居酒屋で経営知識

20.報連相の落とし穴

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

「へい、いらっしゃい」

「混んでますね。入れますか?」

「ジンさんは特等席が空いてますよ。いつもの場所へどうぞ」

 亜海ちゃんがそそくさと片付けはじめた。

「大将。もしかして、場所を取るために物置にしていたんですか?」

「ははは。いきなりお客さんがなだれ込んできた時に、亜海が常連さんの場所を押さえたようなんです」

「えへ。マスターに叱られるかと思ったんですけど、ジンさんや大森さんの場所はないと困りますから」

「亜海も、すっかり独り立ちしてますよ。今じゃ、何の指示もいらないんですから」

「大将の育て方がいいんだと思いますよ。任せてもらえると責任感が高まって、自ら考え、行動するようになるということですね」

「ジンさんに誉められるとうれしいですね。仕事は任されないといつまで経っても、自分の仕事として新しいやり方を考えられなくなりますからね」

「あ!大将。その通りですね。うっかりしていました」

「ジンさん、どうしたんですか?何がうっかりしてたんですか」

「いえ、ここへ来る途中で、個人的に相談に乗っている会社員の方からメールで相談があったんです。その時、何かが足りないって感じてたんですが、移動中で型どおりの返信をしてしまっていたんです」

 最近、異業種交流会でセミナー講師を担当した時に知り合った人の相談を受けていたのだ。相談内容は、事業としては安定しているが、高齢化しているため、後継者としての若手の育成に力を入れているがなかなか育ってくれないというものだった。

「その育成について、私の話がつながった訳ですか?」

「そうなんです。よく考えてみると、若手の育成というのが、いかに昔からのやり方を身につけるかということでした。そのため、報連相の徹底方法について相談を受けたんです。報連相の徹底に気が行っていて、本質を考えずに返信したのが違和感を感じていたところだと気づいたんです」

「ジンさん。ちょっとついて行けなくなっていますが、本質というのは若手の育成についてですか」

「ええ。昔からのやり方をその通り身につけさせるために、報連相を徹底させると言うことは、その若手には任せずに、一々指示を受けて行動させているんじゃないかって、今、気づいたんです」

「報連相というのは、良く聞きますが、いいことだけじゃないということですか」

「もちろん、組織で仕事をするのですから、報連相によってコミュニケーションを緊密にすることが重要です。しかし、それは、個々が責任を持って、自ら目標に向かって行動していることが前提です。もし、報連相の徹底によって、単に指示待ちになってしまっていたら逆効果です。もし、その結果が失敗だったとしても、すべて、よりよく知っているはずの上司に報告・相談し、その指示に従ったためなので、本人には何の責任も生まれないどころか、なぜ失敗したのかも自ら考えることはないでしょう。とすると、先輩のやり方を学んだとしても、同じ失敗を繰り返すだけになってしまいます」

「上司の指示が正しくなかったということになりますか?」

「それより悪いことになると思います。過去のやり方は、過去のものですから、若手に伝えるのは本質であって、形ではありません。顧客も変わるし、社会や市場の考え方も変化しますから、当然、100%確実なやり方があるわけではありません。簡単に言えば、失敗しながら学ばなければ、変化を捉えることは難しいでしょう」

「上司は失敗しないように指示を出しているのでしょうから、その通りにやって、失敗すれば、上司の指示が悪いのか、どこか指示通りに出来なかった部下のせいなのか、となってしまいますね」

「あるいは、どちらも悪くなかった。特殊事情があったんだと外側に責任を転嫁するかもしれません」

「と言うとどういうことですか?」

「まあ、これは受注競争で敗れたときの分析で良くある話ですが、競争相手がどうしても取らざるを得ない事情があって、大きく原価割れをしたダンピング価格を入れたとか、政治的な働きかけがあったんではないかとか、つまり、自分達の対処できない事情があったんだと結論づけたりすることですね」

「なるほどね。常に変化を当たり前とするというジンさんの口癖からすると、変化を受け入れず、古い経験にしがみつく例ですかね」

「そうなんです。私としたことが、まさにうっかりしていました。近視眼的な悪いコンサルタントですね。明日にでも、本人と直接話をしてみます。こんな大事なことをメールだけで安易に返信したことも反省点です」

「ジンさん。あんまり自分を責めないで、まずは、一杯やってから、やり直ししたらどうですか」

「あ、そうでした。今、慌てたところで何が変わる訳でもないですね。まずは、会って話をしてみます。忙しいところ、話し込んじゃってすいません」

「なーに。ちゃんと、亜海がこなしてますよ。私の目が届きますから、大丈夫です」

「それじゃ、今日の一杯いただきます」

「お疲れ様でした」

(続く)


《1Point》
報連相の落とし穴

 報連相自体は、非常に重要です。

 しかし、何でも落とし穴はありますので、今回は、ちょっと説明調でわかりづらかったかもしれませんが、主旨は掴んでいただいたでしょうか。

 組織マネジメントにおいて、重要なのは、個々のメンバーの成長であり、自主性です。

 報連相が、個々を縛り付ける結果になってしまうと次の変化に対応できない、硬直化した組織を作り上げる結果になりかねません。

 まずは、部下に任せることを考えてください。