居酒屋で経営知識

78.企業の存在と責任

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「へい、いらっしゃい。毎度」

「いやー、何か疲れましたあ」

「ジンさんが珍しいですね。疲れが取れるものにしましょう」

「ありがとうございます。たぶん、ゴールデンウィークでリズムが変わってしまったからかもしれません」

「はい、とりあえずは南高梅の梅酒と漬けてあった梅の実をどうぞ」

「あ、これはいいや」

 カリカリッとした梅と濃いめの梅酒で元気回復!
 
「たまに飲む梅酒もおいしいですね。これは大将お手製ですか?」

「ええ、そうなんですよ。昨年から漬けていたものですがね」

「おお。うまそうなものがありそうだな」

 雄二がのっそりと入ってきた。

「また、おおざっぱな奴だ。大将手作りの梅酒がうまいぞ」

「珍しいな。ジンが梅酒か。じゃ、俺も。大将、大ぶりのグラスでよろしく」

「あ、いらっしゃい。原島社長、お久しぶりですねえ」

「本当に、ご無沙汰してしまって。最近、海外出張が多くてね」

「原島さん、お疲れ様です」

「鳶野に誘われて、久しぶりに出てきたよ」

 久しぶりに、原島先輩を交えての宴会となった。
 原島さんは、これまでの親会社依存の事業をコア事業と周辺事業に分け、周辺事業のうち、海外でニーズの高い技術を積極的に輸出しようとしていた。

「お忙しそうですね。海外で合弁事業を進めてるって聞いてました」

「そうなんだ。特に、古い技術で、日本であまり需要がなくなったものでも、国によっては非常にニーズが高いものがあることに気づいたんだ。それを現地化して取り組もうとしているんだ」

「ジンにも一度聞こうと思ってたんだが、原島さんのやっている現地化っていうのは、日本の技術を真似されたり、盗まれたりするってことにならないのか」

「それは、良く言われることではあるな。最近では、中国への進出で多くの企業の失敗例などとして取り上げられたりするので、いかにもリスクばかりと思われているかもしれない」

「北野にも相談したんだよな。それまでは、不安で一杯だったんだが、案ずるより産むが易しと言われてしまったよ」

「原島さんは社長として、徹底して事業を分析していましたから。特に、その事業のノウハウによって、安全や環境について遅れている国の人々を助けることができるという強い思いをベースにしていましたから、そりゃ、GO!ですよ」

「利益がそれほど見込める訳じゃないが、元々、日本では埋もれてしまうような技術とノウハウなんだ。もう一花咲かせて、できるなら、相手国で技術の向上をし、更に遅れている別の国に貢献できるかもしれないと思ったんだ」

「真似なんかされても良いって言い切りましたからね」

「もちろんだ。すぐに真似されるようなものなら、逆に相手国で一気に広まり、問題解決が早まるんだから良いことじゃないか。うまく浸透するならうちの出番は終わったってことだから、相手に任せて撤退すればいい」

「うーん。同じ経営者としては、うまみが少ないように感じるんだよな」

「雄二。原島さんの会社は、多くの技術を人と共に持っている。それが強みのはずだが、戦う場はもう日本の中にはなくなってしまっていることも確かなんだ。日本では、当たり前になってしまったが、その経験を活かせば、よりよい暮らしができるようなこれからの国がたくさんある。そこに出ようとしている。経営者として、自社のミッションのために進むべき道であれば、うまみなんてなくても良い。ただ、無責任なことをせず、やり通せる見通しをしっかり持つことができるならだが」

「北野に言われるまでもなく、やるべきだと思ったんだ。ただ、どこかで、親会社の反感を招くことに迷いがあった。通常の投資対効果検討では、説得力のある数字は出てこないからな。でも、改めて、北野の『志』に素直に従うべしという言葉で迷いは吹き飛んだ。今、対象とした地域には、うちの技術とノウハウがあれば不幸な事故や健康被害の多くを回避することができるところがたくさんある。ただ、日本からすべてを持っていったのでは、彼らには買うことはできない。だから、現地でできるようにする。それが、使命だし、本当にニーズがあれば、現地の会社にもそれなりの利益という結果が出るはずだ。そして、安くて良い技術に育てば、もっと貧しい国へも広げることができる。そういう目標ができたんだ」

 久しぶりに熱い思いを語る原島さんを前にして、目頭が熱くなった。

「原島さん。よろしくお願いします。我々は応援しかできない。それができるのは、原島さんの会社ですから」

 企業とは社会のためにある。グローバル社会になったというなら、もちろん、企業はグローバルに責任を負う。世界に貢献する責任がある。

 
(続く)