(4)ドラッカー名著集2 現代の経営[上]
  マネジメントとは、事業に命を吹き込むダイナミックな存在である
  序 論:マネジメントの本質
    第1章:マネジメントの役割
    第2章:マネジメントの仕事
    第3章:マネジメントの挑戦
  第Ⅰ部:事業のマネジメント
    第4章:シアーズ物語
    第5章:事業とは何か
    第6章:われわれの事業は何か
    第7章:事業の目標
    第8章:明日を予期するための手法
    第9章:生産の原理
  第Ⅱ部:経営管理者のマネジメント
    第10章:フォード物語
    第11章:自己管理による目標管理
    第12章:経営管理者は何をなすべきか
    第13章:組織の文化
    第14章:CEOと取締役会
    第15章:経営管理者の育成
ドラッカーの言葉該当ページと独り言
マネジメントとは、組織体に特有の機関である。USスチールやイギリス石炭公社などの組織体が、新工場の建設を決定したとか、労働者をレイオフにしたとか、顧客に対してフェアであるというとき、それはマネジメントの決定や行動や姿勢を指していっている。組織が決定し、行動し、ある態度をとるということは、マネジメントがそれらのことを行うということである。組織だけでは、何ら意味あることを行うことはできない。P6
最初に言っている。実際には、マネジメントに対する無理解が問題だと。
誰かではなく、何をについて明らかにすべきだ。
マネジメントは、単に経済の中に投げ出された一存在ではなく、経済を自らつくるものである。マネジメントは経済環境の主人公として、意識的かつ目的的な行動によってその環境を変えるかぎりにおいて、真にマネジメントをしているといえる。したがって、事業のマネジメントとは目標によるマネジメントである。P14
行き当たりばったりの対症療法は、当然ながらマネジメントの欠如。
われわれが利用できる資源のうち、成長と発展を期待できるものは人だけである。P15
人に焦点を当てないと成長はない。人を成長させることを考えずに利益だけを目指したとき、マネジメントが途絶える。
「マネジメントとは何か、何をするものか」という問いに対する答えは、事業、経営管理者、人と仕事のそれぞれをマネジメントする多目的の機関であるという答えしかない。これらのうちいずれを欠いても、もはやマネジメントはない。企業もない。そして産業社会もない。P22
正直言って、経営論の言葉はカタカナか、訳語が多く、直感的に理解することが難しいと思う。マネジメントも同様だ。
リスクの語源がアラビア語の「今日の糧を稼ぐ」であることは偶然ではない。P60
イタリア語では「勇気をもって試みる」
また「絶壁の間を敢えて船で通り抜ける」という語源もある
ジーニアス英和辞典「みずから覚悟して犯す危険」
「われわれの事業は何か」という問いに対する答えは、事業の外部、すなわち顧客や市場の立場から事業をみることによってのみ得られる。P65
内部ばかり見てしまうことを「大企業病」と言って、研修でも何度も教えられた。でも、我が会社はまったくもって「大企業病」のチェックリストに当てはまっている。
顧客は誰かP67
顧客を忘れている
例えば、事業の目標として利益を強調することは、事業の存続を危うくするところまでマネジメントを誤らせる。今日の利益のために明日を犠牲にする。P82
!!!
売りやすい製品に力を入れ、明日のための製品をないがしろにする。研究開発、販売促進、設備投資をめまぐるしく変える。そして、何よりも資本収益率の足を引っ張る投資を避ける。そのため、設備は危険なほどに老朽化する。言い換えるならば、最も拙劣なマネジメントを行うように仕向けられる。同上
目標とは
(1)なすべきことを明らかにする
(2)なすべき事をなしたか否かを明らかにする
(3)いかになすべきかを明らかにする
(4)諸々の意志決定の妥当性を明らかにする
(5)活動の改善の方法を明らかにする

利益の最大化という昔ながらの目標は、これら5つのことのすべてはおろか、そのいずれも満たすことができない。ゆえに目標として失格である。
P83
ドラッカーは利益の最大化は目標として失格であると明言している。
そして、我が社は・・・・・
市場地位について目標を設定するには、まず初めに、「何が自らの市場であるか」「誰が顧客であるか」「どこに顧客はいるか」「何を顧客が買うか」「何を顧客は価値と見るか」「顧客の満たされていない欲求は何か」を知る必要がある。そのような検討に立って、自らの製品とサービスを顧客の欲求との関連に照らして分析する必要がある。P90
同じ製品であっても、市場をどこにするかで全く別のものになるという。技術が規定しない。顧客が、市場が規定する。
第一に、利益には時間的な要素を入れる必要がある。そもそも、何年間にわたってのことであるかを明らかにせず、利益率だけをいってみても、意味がないばかりでなく間違いのもとになる。P105
そうだ!決算だけを捉える考え方が変わらないと後ろ向きにしかならない。
「事業年度という暴君」から自らを解放しないかぎり、合理的な事業のマネジメントは行えない。P106
年度の決算がすべてとなっていないか。
事業存続のためのコストのうち、統計的なリスクは1つだけである。すなわち設備更新のコストである。P108
減価償却や引当金は現実には利益だと思うのだが。
投下資金利益率も一応の意味はもっている。しかし、それはあらゆる尺度のうち最悪のものである。尺度としてはほとんど際限なく伸縮自在である。そもそも投下資金とは何か。P108
会計上の数字と経営判断をするときの尺度とは違うと思っている。
そのような定義は、何よりも技術的な陳腐化を助長する。あまりに古くなり、したがって償却済みとなった設備が、はるかに低いコストで生産している新しい設備よりも帳簿上大きな利益を上げているかに見えるからである。P109
帳簿の数字が判断を誤らせる。
この生産システムでは、意志決定や調整はトップよりもはるか下のレベルで行った方がよい。製品を設計する技術者と、製品を生産する工場の人間、さらにはその製品を販売する営業の人間との間で緊密な連携が必要である。P146
どこで意志決定をするか。権限委譲が効果的に行われているかどうかが問題だ。
今日、機能別部門の経営管理者が、企業への貢献ではなく、専門家としての基準によって自らの仕事を評価しているケースがあまりに多い。P168
部門で優秀だった人を昇進させていった結果、専門的知識ではなく、マネジメント能力を要求していることを忘れてしまう。
相互理解は、下へのコミュニケーションによって得られるものではないし、下に向けて話すことによって得られるものでもない。上へのコミュニケーションによって得られるものである。それは、上司の耳を傾ける姿勢と、部下の声が伝わる仕組みを必要とする。P179
上司に耳を傾け、部下へ伝えるという日常的な姿を否定している。なるほど。
正しい組織の文化を確立するには、行動規範として次の5つが求められる。
(1)優れた仕事を求めること。劣った仕事や平凡な仕事を認めないこと。
(2)仕事それ自体が働きがいのあるものであること。昇進のための階段でないこと。
(3)昇進は合理的かつ公正であること。
(4)個人に関わる重要な決定については、それを行う者の権限を明記した基準が存在すること。上訴の道があること。
(5)人事においては、真摯さを絶対の条件とすること。かつそれはすでに身についているべきものであって、後日身につければよいというものではないことを明確にすること。
P202
厳しい。しかし、考えさせられる。
経営管理者が必要とする安定とは、優れた仕事を行っているという自覚と、その仕事ぶりが認められているという認識に基づくものでなければならない。P203
常に高い向上心と真摯さを必要とする。
しかしフォードのトップマネジメントは、成果をあげられない仕事にはつかせないという方針とともに、旧体制における経歴を罰することはしないという方針をとった。そしてこの方針を貫いたことが、その後の急速な再建をもたらした。P205
経営管理者として無能であることが判明したとき、トップはどうするのか。明確な方針を貫いている。
弱みそのものは、通常誰の目にも明らかである。しかし弱みにはいかなる意味もない。P208
ドラッカーが何度も繰り返す。強みを生かすことだけが組織の意味だと。
しかしリーダーシップは、創造できるものではない。

しかし、マネジメントがリーダーをつくることはできない。

したがって、企業が生産的な存在として一体性をもつうえで必要な組織の文化を実現するために、リーダーの出現を頼みにすることはできない。
P220~P221抜粋
仕事とは論ずべきものではなく、実行するものである。P22
リーダーシップとは、人を惹きつける資質ではない。そのようなものは煽動的資質にすぎない。リーダーシップとは、仲間をつくり、人に影響を与えることでもない。そのようなものは営業マンシップにすぎない。
リーダーシップとは、人の視線を高め、成果の基準をあげ、通常の制約を超えさせるものである。
P222
リーダーシップとは。
「望むだけでは手に入りません。実行しなさい」とのこと。
「ボトルネックはボトルのトップにある」P223
皮肉としての比喩ではない。トップマネジメントを超えることはない。つまり、トップがすべてを握っていることを忘れないということだ。
自分が専門としてきた馴染みの機能別部門の仕事にかじりつくCEOの数は、気色が悪くなるほどの多い。P229
なるほど。さすが、世界一の観察者。
まさに主将の強みが、チームのほかのメンバーの強みとなる必要がある。つまるところそれが力を発揮する強力な主将の条件である。彼はベンチからサインを送る監督ではなく、自ら試合に出るプレーイングマネージャーなのである。P245
実感。それこそがチームを動かす権限を与えられるものだ。