居酒屋で経営知識
92.戦略的考え方
【主な登場人物】 ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 大森:みやびの常連 地元商店街の役員 近藤:みやびの常連 建設会社顧問 亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。 新田:大森さんの紹介で知的資産経営を指導している。行政書士
「いらっしゃい。ジンさん、毎度」
まだまだ残暑が続いている。こんな日はやっぱり生ビールが欠かせない。
「はーい。ジンさん、生一丁でーす」
「亜海ちゃん、サンキュー。うまいなあ。それにしても、良く焼けてるね」
「夏ですから。実家が海の近くなんで、帰省中は毎日半日くらいは海で横になってたんですう」
「へえ。いい環境だね。海へ行って何をしてるの」
「えへへ。ほとんど本を読んでるんです。割と人が少ない場所があって、朝一でそこにサマーベッドとタープをセットして、1時間くらいは静かなので本を読むようにしているの。人が出てきたら、海に入ったり、身体を焼いたり。海の家にも親戚がやっているところがあるので、あんまり忙しいと手伝ったりね」
「いいなあ。海を満喫しているね。来年はみんなで行ってもいいかな」
「もちろんです。海の家をやってる親戚が、ペンションもやってるんで是非泊まってください。楽しそう。夜は砂浜に面した庭でバーベキューやりましょうよ」
「そりゃいいね。今年、雄二や由美ちゃんが試験に通っていればバッチリだ」
「やったー。早く来年になって欲しいなあ」
「それは気が早すぎるよ」
そういえば、最近海にも行ってないなあ。
「いらっしゃーい。鳶野さん、お疲れですねえ」
「おお、雄二か。どうした」
「まあ、まずは生を一杯くれ。暑すぎるぜ」
亜海ちゃんが慌てて生ビールを準備している。
「今日も2次試験対策講座に顔を出してきたんだが、どうもすっきり来ない。俺の実務感覚と試験対策ではギャップが大きすぎるのかもなあ」
「そうか。試験問題の解答として考えるとそうかもしれないな。俺も、模擬試験や過去問の受験指導校の解答解説には振り回されたよ」
「そうだろう。ジンが前に言ってたよな。学校の講師は、自分のブランドを作るために偏ってしまうことがあるってな。それが見えてきてしまうんだ」
「まあ、それはどこでも一緒だから振り回されず、とにかく、一つの事例をどう見て、どう回答として用紙に記入するかに絞った方が良い」
「ジンの指導だけでやった方が良いんじゃないかと思うことすらあるんだ」
「それは買いかぶりだよ。俺だって、2次試験は未だによくわからないんだから。ただ、チェックポイントはあるから、それはこれからもメールなり、会った時になりに何度も伝えるようにするよ」
「頼むぞ。これからは、頻繁に頼む。毎日落ち込んでいるからな」
「せっかくだから、由美ちゃんや原島さんの会社のメンバーとお互いの回答を採点し合ってみるのもいいぞ。人の回答を評価することで、自分に見えていないところに気づくことが多い」
「なるほど。できれば、ジンに音頭を取って欲しいんだが」
「そうだな。みんなの進み具合もあるから、過去問を使ってやってみるか」
「それはありがたい」
「せっかくだから、今日のチェックポイントいこうか」
「おお、頼む」
「まず、大前提だ。事例の経営環境に対し、これからの戦略的な方向を書かせるものは、戦略策定の基本に従うことを忘れないことだ」
「あ、あれか。構造的なフローだな。でも、あのフローを順番にやっている余裕はないぞ」
「もちろん、時間の制約はあるから、基本の基本だ。まず、すべての事例において、始めにやるのは、SWOT視点での分析だ。余裕がありそうなら、SWOTの表にしてもいいくらいだが、とにかく、強み・弱み・機会・脅威について、もれなく抽出することが必須だ。その上で、戦略ドメインを考えるということになる」
「戦略ドメインというのは、Who-What-Howだな」
「そうそう。自社の戦う場所を明確にするということだ。Who:顧客はだれなのか。What:顧客に提供する商品・サービスは何か。How:それをどうやって行うかだが、これが強みや差別化ポイントになると言う点を忘れるなよ」
「それは、必ず、余白の一番上に三角形に配置して書くようにしている」
「うん、そのやり方がいいだろうな。そして、戦略的な回答においては、(1)市場細分化と(2)製品差別化を意識することでまとめるといいだろう」
「市場細分化というとターゲットを小さく見ろということか?」
「そうだな。とにかく、細分化して注力する市場を明確にすることが重要だ。その上で、差別化できる商品・サービスを提供することを意識するようにするといいだろう」
「でも、時々、市場細分化で失敗する事例があるよな」
「それは、気づくことが重要で、たぶん、設問がその失敗を明示してくれるから、対策などは別の切り口で回答できるだろう。俺の受験した頃だから随分前だが、年齢で市場を細分化して複数のブランドを展開しようとしたが、カニバリズム(※)を起こしていることを書かせる設問があった。だからといって、年齢で切ったものを新たに違う条件で細分化させるような問題にはなっていなかった。主要なブランドの強化で対策をする方向だった。つまり、素直に設問に従えば、方向性は修正されるから心配しなくていいと思う」
「まあ、それを信じるしかないな。(1)まず、環境分析をする(SWOT)。(2)ドメインを明確にする(だれに・何を・どのように)。(3)市場細分化と製品差別化を考える。ということだな」
「オッケイだ。どの事例でもこの形が基本だから忘れないことだ」
「了解。忘れないうちにもう一杯飲んどくか」
「ビールに記憶させているのか」
「そんな記憶術があってもいいな。すぐ飛びつくんだが」
「それは、俺も乗った。ま、改めて乾杯!」
(続く)
《1Point》
・戦略的な回答の留意点
(1)経営環境を分析する
(2)戦略ドメインを明確にする
(3)市場細分化と製品差別化がキーポイント
中小企業診断士の2次試験は、企業の診断・提案そのものと考えていいと思います。つまり、試験を受けるのではない人でも、自分の仕事を見直したり、会社のやり方を見直す際に重要な視点です。
環境は変化します。同時に、顧客のニーズが変化しますので、現実の事業においては、変化に対応するという視点が一番重要だと思います。
(※)カニバリズム
元々は人が人を食うということを言いますが、自社の新しい製品が既存の製品と競合することなどをさします。高級ブランドが高い年齢層をターゲットにしているため、若者向けに安い兄妹ブランドを作ったところ、高級ブランドのユーザーの一部が安いブランドへスイッチしてしまうことなどがあります。
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