居酒屋で経営知識

(6):ラグビーの哲学と企業ミッション

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長

 みやびで珈琲を淹れるのは初めてのはずだ。
 勉強会の休憩に持参の珈琲豆をミルで挽き、ペーパードリップで淹れている。

「ああー、いい香りね。ジンさんの淹れた珈琲って、とてもおいしいのよね」

「信頼できる自家焙煎の店で豆を仕入れているだけだから、誰でも淹れられるんだけどね。学生時代には、本気で喫茶店をやろうと思っていたのは確かだけど」

「そうそう。そういえば、ジンの部屋に行ったときに話を聞いたなあ。今の喫茶店業界を見ると、もしやってたら大変な状況だったろうな」

「ちょうど、ドトールなどの安いチェーンが広まってきたタイミングだったから、思いとどまったのかもしれないなあ」

 銘々のカップに注いで落ち着いた。

「次はラグビーの哲学とかって言ってたな。だんだん大げさになってきたんじゃないか」

「雄二は相変わらず単純だな。哲学っていうのは基本的な考え方とでも言うのかな。それがなければ、チームはどっちを向いて進めばいいのかわからなくなる」

「あれ?もしかすると、経営でいうところのミッションに当たるのか?」

「おっ。そうそう単純でもなかったか。話を進める前に答えを言われたようなもんだ」

「まったく。見損なうなよ。そういう流れになるわけだ。なるほど。それじゃ、ラグビーの哲学から頼むぞ」

「今回のラグビー理論は、古いラグビーの本がベースになっているんだ。まあ俺のラグビーに対するバイブルだね。その本は、1970年代にレイ・ウィリアムズというウェールズのコーチのコーチと言われた人の書いたものなんだ。彼の本の第一部では、歴史的背景・哲学・組織・養成について書かれている。テクニックや方法論などはその後になっている。ルールや個々の能力が大きく変わっているけど、第一部については何ら変わることがないと思っている」

「1970年代って言えば、40年も前の本なのね」

「由美ちゃんは産まれる前だね。その哲学の項にこんなことが書かれている。

『ウェールズ協会では、コーチング委員会がまず”あるべきラグビー”の基本方針を全国的に打ち出すと、この基本方針は協会公認コーチを通じてウェールズの大小すべてのチームに浸透していきながら、一方でその最高の姿がナショナルチームとして現れるように出来ている』

これを企業としてみると、『経営会議などで打ち出された基本方針が、各組織長を通して組織の隅々まで浸透し、最高の姿を目指して成果を具体化する』と言うことが出来ると思うんだ。

つまり、ミッションが浸透し、ビジョンとして明確化されるということだね」

「なるほど。単純に試合に勝つというチームだけではなく、日本で言えばトップリーグまでつながる日本のラグビーのあるべき姿が示されるということだな」

「その通り。この時のウェールズ代表チームの哲学は『その場の状況が許す範囲内で、最大限の得点を挙げて勝つ』という単純なものだった。

単に勝つだけではダメだと言うことが哲学になっている。確か、早稲田大学ラグビー部が強烈に強かった清宮監督当時のチームスローガンにUltimate Crushというものがあったはずだ。『完膚無きまでに敵を圧倒して勝つ』というものだった。ここでも勝つだけではダメだと宣言してる。

哲学、ミッション、基本方針、スローガンと言い方はいろいろだが、本気でその言葉をかみ砕き、浸透させるということが重要なんだ。

つまり、『勝つ』というのは結果に過ぎない。自分たちの目指すものはそれだけじゃなく『あるべき姿に向かった内容のあるラグビー』をし続けなければいけないということだ。

そのためには、例えば、積極的なラグビーと効果的なラグビーの二つの柱というものを明確にし、日々の練習内容や個々人のスキルアップの目標にすることで落とし込んでいく。

すべてが哲学という基本方針に従って目標化され、評価されるということになる」

「うーん。悔しいが、ラグビーというスポーツは経営マネジメントの一つのタイプとして使えるというのは確かだな。単純に体育会なんていうイメージとはかけ離れているのかもしれないな」

「そうだよ。昔のイメージで言えば、先輩などの上からの指示には絶対服従で、死に物狂いで働くなんていうのは、幻想だし、もっと、知的で真摯な実践力が身についていると言いたいね」

「北野。確かに、今の体育会チームの組織マネジメントはすごいな。精神論でやってるところなんてほとんど無い。チームにフィジカルトレーナーやメンタルトレーナーがいて、日常生活のアドバイスまでしているらしい」

「もちろん、トップを目指すようなチームじゃないとなかなか出来ないことですがね。逆に考えると、全社を挙げてトップを目指していない企業は、昔ながらの精神論に頼って過去に安住してしまっているのかもしれません」

(続く)


《1Point》
ラグビーの哲学と企業ミッション

 組織にとっての存在する意味であると考えます。

 お題目は立派だけど、言っていることとやっていることが違うということはありませんか。

 自社のミッションや基本理念などを本気で目指していると感じていますか。

 企業において勝つというのは、競争において他社に勝って受注できたとか、シェアトップになるとか、目標利益を超えるとかということになるのかもしれません。

 でも、単に勝ったからよかった、安心というのは、次の落とし穴や衰退につながりかねません。

 勝つことが自社のミッションへ向けた確かなステップアップになっているかどうか、次の勝利に貢献するのかどうかを常に考える必要があります。

 ところで、ここで紹介した「スキルフル・ラグビー」(レイ・ウィリアムズ著、徳増浩司訳、ベースボール・マガジン社)ですが、amazon検索でも取扱無いということで、絶版本だと思います。

 日本語訳の発行が1980年10月になっています。翻訳者の徳増氏は茗渓学園で先生をしていましたので、学生時代誰かに紹介されたのだと思います。

 この本に出会ったのは、当時、大学4年になる時だったのですが、内容に衝撃を受け、筑波大学ラグビー部を変えようと改革チームを作り、勉強し、実践したのが今につながるチームマネジメント思考だと思っています。

 また、10年ほど前には、今の同じ会社ではありましたが、ある事業の営業課長になったとき、古い、まさに談合体制の中にあった営業のやり方をこの本のラグビーの原理を使って変えようとしたことがありました。

 ただし、時すでに遅しでその事業からは完全撤退しましたが、その後、中小企業診断士にチャレンジし、また、ピーター・ドラッカーに心酔し、ドラッカー学会に入会する中で、やはり、このラグビーの哲学・原理を切り口にした組織マネジメントは古い組織を変える可能性を持っていると思いを新たにしました。

 そこで、ドラッカー学会の研究会の中で素案を発表し、また、診断士としての企業研修コンテンツとして作ってみたりしたのです。(その一部はホームページで公開しています)

 その再チャレンジとしてこのメルマガの中で展開し、確認しています。

 会話で展開するのは、なかなか大変であり、たぶん読む方もなかなかついて行けないのではないかと危惧もしています。

 いかがでしょうか。もう少しお付き合いいただければ、まとめ方を別途考えようと思っています。