居酒屋で経営知識

28.市場地位別競争戦略

(前回まで:ポーターの競争要因を5つに分類するファイブフォース分析を学びました。競争のルールを見つけ出し、戦略を策定します。中小企業にとっては脅威ばかりに見えますが、どんな状況にも必ずチャンスはあるはずです)

 ちゃんこ鍋の締めはおじやに決まりだった。
 
「うまいなあ。何でこんなにうまいんだろう」

 シミジミと雄二がつぶやいている。まったく同感だ。

「俺たちにとってはオンリーワンの鍋だよな。他の店とは比べられない味なんだ」

「ジンさん、鳶野さん。ちょっと誉めすぎですよ。でも、ありがとうございます。こればっかりは誉められると気合いが入りますよ。青森の英雄さんに少しでも近づきたいですからね」

 青森で小料理「みゆき」を経営する長井英雄氏が大将の恩人で先生にあたる。実は、20年も前の殺人事件が発端となって、行方不明になっていた。
 
 1年前、当時大々的に報道されたナガイドラックの事件は記憶に新しいところだ。対外的にはまったく報道されなかったが、従兄弟でもある英雄氏とナガイドラックの創業者社長であった長井誠二氏を救い出すきっかけを作ったのが、鳶野雄二でもあった。
 
 由美ちゃんが思い出したように切り出した。
 
「そう言えば、沙知のお父さんの長井さんが、この間ひょっこり顔をだしたわよね」

「へえー。元のドラックストア王がねえ。何か言っていた?」

「うーん、確か、今度はチャレンジャーとしてやり直すって言ってたわ」

「確かに、あの世界は競争が激しいから、一度マスコミに叩かれたナガイドラックが復活するのは大変なんだろうな」

 雄二がため息をつくようにつぶやいた。

「雄二。長井誠二さんは、たたき上げの経営者だ。チャレンジャーだと言ったのも戦略的に考えているはずだよ」

「チャレンジするのは経営者の常だろう。まあ、気持ちはわかるけど」

「実は、競争戦略には別の面からのアプローチもあるんだ。その一つとして、チャレンジャーの対抗戦略というのもある」

「何、他にもあったのか。それで安心した。どんなアプローチがあるんだ」

「マーケティングの巨人と言われているフィリップ・コトラーが唱えた経営戦略レベルの理論に、市場地位別競争戦略というのがあるんだ。これは、自社を他社と相対的に比較して、業界内における自社の地位を分析して、その市場地位によって戦略を検討するというアプローチだ」

「コトラーか。マーケティングの教科書には必ず載ってるなあ。この話は、マーケティングレベルじゃなく、経営戦略だったよな」

「そうだ。当然、経営戦略の方が上位概念になる。それで、さっそくだが、市場地位の見方は、再び4象限のマトリックスだ。横軸に相対的量的経営資源の大小を取り、縦軸に相対的質的経営資源の高低を取る」

 雄二は、口直しに瓶のヱビスビールをなめながら、ノートに書き出し、由美ちゃんがのぞき込んでいる。

「ところで、その、量的と質的っていうのは具体的には何で測るんだ?」
 
「量的と言うと、従業員の数とか営業マンの数、生産設備の規模や生産能力、それに資本金や開発予算などで見ることが多い。質的というのは、ブランドイメージ、トップのリーダーシップや技術力などになるな。

(1)量的「大」×質的「高」=リーダー
(2)量的「大」×質的「低」=チャレンジャー
(3)量的「小」×質的「低」=フォロワー
(4)量的「小」×質的「高」=ニッチャー

というマトリックスになるんだ。一般的には、リーダーはシェア(市場占有率)で1位、チャレンジャーが2・3位、4位以下がフォロアーとして考えているようだ」

「ニッチャーはニッチな市場で戦うということだな。それで、それぞれの地位に応じた戦略とはどんなもんなんだ?」

「一般的に、
(1)リーダーは、シェアが高く、経営資源の量も質も高いので、全方位型で圧倒する戦略方針をとることになる。その上で、特にチャレンジャーが新しい製品などを投入してくると同じ機能のものをすぐに開発投入するなどして、同質化を行い、シェアの維持・拡大を目指す。

(2)チャレンジャーは、とにかく、リーダーを目標に、シェアを少しでも増やすことを目指す。リーダーに簡単にマネをされない差別化で戦うことになる。

(3)フォロワーは、リーダーを模倣することで、なるべくコストを掛けずにそれなりの売上と利益を確保する戦略を取ることになる。

(4)ニッチャーは雄二の言うように、リーダーやチャレンジャーが手を付けない狭い分野に特化して、そこでのリーダーを目指す戦略だ。

「なるほど。でもなあ、フォロワーにはなりたくないなあ。要は負け組になるわけだろう」

「そうとも言えるが、場合によっては、フォロワーの存在価値がある場合もあるんだ。最近、病院なんかでよく聞く、ジェネリック医薬品などは、まさに、フォロワーの存在によって、低価格で効力は変わらない医薬品を使う選択ができるようになった例なんだ」

「立場立場で役割はあるということか。なんか、今日は脳がパンパンだ。マトリックスも随分書いたし、考えれば久しぶりに腹一杯食ったわけで、そろそろ眠い」

「本当に自由気ままなB型だなあ。もう仕舞いの時間かな」

 大将や由美ちゃんも気づいたように洗い場仕事や片付けに入っていった。そろそろ深夜の時間も近くなってきたようだ。
 
(続く)

《1Point》
・コトラーの市場地位別競争戦略

 競争を入れずに、市場地位別戦略ということもあるようですが、相対的に見ていくわけなので競争戦略と言っていいでしょう。
 
(1)量的「大」×質的「高」=リーダー
(2)量的「大」×質的「低」=チャレンジャー
(3)量的「小」×質的「低」=フォロワー
(4)量的「小」×質的「高」=ニッチャー