居酒屋で経営知識

62.何のためにゲーム

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。
大山:ジンの高校のラグビー部同期。ジンの幼なじみの優子の夫で現在上海の日系企業社長(総経理)。

「へい、いらっしゃい。毎度。ジンさん、皆さんおそろいのようですよ」

「すまん、すまん。」

「相変わらず忙しそうだな」

 大山が昔ながらのすばしっこそうな眼差しを向けている。

「出がけに電話が入ってしまったんだ。原島さんも時間通りなのに申し訳ありません」

 先週何年かぶりで会った優子の旦那で、高校の同期ラガーでもある大山が、春節休みで帰国するという連絡があった。そこで、大先輩の原島さんにも声をかけたのだ。

「兎にも角にもお久しぶりです。カンパーイ」

 気の置けない仲間は時間の壁を簡単に超えてしまう。

「いやー、優子の奴も時々役に立つな。おかげで、普段のストレスも吹っ飛びそうだ」

「大山も中国で随分手広くやっているようじゃないか」

「いやー、なかなか。あの国は変化が早い。やっと軌道に乗ったかと思うと違う軌道が主流になっているという具合だ」

「大山。私は北野にサポートしてもらってやっと落ち着いてきたんだが、事業ってのは変化を楽しむものかもしれないぞ」

「え?原島さん。変化を楽しむ、ですか。うーん。でも、投資してやっと形になりそうになったものが、また振り出しに戻るなんて楽しめませんよ」

「大山のやり方らしいけど、変化が利益の源泉だと思った方がいいのかもしれない。どう変化させるかは、自分のミッションと顧客から導かれる」

「北野。また、難しい話になりそうだな。この間、優子に渡してくれた近江商人の話は良かったよ。俺もWin-winを築いて利益を得ることを心がけている。まあ、ミッションと言えばそんなところだ」

「まずは、われわれのミッションは何かをよく考えるべきだ。近江商人の三方良しで言う『世間よし』が考えられているかがポイントかもしれない」

「世間よしなあ。今の俺の仕事で言えば、中国社会か?それとも日本の親会社か」

「それはよく考えることだ。ミッションがはっきりしないとなんのために仕事をしているのかわからなくなる」

「北野の言う意味が最近よくわかってきた。うちのミッションも始めに見直したんだ。それまではお題目だけだったから真剣に考えたことも無かったんだが、本気で自分の会社の存在する意味を考え抜いて今があると思っている」

「原島さん、なるほど。確かに経営の理念というのはあるんですがね。もしかすると本気で考えたことは無かったかもしれないです」

「頭のトレーニングに何のため、何のため、と問いを投げていくというゲームがあるんで一度やってみるといい」

「何のため?何のために」

「じゃあ、簡単にやってみるか。まず、お前は何のために今、ここで俺たちと飲んでいる?」

「え?久しぶりに話がしたかったからかな」

「何のために、話がしたかった?」

「うーん。懐かしいのもあるが、仕事がうまくいかないことにヒントがあるかもしれないから」

「何のために、仕事のヒントが欲しい?」

「売上や利益を上げたい」

「何のために売上や利益を上げたい?」

「会社の業績をアップして給料を上げたい」

「何のために給料を上げたい?」

「生活を楽にして、好きなことをしたい」

「何のために好きなことをしたい」

「うーん。俺の経験を活かして、友人を増やしたい」

「何のために経験を活かして友人を増やしたい」

「みんなでハッピーな社会を作るためかな」

「この辺にしておくか。つまり、大山は、ハッピーな社会を作るために、今、俺たちと飲んで語っているわけだ」

「何か、随分大層な目的のために今日があるんだな。そうか。それがミッションって訳か」

「一つの考え方だ。これはゲームだから、こんな問いかけをみんなでやってみるのもいいかもしれない。逆にやってみるということもいいぞ。今で言うと、みんなでハッピーな社会を作るためには何をするか?と問うんだ」

「北野。今のゲームを今度うちの会社でやってくれないか。今、ピンときた。もしかすると、どんな言葉で初めても、それぞれのミッションに行き着くのかもしれない」

「原島さん。自分がやらなくても出来ますよ。頭の体操のつもりで何度も何度もやり直してみるといいですよ」

「北野。ミッションを見直すってのはわかった。顧客から導かれるというのはどう考える」

「まず、自分たちの顧客は誰なのかを考え直すことだ。例えば、誰を満足させた時成果を上げたと言えるのかを考える」

「顧客は誰かか。いつも不特定多数のような気がしていたなあ」

「不特定多数といいながら、例えば、店を出すなら、その店に来て喜んで支払いをしていくのは誰だ?」

「飲食店事業では、家族が多いな。喜んで支払いをするのは、父親か・・いや、中国では共働きが多いから、もしかすると母親かもしれない」

「そうやって、顧客を考え、絞って行くことも大切だ。それが顧客の定義になる。次に、その顧客にとって価値は何か?を考えてみることだ」

「うーん。安くておいしい料理かなあ」

「本当にそうか?その店に来る客がそう言っているか?」

「いや、でも、誰だって、安くておいしければ喜んで支払うだろう?」

「安くておいしければ、必ず、お前の店にみんなが来るか?」

「それが問題だ。すぐに周りと競争になる」

「だから、顧客にとっての価値は何かというのは、顧客に聞くことだ。店が考える価値と顧客が考える価値は同じじゃ無いことが多い。企業側は都合のいいように考えやすいんだ」

「素直に聞いてみるか。いや待てよ。そういえば、うちの店で子供用の椅子がありがたいと言われたことがあったな。日本じゃ当たり前だと思ったが、もしかするとあれも価値になるのかもしれない」

「あり得る。もっと引いて考えると、家族連れが多いと言っていたろう。もしかすると、大人向けより、子供が喜ぶとか、子供を安心して連れて行ける店自体に価値があるかもしれない。でも、それも想像だから都合のいい答えを作っているかもしれない。だから、直接顧客に聞くことに尽きる」

「うん、手がかりが見つかりそうだ」

「その上で、自分たちの成果は何かを見直す。顧客にとっての価値を考え、そのために自分たちが出すべき成果を見直すと言うことだ。特に、成果に繋がらないものは止めるという決断が大事だ」

「選択と集中ということだな」

「その通り。成果に繋がらないものにいつまでも引きずられないことだ」

「北野。その先は私に言わせてくれ。そう、その上で、われわれの計画は何か?を問うということで5つの質問だ」

「え?原島さん、5つの質問って何ですか?」

「今、北野が言っていたのは、ドラッカーの経営者に贈る5つの質問だ」

「原島さん、覚えていてくれたんですね」

「もちろんだ。毎日のように問い直しているさ」

「そうか。ドラッカーか。北野がドラッカーを語っているというのは聞いていた。俺も読んでみるか。何がいい?」

「そうだな。まずは、『経営者の条件』が読みやすいかな」

「了解。それと5つの質問か。春節休みも忙しくなりそうだ」

 お決まりのちゃんこを囲んで、夜はまだまだだ。

(続く)


《1Point》
・5つの質問

 これは少し前にも出しましたので覚えている人もいるでしょうね。改めて説明しませんので、気になる方は、下の新・居酒屋で経営知識のリンクから目次で探してみてください。
 
 今回の「なんのため?」の繰り返しは、経営知識でも何でも無いですが、結構自分の目的を見直すのに使えると思って紹介しました。
 
 だまされたと思ってやってみてください。
 
【該当図書】 「経営者に贈る5つの質問」(上田惇生訳 ダイヤモンド社)
http://amzn.to/u9zSNV

「経営者の条件」(上田惇生訳 ダイヤモンド社)