくこともあるし、逆に、強みと思っていたことがそうでもないと気づくなんてこともあるようです。議論の元にできるだけでも効果はあると思いますね」

 
(続く)


《1Point》
・無形資産の分類

 無形資産にはバランスシートに載るものの他に、今回のテーマとなった知的資産・知的財産などがあります。
 
 これらをイメージ的に分類すると、まず、明確な知的財産権(特許権、実用新案権、著作権等)があり、権利化されていなくても、ブランドや営業秘密などを含んで知的財産と総称します。
 
 それらに加え、小説内で出てきた人的資産や組織力、明確な経営理念、ネットワークなど、企業の競争力の源泉になるものを総括して知的資産としています。
 
 それ以外に競争力の源泉ではないが、無形の資産(借地権、電話加入権などB/Sに載るもの)もありますので、これらの総称として無形資産となります。
 
 以下がイメージです。下の分類を含んだものが上に向かいます。
 
 無形資産
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 知的資産
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 知的財産
   ↑
 知的財産権