居酒屋で経営知識

56.企業とは何か

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「へい、いらっしゃい。毎度」

 さすがに12月も中旬となると寒さが当たり前になってくる。

「やっぱり寒いですね」

「今年はいろいろありましたが、季節は正直に巡っていきます。鍋に熱燗の時期ですよ」

「いいですねえ。ヱビスを飲んでる間に燗をつけてください」

「あいよ。ジンさんは53度でしたね」

「55度くらいまではOKです。すぐに冷めそうですし」

 何度か温度計を入れて喉に合う温度を測ったことがあるのだ。燗付けが難しいことがよくわかった経験だ。

「いらっしゃい。あ、由美っペか。ジンさん来てるよ」

「ああ、よかった。やっぱり寒くてもヱビスの生飲んでるのね」

「キクマサの熱燗も頼んでるけどね」

「じゃあ、私はお燗からにするわ。さすがに寒くって」

 いつしか由美ちゃんも日本酒党になっていた。

「ところでジンさん。乾杯もしないうちからなんですけど、会社って誰のものっていう議論に答えはあるの?今日、会社の研修で、第一には株主のものだから配当が重要になるという話が合ったんだけど、反論がたくさん出て収拾がつかなくなってしまったの」

「他には誰だっていう意見だったの?」

「そうね。社員のもの、お客さんのもの、銀行や債権者のものだとか、それらみんなのものだっていう意見も出たわ」

「一般的にステークホルダーと言われる人たちだね。取引先や地域住民、関係団体、行政、マスコミなども含まれるとも言われる」

「ステークホルダーって、利害関係者という意味よね。でも、一部の関係だけだから、それらの人のものっていうのも不自然よね」

「うん、そうだね。じゃあ、直接出資している株主のものだとしたらどうだろう。特に、オーナー企業などだと、経営者一族がほとんどの株を持っていることがあるよね。最近でも、そんなオーナー企業の社長や一族の人が会社の金を不正に使ったなどという事件が起こったりしている。自分のものだったら、どう使おうとかまわないという気持ちになるけどそうはいかない」

「株主であっても自由に出来るのは配当金として受け取ったものだけかな。議決権はあるから、経営方針などについて決められるけど、それでも会社の貯金などに手をつけると犯罪になってしまうのよね」

「単純に考えてみればわかるよ。株主というのは謂わば、企業経営の原資を提供した人たちだよね。でも、企業というのはその原資を使って、何らかの付加価値を生み出して、その対価を受けることで事業を行っているんだ」

「それはわかるわ」

「つまり、企業は企業自身によってなんらかの価値を生み出し、その価値を有用と考える顧客から支払いを受けることで継続しているんだ。同時に、その企業活動が社会にとって問題が無ければ、規制当局から認可を受けることもある。逆に言えば、反社会的であったり、有害であると認定されれば、継続することが出来なくなる」

「それが、ステークホルダーという考え方になっているのね」

「そう。価値を生み出すために、取引先より部品や技術、サービスという価値を受け入れたり、社員が工夫した価値を加える。また、それを顧客に知らせ、届けるための活動という価値が加わって、一つの企業活動という価値を生み出しているんだ」

「単純に誰のもだとは言えないって言うことなのね」

「ドラッカーには、『企業とは何か』という著書があるのは知ってるよね。アメリカのGMを調査した1946年に初版が出ているんだ」

「ええ。でも、1946年って、第二次世界大戦終結の次の年よね。そんな時代では、今とは随分違っているんじゃないの」

「そうなんだけど、彼が企業とは何かという見出しの中で書いているのがこうなんだ。

『企業は社会的組織である。共通の目的に向けた一人ひとりの人間の活動を組織化するための道具である』

俺がこれを読んだ時、企業とは社会のためにある、つまり、社会のものであると思ったんだ」

「社会のもの!!すごい。そんな考え方を60年以上前に言ってたなんてすごいのね」

「さっきのオーナー経営者が自分の会社の金を勝手に使ったと言うような話も、企業が利益さえ上げていれば継続できるということの間違いを示唆しているよね。社会にとって有用であるという企業しか継続がままならないと言うことなんだ。つまり、企業とは社会に認められて初めて存続が許されることになるんだ」

「だから、企業とは社会のものということなのね。すっきりしたわ」

「お二人さん。すっきりしたところで熱燗がいい頃合いですよ」

 チロリから温めた徳利に移されたキクマサからほんのり湯気が上がっている。

「おいしい。あ、私ったら。ジンさん、乾杯」

「ははは。気にしない、気にしない。大将、鍋の準備もよろしく」

「はいよ」

(続く)


《1Point》
 企業とは何かという問いは今の私の原点です。
 
 そのため、思い入れが強すぎるところでもあり、若干しつこい内容になっているかもしれません。
 
 でも、「企業とは社会の機関であり、その目的は社会にある」と明確に書いてくれたおかげで、私は前に進む気力を回復することができたのです。
 
【該当図書】 この内容については、多くの著作にいろいろな形で述べられていますが、直接引用したのは以下の図書になります。

企業とは何か」(上田惇生訳 ダイヤモンド社)
http://amzn.to/v8fOqu
 
 ドラッカーがGMを調査して書いたものです。この中で、企業のマネジメントについての原点が網羅されているように思います。
 
「エッセンシャル版マネジメント」(上田惇生編訳 ダイヤモンド社)
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 もしドラ効果で読んだ方も多いのではないでしょうか。これは、上田先生がドラッカーに提案して、抄訳版として出されたものです。
 元の「マネジメント」はドラッカー選書では3冊にもなっています。ただし、ドラッカーを読み出したら、こちらを読んでみればより気づきが多いと思います。
「ドラッカー名著集13 マネジメント[上]―課題、責任、実践」(上田惇生訳 ダイヤモンド社)
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 こらは3分冊の1冊目「上」です。