居酒屋で経営知識

60.弁証法

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「いらっしゃい。ジンさん、毎度」

 きれいに清められた縄のれんの入り口を入るといつものだみ声が迎えてくれる。ホッと安らぐひとときの始まりだ。
 
「今日は由美っペも来るって連絡ありました。何でも、アメリカ留学中の沙知さんからの話があるようですよ」

「昨年クリスマスカードをもらったんですが、今年の夏前で卒業ですね」

「早いもんですね。あの事件から3年ですからね」

 長井沙知は、2年前MBA留学で米国へ旅立った友人だ。由美ちゃんとは日常的にメールのやり取りをしている。
 
 ビジネススクールで学んだことを由美ちゃんに伝えることで復習をしていると言っていたので、お互いいい勉強相手になっているんだろう。

「お、由美っペ。ジンさんは既に到着済みだよ」

 由美ちゃんがストーブに向かう。

「寒いわね。亜海ちゃん。私、熱燗お願い」

「はーい。由美先輩、最近日本酒専門ですね」

「こう寒いとまずは身体の中から温めないと元気が出ないの」

「由美ちゃんもオヤジ化してきたんじゃないの」

「ジンさんったら。私が日本酒党になったのは、ジンさんのせいですからね」

「それは否定できないなあ。そういえば、沙知さんから何か連絡あったんだって?」

 いつものカウンターに並んで座りながら、ビールと日本酒で乾杯した。
 
「ええ。1月から5月が最終学期になるらしいんだけど、卒業に向けての個人テーマについてジンさんにも話して欲しいって言ってきてるの」

「最終かあ。MBAの授業ってどんななのか興味あるなあ。大変なのは間違いないらしいけど」

「そうね。大変そう。私には無理ね。ところで、沙知の個人的興味らしいんだけど、弁証法とドラッカーの思考について考えているらしいの。ジンさん、何かピンと来る?」

弁証法?うーん、ヘーゲルとか、マルクスを思い浮かべるくらいだなあ。高校の授業で習ったんじゃないかな。それが、ドラッカーと関係があるって言うの?」

「ええ。ジンさんでも知らないことがあるんだ。なんだかうれしいわ。じゃあ、私の聞きかじりだけど、沙知の考えを話してあげるわ」

「先生。よろしくお願いします」

 由美ちゃんが本当にうれしそうだ。それにしても、弁証法ねえ?

「まずは、ジンさん。弁証法の理論について知っていることはある?」

「うーん。やっぱりヘーゲルだったと思うけど、正・反・合という言葉くらいかな。確か、物事には必ず矛盾を含んでいて、それを妥協ではなく本質的に統合するという考え方だった気がするけど、やっぱりよくわからない」

「わからないって言いながら、正・反・合とか矛盾なんて言ってしまうのね。そこくらいが覚えてきたところだったのに」

「まあ、一応私学受験では哲学科を目指したこともあったから、受験勉強レベルだけど。でも、ドラッカーと繋がると言うのはどういう話?」

「あ、ええっと。たとえば、ドラッカーのゼネラルモーターズについて書いた『企業とは何か』で、社長のスローンが全会一致の会議を認めず、反論が出るまで決定を先延ばしにするって言う話があったわよね」

「うん。人はそれぞれ違った現実を見ているから、それらをできる限り検討すべきだっていうところだね」

「そうそう。それと、イノベーションの機会のところで、変化を機会として見つけ出すという話もでていたわ。それらは、弁証法的な考え方から来ているんじゃないかっていう仮説を立てたって言っていたわ」

 イノベーションは、確かに変化などによって出来る複数のニーズに応えるための活動から生まれると言えるかもしれない。
 
 全会一致を認めないという考えも、物事には必ず矛盾を内包するという点を重視すれば、違った見方について検討せずに決定しないという行動の理由と言えなくはないかもしれないな。

「なるほど。イノベーションという考え方やマネジメントの問題解決の方法にとって弁証法的な考え方が取られているというのは面白い仮説かもしれないね」

「よかった。沙知も喜ぶわ。うまく伝わるか心配だったから」

「やっぱり、体系的に学んでいるのはすごいことなんだね。俺もMBAを目指したくなったよ」

「でも、沙知がよく言うの。確か、ミンツバーグって言う人が、『MBAが会社を滅ぼす』っていう本を書いているらしいんだけど、理論だけのMBA重視は問題だって」

「なるほど。沙知さんもそれをわかって学んでいるんだったら問題ないだろうね。この前のリーマンショックの時にも随分と議論されていた。ただ、日本ではMBA保持者だと言って企業で特に取り立てられるということがないという逆の面での問題もあるかもしれないね」

「やっぱり、頭だけじゃあだめってことね。実学にしなくちゃね」

「そうだね。沙知さんや由美ちゃんのように素直に疑問を持つことが一番大事だと思うよ。これからは知識社会だけど、理屈だけの知識ではなく、行動と成果に繋がる知識をいかに持つかだね」

 キクマサの熱燗にして、由美ちゃんと沙知さんの噂話で夜が更けていった。

(続く)


《1Point》
弁証法

 哲学的な思想となっていますので、深入りすることはやめておきます。
 
 今回、弁証法と言うテーマを取り上げたのは、個人的に受けているある講座で、弁証法による考え方がテーマとして出され、まさにドラッカーの思想に通じると感じたことからです。
 
 たぶん、考え方の一つの理論なので、共通点があるのは当然なのかもしれませんが、改めて整理しようと思っています。
 
 この講座は、得た内容をどんどん外に発信することを推奨していますので、気づきについて今後シェア出来ればと思っています。
 
企業とは何か」ドラッカー名著集11
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「MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方」ヘンリー・ミンツバーグ
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