居酒屋で経営知識

20.危機対応(対外)

(前回まで:ジンの会社は大混乱となっていたが、次の日の朝、社長が直接社員に報告を行いました。トップが自ら確認し、反省し、それを自らの言葉で語りかけるということがどれほど重要であるか、を社員みんなが実感したことでしょう。)

 昼過ぎには、社長メールが全社員に配信された。
 内容は、社内放送の内容をやや詳しくし、また、ポイントに絞ったものになっていた。
 
 調査結果を「事実」と「意見」に分け、簡潔に列記されていた。
 社長の考え方については、放送で語ったように、経営判断への反省と問題の責任は自分にあることをはっきりと示していた。
 
 夕方にはマスコミに自ら声をかけ、会社近くのホテルで記者会見を行った。同じように立ち入り調査を受けた他社が、「調査中である」ことを理由にコメントをしていなかったこともあり、テレビカメラも入ったらしい。
 
 各局のニュース番組に流されたことを知り、ワンセグ放送を盗み見た。
 
 なんと、有森社長は1人で座っていた。総務部長が司会を行っているようだが、社長自らが語りはじめ、その一部が放送された。
 
 その内容は、社員に向かってなされた内容とほぼ同内容だった。
 
 立ち入り調査の理由とその対象について、疑いが事実であることを話すと会見場がどよめき、罵声のような質問が飛び交った。 それらを自ら制し、原因について、経営者として分析した内容と意見を述べた。これは、社内放送後に追加されたものであるようだった。
 
 商習慣としての長年のやり方を事実として語り、経営者として黙認していたことを認めた。
 2年前のコンプライアンス改革において、これらについても明確に意識して行ったが、対外的な反省を公開するには至らなかったことが甘い考えであったことを謝罪した。
 
 その後、社長としての責任を取るが、すぐに辞任するつもりがないことを発表すると、再度記者達からの質問が集中した。
 
 矢面に立たされた社員達を守ることと、疑念についてはすべて公開すること、そして、今後、事業1つ1つについてどうしていくかをはっきりさせることが社長としての責任であると約束して会見は終了したようだった。
 
 学ぶべき事が多いと感じさせられた。
 
 この時見たニュース番組のゲストコメンテイターの中には、辞めないことを批判する人もいたが、全般的に有森社長の早い対応と真摯な姿を評価していたようだ。
 
 近藤さんに電話をかけ、来週にはコンプライアンス診断に伺うことは可能だが、今まさにコンプライアンス違反を問われている会社の社員でも良いのかどうか、再度社長に確認して欲しいとお願いした。
 
 こんな時期なので、ちょっと気が引けるところもあった。
 
 ところが、しばらくして近藤さんから電話があった。
 
 「ジンさん、うちの社長に話してみたんです。ちょうど、ジンさんの会社の社長さんの会見が始まるところだったので、一緒に見ていたんです。今、社長に替わります」
 
と、突然、社長に替わってしまった。

「北野さんですか。近藤から話を聞きました。有森社長の会見には感動しました。あんな社長さんが率いている会社の方にわが社を見てもらえるなんて大歓迎です。今、私が悩んでいることはまさしく有森社長の言われたことなんです。建設業界は、もっと複雑な状態ですので心配が絶えないのです。そちらの会社も大変でしょうが、できるだけ早くご意見を伺えればと思っています」

「義本社長。わざわざありがとうございます。お力になれるよう精一杯対応させていただきます」

 話は決まった。訪問は来週として、大まかな内容をあらかじめ確認するために、内部資料等を何点か送ってもらうこととした。
 
 自分の会社がこれからどうなるかわからないという心配はあるが、自分も有森社長の覚悟を心で感じられた。大丈夫だという確信が持てた。
 
 だから、この仕事を積極的に受けることにしたのだ。
 
(続く)

《1Point》
・危機対応

 今回の会社の危機に対し、まずは、自社内に向かって正確な情報と経営者としての覚悟を示しました。
 
 次に、行わなければいけないことは、社会への対応ではないかと考えています。他社や公的機関の正式な発表がないうちに、会見等を行うことはリスクが高いと考えるかもしれません。
 
 私の感じでは、複数社が関係している場合、他社の動向を確認しながら行動を起こそうとする会社が多いのではないでしょうか。中には、直接的に共同歩調を取ろうとしているところもあるようです。
 
 それは、社会的な存在として、あまりにも無責任な対応と言えるでしょう。
 
 経営トップが、早い段階で決断し、まずは、事実と今後の対応について、社会に向けて発表することが、危機対応の鉄則です。
 
 できるならば、危機発生の当日もしくは翌日には、自ら行動を起こすことが重要でしょう。