居酒屋で経営知識

61.店舗戦略「立地環境」

(前回まで:由美ちゃんから店舗戦略の基本を教えて欲しいと言われその気になりました。勉強会のテーマとするつもりです)

「・・・ここがジンさんのマンションなのね。鳶野さんが来てるって言ってたけど、やっぱり、ちょっとドキドキよね」

 由美は、週末、ジンの誘いを受けて、自宅での勉強会にお邪魔することにした。
 夜は花火大会へ行くというので、ゆかたを来てきたのだ。
 
「雄二も着いてるよ。そのまま上がってきて」

 エレベーターに乗り込むとき、小さな子供連れの母親にジロジロ見られたような気がした。

「いらっしゃい。おおー。やっぱり、ゆかたはいいねえ」

「鳶野さん、大げさよ。ちょっと、恥ずかしいわ」

「由美ちゃん、似合うよ。勉強会なんて野暮だなあ」

「ダメよ、ジンさん。しっかり勉強してから、遊びに行きましょう」

「ジンも、しっかり者の由美には勝てないなあ。俺がお邪魔虫じゃなきゃいいがな」

 ジンさんの部屋は、2DKで、今、10畳ほどのダイニングのテーブルに座っている。
 ドリップ式のコーヒーを淹れ終わると正面にジンさん、右隣に鳶野さんが座った。
 
「それじゃ、いつまでも由美ちゃんの鑑賞会を続けてると叱られそうなんで始めようか」

 ジンさんが、そう言いながら、テーブルの真ん中にA3の用紙を広げた。そこには、『店舗戦略構築の流れ』と書かれていて、いくつかの箱と矢印でフローのような絵となっていた。

「これが、大雑把にまとめてみた店舗戦略を構築する流れだ。これで、全体を見ながら説明しようと思う」

 用紙には、標題の下に『経営理念・ミッション』、下向き矢印に続いて『環境分析』が置かれていた。そこから、左右に『外部環境』と『内部環境』と書かれた箱がつながっていた。
 
「一番上は、雄二の会社のビジネスプランを検討したときと同じだね。まずは、なんのために店舗経営をするのかというミッションを明確にすることだ。みやびのミッションは、大将が言っていたよね」

「覚えているわ。一つは、若い人たちにいい和食を安く手軽に提供して和食の良さを見直してもらう。そして、もう一つは、日本酒に対する偏見を無くして、がんばっている酒蔵のいい日本酒を応援するということだったわ」

 すかさず、おじさんの日頃言っているみやびのミッションを答えられたので、落ち着いてきたようだわ。

「さすが由美ちゃん。みやびの経営は安泰かもしれないね。従業員が自信を持って答えられるミッションなら、その企業は心配ないと言えると思うんだ」

 鳶野さんが飲み干したコーヒーカップを持ったままメモを取っている。この人も肉体派の割に勉強熱心なのがすごいと思う。

「ジン。ミッションの明確化から環境分析という流れは、経営を考えるときの大原則なんだろうな。俺の時も、随分厳しく考えさせられたのを思い出したよ」

「おいおい。今まで忘れてたなんて言うんじゃないだろうな。経営者たるもの、ミッションと現状については、毎日見直してから布団に入るべきだと言っていたはずだぞ」

「考えてるって。心配するな」

 2人のやり取りはいつものように口は悪いけど、思いやりがすごいなあと感じる。男同士っていいなあ。

「その環境分析については、店舗という特徴が出てくるので、外部環境に空欄を作ってあるんだ」

 ジンさんが、外部環境という箱の下に、1.2.3.と番号を振った。

「まず、1として顧客特性が挙げられる。どんなお客さんがやってくるのか、最近客筋が変わってないかなどだね。次に、2として競合状況だ。商圏を考えて、競合する店舗の状況を検討する。ここまではいいよね」

「この間、ジンさんとおじさんの話で、最近のお客さんの年齢層が下がってきたのとネット検索で来る一見さんが多くなっているって言ってたわよね。これなんかが、外部環境の変化ね。競合は・・・そうねえ。商店街と駅に続く道沿いの飲食店はすべて競合でしょうね」

「その考えでいいよ。SWOT分析をすることにすれば、変化が機会か脅威かという分類をすることになるけど、この辺はあとで説明するね。3つめは立地環境なんだ。これこそが、店舗経営にとっては、特徴的でかつ影響の多い外部環境になる」

「立地環境というのは、みやびで言えば、商店街から一歩入った路地にあるとか、駅への近道にあるとかいうことになるのか?」

「雄二の言うとおりだな。一般的に言うと、起伏とか、川があるとかの地理的条件、都市計画や道路・鉄道などの社会的条件、住宅街やオフィス街に近い、集客施設があるなどの経済的条件の3つくらいを切り口に考えれば大丈夫だろう」

 用紙の外部環境の下にジンさんが話をしながら記入していった。

「立地環境を分析するというのは、これからの人の流れなんかも考えるってことね」

「由美ちゃんのコメントは最近特に鋭くなってきたよね。孫子の兵法に『夫れ(それ)地形は兵の助けなり』という言葉があるんだけど、まずは地の利を活かすことが無理をしないで戦う秘訣と言うことだね」

(続く)

《1Point》
・店舗戦略構築の流れ

    「経営理念・ミッション」:明確化
         ↓
「外部環境」-「環境分析」-「内部環境分析
1.顧客特性
2.競合状況
3.立地環境
  ・地理的条件
  ・社会的条件
  ・経済的条件

 孫子の兵法は、経営書などの良く引かれていますね。それほど、勉強したわけではないんですが、判りやすいですよね。

(60)閑話