居酒屋で経営知識

89.損益分岐点分析

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。
新田:大森さんの紹介で知的資産経営を指導している。行政書士

「へい、いらっしゃい。毎度」

 節電の夏は汗との付き合いが長くなる。

「さすがに暑いですね。ビールにはいい季節ですが、営業には応えますよ」

「ジンさん、はい、おしぼり」

 亜海ちゃんが生ビールと一緒に持ってきてくれた。

「おおー。冷たい。イヤー気持ちいい」

「今一番喜ばれるのは冷やしたおしぼりですね。ジンさんも、こっちの方が涼しいですから」

 エアコンの温度が高めに設定されているせいで、扇風機の風が当たる場所が特等席になっているようだ。

「大将。ダメだ。エアコン設定変えさせてもらうよ」

「雄二、いつの間に入ってきたんだ。節電設定だから勝手に変えるなよ」

「ジン。今だけだ。まずは、一気に冷やさないと頭が爆発しそうだ」

 雄二がテーブル席の天井にあるエアコンのリモコンをいつの間にか持ち出し冷やしだした。

「雄二。診断士の試験日は今週末だったんじゃないか?飲みに来ていていいのか」

「いや、だから気分転換で爆発しそうな頭を冷やしに来たんだ。もう、バタバタしても始まらんし」

「ちょっと心配だなあ。まあ、軽く気分転換するというのなら付き合うぞ」

「当たり前だ。そのためにここへ来たんだ。まあ、一度頭を冷やしたら試験モードに戻すから待ってろ」

 天井エアコンの下で生ビールを飲み干すとやっと戻ってきた。

「ジン。猶予はあと二日だ。ジンの勘でいいからポイントを話してくれないか」

「おいおい。中小企業診断士の1次試験は範囲が広すぎて、もう覚えていないよ」

「そうなんだよ。だからいくらやっても不安になるんだ。気休めでいいから何か出てこないか?」

「うーん。随分切羽詰まっているなあ。雄二らしくないぞ」

「それだけ、本気だってことだよ。まあ、今夜はちょっと気分転換して、あと2日は仕事を休むつもりなんだ」

「お、社長は無休だったはずだが。と、ここで茶化しても仕方が無いな。こんな時は、わかりやすいものを整理するといいかもしれない。特に、財務分析とか指標なんかは、2次試験で必ず出るからやってみるか?」

「よっしゃ。そう来なくっちゃ」

 枝豆を口に放り込みながら、生ビールを味わいながら、ふと思いついたのは損益分岐点だった。

「それじゃあ、社長としても知っていなければいけない損益分岐点売上高の基本公式はなんだった?」

「損益分岐点売上高だな。それならあれだ。固定費を限界利益率で割るんだったな」

「ご名答。では、限界利益率を式で表すと?」

「1-変動費率。となると変動費率を質問するんだろう。それは、変動費÷売上高だ」

「さすが。では、限界利益とは?」

「売上高-変動費」

「そうだな。限界利益率=限界利益÷売上高
の方を基本の式にしておけば慌てないですむかもしれない。この式の方が自然だろう。売上高に対する限界利益ということで限界利益率。限界利益を分解すると(売上高-変動費)だから、当てはめると(1-変動費率)が出てくる」

「なーるほど。応用が利くようにしておいた方がいいということだな」

「それと出やすいのは、目標利益を達成するための売上高の公式だ。これはどうだ?」

「目標利益達成売上高だな。うーん。固定費と変動費・・・限界利益。あれ?どうだったっけ?」

「目標達成売上高=(固定費+目標利益)÷限界利益
これは、暗記しておいた方がいいな。理屈を考え出すと時間が無くなる」

「そうかそうか。突然言われるとでてこないなあ」

「試験では言い訳が効かないから覚えるところは素直に覚えておくことだ」

「よっしゃ。これが出たらジンにビール一杯だな」

「もう一つ。よく考えればわかるけど、損益分岐点を引き上げる方法を3つ上げよ」

「ん?ああ、まずは、(1)固定費を圧縮するだな。それと(2)変動費率を下げる、(3)売上高を上げる、か?」

「(3)の売上高というのは公式上はそうかもしれないが、現実の方法とすると(3)販売価格を上げると考えた方がいいだろ
う」

「あ、そうか。売上高を上げるというと方法が複雑になるか。なるほど。これもうっかりする点かもしれないな」

「この辺が出たら、中トロの刺身だな」

「ちょっと待てよ。さっきから一つ毎に一品つけていったら、聞けば聞くほど不利になりそうだな」

「合格か、僅かなお礼かの選択じゃないか」

「どうも、最近のジンはせこくなったような気がするなあ」

「せこいんじゃないよ。無料だとお互い緊張感がなくなるということだ」

「まあ、そういうことにしておくか。大将。頭にシャキッとする酢の物でも頼むよ」

「ハイハイ。もずくとキュウリの黒酢漬けでいいですかね」

「おお、それそれ。調子が出てきた。ジン。やれそうな気がしてきたぞ」

「うん、その調子だ。諦めないことが勝利の方程式だ」

(続く)


《1Point》
損益分岐点分析の公式

損益分岐点売上高=固定費÷限界利益

限界利益率=限界利益÷売上高

限界利益=売上高-変動費

目標達成売上高=(固定費+目標利益)÷限界利益

この辺を覚えておけばいいでしょう。