居酒屋で経営知識

59.知的財産権

(前回まで:みやびでイノベーションを学ぶというとんでもない?状況になっていました。)

 通勤の電車が空いたと思ったら夏休みの時期になっていたんだ。
 
 外回りの営業にとっては、効率が悪くなる傾向がある時期でもある。
 汗だくで顧客のオフィスに入るわけにはいかないので、早めに出かけて、近所の喫茶店などで充分汗を引かせたりするわけだ。
 
「いやー、あっついなあ」

「ジンさん、いらっしゃい。ホント、暑いですねえ。今日は直帰ですか」

「会社になんて帰る気にもならないよ。お客もこの時期は交代で夏休みを取ったりするから、報告する内容も少ないしね」

 みやびの中は相変わらず賑わっていた。やはり、ビールにありつきたい輩達が飛び込んできているという感じだ。 

「やあ、ジンさん、良いところへ来た」

 建築資材なんかを扱っている商店街の顔役、大森さんがカウンターから声をかけてきた。

「大森さん、お久しぶりです。良いところって、やっかいな話じゃないでしょうね」

「いやいや、生ビール一杯くらいの内容だから、どうだい、まずは奢らせてくれ」

「うれしいですけど、怖いなあ」

 さっそく由美ちゃんが大森さんのお代わりのジョッキと一緒に運んできた。
 
「はい、どうぞ。本日もお疲れ様でした」

 由美ちゃんの合図で乾杯をした。

「やっぱりヱビスの生だねえ。夏もビールがあったから過ごせるようになったんだろうね」

「ジンさんも極端なことを言うねえ。でも、今日みたいな日には、仕事を終えた後の一杯は欠かせないのは確かだ。ところで、教えて欲しいことがあるんですよ」

「生ビールの縛りがありますから、精一杯考えますよ」

「実は、ええっと、知的財産ってやつのことなんですよ」

「知的財産って、特許権とかの話ですか?」

「あ、特許かい。それすらわからなかったんだよね。先日、取引先から、その知的財産権の侵害を訴えられたって泣きつかれたんだけど、なんの話かわからないんで、メモだけとって早々に切ったんですよ。だけど、商店街の奴らに聞いてもちんぷんかんぷんだったんで、ジンさんに聞こうかって待ってたんですよ」

「知的財産って言ってもいろいろありますからねえ。代表的なのは特許ですけど、訴えられた人もわかってないんですね」

「そうだと思うよ。でも、特許だったら特許って言えばいいのにややこしいなあ。特許の他にも似たようなものがあるんですか」

「代表的なものには、特許権の他に、実用新案権、意匠権、著作権、商標権なんかが知的財産権って言っているものです」

「それなら、聞いたことがあるなあ。知的財産ってのは、ひっくるめた総称ってことですかね」

「そう言うことですね」

 生ビール一杯の質問としては、得をした気がするので、もう少し説明しておこうか。
 
「大森さんは、特許と実用新案の違いとか、意匠権と商標権のことは詳しいですか」

「ははは。ジンさんも人が悪いねえ。そんなこと、知っているわけがないじゃないか。取扱の契約で時々文言はみるけど、直接関係があったことはないねえ」

 何気なく由美ちゃんが隣に座っている。

「ねえ、ジンさん、違いとか教えてくれるんでしょ」

「大森さんに生ビールのお礼くらいはしないとね。特許権と実用新案権の違いは、簡単に言うと、特許が大発明で、実用新案が小発明と思っておけば間違いないですね。特に違うのは、特許は登録まで長い時間がかかることや費用も高く、審査も厳しいと言うことです。どちらも自然の法則を利用した技術的な創作であることが前提だし、登録するための要件も一緒ですね。(1)産業上利用できるもの、(2)新規性があること、(3)進歩性があること、(4)先願がないこと、の4つなんです。ただ、『高度なもの』が特許であると言っているので判断は微妙なところもあるんですけど」

「大発明だと考えて、費用や時間をかけて登録をするのが、特許権で、それほどではないのが実用新案ってところね」

「そのとおりだよ、由美ちゃん。付け加えると、特許権は出願の日から20年間権利が保護されるけど、実用新案権は10年となっているから短期決戦向きかもしれないね」

「意匠権とかも知的財産って言ってたね」

「意匠権はものの形とか模様、色彩のデザインなどを保護するもので登録日から15年間権利を保持できるものです。商標権は商品等に付けるマークなどだからわかりやすいですね。ただ、意匠権は15年で権利が切れるけれど、商標権は10年ごとに更新していけるという違いがあります。これは、会社のトレードマークですから、更新できないと大変なことになりますから当然ですよね。それに対して、著作権はその作者の死後50年間保護するというもので、特殊かもしれないですね」

「なるほどね。でも、うちは知的な商売をしているわけじゃないからお呼びじゃないね」

「大森さん。ところが、最近はそうも言っていられなくなっているんですよ。模倣品が横行しているので、普通の商店なんかも気をつけないと仕入れた商品が、違法な模倣品だったりすると押収されてしまいますし、仕入管理などを問われたりしますから、ある程度の知識は必要ですよ。違法な商品を売ったということになれば、会社の信用も落ちますし、賠償請求の可能性だってありますからね」

「うわー。それは困るなあ」

「そうそう。海外で買ってきたバックが偽物だって、成田で取りあげられたって怒ってた人がいましたよ。別に自分で使うんだからいいだろうって」

「それが問題なんだよね。わかっていて偽ブランド品を買う人が増えれば、当然、闇ルートが出来上がり、正当な商売をしている人がバカを見る社会になってしまう。それでは、良いものを安くしようとか、より良い製品にしようということが無くなって、そのツケは自分たちに戻ってくることになる。だから、知的財産権という形で、きちんとしていかなければいけない時代になっているんだね」

《1Point》
知的財産権:人間の幅広い知的創造活動の成果について、その創作者に一定期間の権利保護を与えるようにしたもの。
 1つの法律ではなく、様々な法律で保護されています。
 
知的財産権の種類】
○知的創造物についての権利(創作意欲を促進する)
・特許権(特許法):発明を保護、原則出願から20年
・実用新案権(実用新案法):物品の形状等考案(小発明)を保護、出願から10年
・意匠権(意匠法):物品のデザインを保護、登録から20年
・著作権(著作権法):文芸・芸術などを保護、死後50年
・営業秘密(不正競争防止法):ノウハウや顧客リストなどを盗用することを規制
・その他:回路配置利用権、育成者権(種苗法)などがある

○営業標識についての権利(信用の維持)
・商標権(商標法):商品・サービスに使用するマークを保護、登録から10年だが更新できる
・商号(会社法、商法):商号を保護
・商品等表示・商品形態(不正競争防止法):似た表示をしたり、模倣品や間違えることを意図したものを規制

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