居酒屋で経営知識
59.変化と抵抗
【主な登場人物】 ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 大森:みやびの常連 地元商店街の役員 近藤:みやびの常連 建設会社顧問 亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。
「新年明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
「さあさあ、店に入ってください。樽酒とお節料理が用意してありますよ」
「おおー。大将、豪勢ですね」
みやびが4日の昼だけ店を開けるというのでさっそく口開けの客となるべく出かけた。
「昨年仕入れたものと近所のスーパーのもので作っているんでお恥ずかしい限りです」
「お節ってそういうものなんでしょう?」
由美ちゃんが振り袖姿で店に入ってきた。
「由美ちゃん。今日は看板娘復活だね」
「えへへ。でも振り袖でお店のお手伝いするわけにはいかないから、やっぱりお客さんね」
「お、由美。いい女になったな」
大森さんが威勢良く入ってきた。
「大森さん。明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
「黒さん、ジンさん、由美。こちらこそ、おめでとうございます。よろしく」
「さあさあ、樽酒とお節をどうぞ。由美っぺ。振り袖汚さないようにお節を銘々に取り分けてくれるか」
「はい。大丈夫よ」
樽酒は菰樽から柄杓で朱塗りの枡に注いで回した。
「改めて、明けましておめでとうございまーす」
新年の乾杯だ。今年はどんな年になるんだろうか。
「お、やってるやってる。おめでとー」
「雄二も来たか。自分で枡に注いで来いよ」
「いいねえ。正月だねえ。昼酒飲んでもだれも文句を言わない」
「皆さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「原島さん、近藤さん。明けましておめでとうございます」
「北野、今年もよろしく」
「あれ。近藤さん、もう既に飲んでます?」
「今日は会社のメンバーと初参りをしてきたんだよ。それで、昼に一杯飲んで解散してきた」
「あ、そうか。近藤さんのところは、土木と建築ですから安全祈願ですね」
「そういうこと。安全がすべてに優先するからね」
忘年会と同じメンバーが勢揃いだ。
「大将、今年もいつも通りの新年ですね」
「ジンさん。いつも通りだけど、少しずつ変わっているよ。いや、今年は去年とは全く違うといってもいいかもしれないね。特に、東北の酒蔵は残ったところ、廃業したところ、これからを模索しているところと様々だ。酒だけじゃない。みんなだってそうだよ。心の重心が少しだけ変わっているんだろうね。だから、うちも変わっていかなければいけないって思ってますよ」
「そうですね。大将もさすが経営者ですね。変化しないことを前提にしたらきっと取り残されますよね。変化をいかに捉えて、積極的に対応していくか、ですね」
「おお、大将とジンで何を真面目に話しているんだ」
「ジンさんが良く言ってたでしょ。平時においても、敢えて変化をさせるような行動を取るのが経営者の役目だって」
「大将。その言葉は俺は聞いていないなあ。ジン、どういうことだ」
「市場環境が急激に変化したり、自社の経営状況が落ち込みだしたら、どんな経営者でも必死で考え、対処するため自社を変えようとする。でも、それでは遅すぎることも多々あるのはわかるよな。だから、平時こそ、変化することを前提に、自社の体制を変えたり、試行錯誤をしなければいけないということだ。人は生来変化を嫌う生き物なのかもしれない。だから、安定してきたら、敢えてそれを壊すようなことをしておかないと、いざ急激な変化がやってきた時、変化への抵抗勢力になってしまうんだ。動けなくなってしまう可能性がある」
「でも、それじゃあ、今うまくいっている状況を悪化させることにならないか?逆効果についても考えておかないといけないんじゃないか?」
「もちろんそうだ。だから、コアな部分は慎重に残さなければいけない。ただ、少しくらい不便になっても、それを自分たちで前向きに改善する体質にしておくことも重要だ。そのためにも、本来の目的をしっかり持っておかなければいけない」
「鳶野さん。うちらの商売でも、昔ながらのやり方をずっと守ってやっているように見えて、日々変わっているんです。いえ、変わっていかなければ守っていけないものがたくさんあるんですよ」
「うーん。わかるようで、よくわからんなあ。守るために変わるって」
「うちは、割と保守的に日本酒の味を残している酒蔵を応援しているんです。でも、天災が起ころうと起こるまいと、年々酒蔵の方針が変わったり、杜氏やオーナーが変わって、造りや味すら変わっていきますから、暇があれば違う蔵を回ったり、卸さんたちの噂話を確かめに行ったりして、仕入れを変えることもあります。だから、こんなちっぽけな店でも、本来の目的であるうまい日本酒と肴を提供し続けることができているんです」
「安定を謳歌しているとすぐに変化に対応できなくなってしまうということか。だから、安定している時にこそ、変化を生み出せという話になるということか」
「そういうことだな。特に、今は変化が激しい時代と言われている。単純に、これまでと同じやり方を守ろうとしているなら、敢えて、そのやり方を変える試みが必要かもしれない。成功すればするほど、長年やっていることを変えることが出来なくなる。それが、ジワジワと変化から目をそらそうとする無意識となって、事業の突然死を招くかもしれない」
「怖い話だな。でも、年の初めだからこそ、考えておく必要があるのかもしれないなあ」
新年会が期せずして新たな変化への対応についての話へ向かっていった。
(続く)
《1Point》
変化をリスクと捉える考え方があります。
しかし、ドラッカーも言うように、「変化」こそがイノベーションの第一の機会です。
しかし、その変化を捉えようとする時、旧来の体制のままでは困難であることがほとんどです。
成功していればいるほど、組織や体制はその成功した形に特化しがちです。
組織とは、個々の強みを活かすために機能しなければいけません。ところが、ある組織や体制が固定化してしまった場合、必要とする強みが変わっているのに、変えることへの不安が時として抵抗となってしまいます。
組織や体制は、目的のための手段の1つでしかありません。いえ、手段でもないかもしれません。手段とは強みの活かし方でもありますので、その一時的な入れ物でしか無いかもしれません。
昨年からいくつかの考え方を整理しています。
同時に、所属する企業で、一部組織のあり方を変えるという業務に取り組んでいます。
その中で、思った以上に、変化に対する抵抗があることを実感し、今回の会話でも色濃く出てしまいました。
しかし、だからこそ、敢えて変えるべきであるという思いに至っています。なぜ、抵抗があるのか。それが見えれば、その組織、ひいては企業にとって、本当に守るべきものなのかがはっきりすることになります。
今年は、変化を待つのではなく、自ら変化にチャレンジする年にしたいと思っています。
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